第七章 05
 翌朝の王宮前広場は、街中から集まった民でごった返していた。
 皆、この国を窮地におとしいれた罪人を見ようとやってきているのだ。
 広場の奥、王宮入口のすぐ手前には、簡易的な台がしつらえてある。今日のために、男が去ったあとに用意されたのだろう。
 台の奥には国王や宰相が並び、手前には元貴族を中央に、罪人たちが縛られて膝をついている。
 そんな中、焔姫は元貴族の背後に立ち、剣を元貴族の首筋にそえていた。焔姫の両脇にも、他の罪人を監視するべく近衛兵が立っている。
 台の前にも近衛兵たちは並んでおり、民がそれ以上近づけないようにしていた。
 元貴族の最期を確認しておくためとはいえ、処刑そのものにはさしたる興味があったわけではない男は、どちらかといえば遠巻きに眺めていた。しかし、あとからさらに集まってくる民にどんどん押しやられ、気づけばかなり台に近いところまでやってきていた。
 元貴族の首筋に剣をそえたまま広場に集まる民を眺めていた焔姫は、男に気づいてにやりと笑ってみせる。そのいつも通りの姿に、男は少しだけ笑った。
 しばらくして、王宮の鐘が鳴り響く。
 その音に、広場に集まった民のざわめきも静まってゆく。
「皆の者、よく集まってくれた」
 静まり返った広場に、焔姫の声が響く。
「もう……ほとんどの者が知っておるじゃろうが、数日前、賊どもが王宮に忍び込み、この国の転覆を図りおった」
 その言葉に、その場にいた皆がざわめく。男が酒場にいた時もその話題で盛り上がっていたため、民が知らなかったという事はない。だがそれでも、改めてそう知らされた事がショックだったのだろう。
「王宮内には多数の死者が出た。だがこうして、余はここに立っておる」
 焔姫の力強い言葉に、皆は落ち着きを取り戻す。
「首謀者はこの男、西方の大国の元貴族、ハリド・アル=アサドじゃ。罪はあがなわなければならぬ。そして、二度とこのような事が起きぬようにせねばならん」
 民が歓声を上げる。
 焔姫の前でひざまずく元貴族は、恨みがましい血走った目をしていた。だが、なぜかわめき散らす事もなくおとなしくしていて、その口端はつり上がっているようにも見える。
 捕らえられてから、狂ってしまったというのは本当だったか。
 そんな事を男は考えたが、なぜか違和感がぬぐえない。
「――余らは、そのような愚か者どもには決して屈さぬ。それを、今ここで証明しよう!」
 焔姫は剣を振り上げる。
 その陽光にきらめく刃が、元貴族の首を――。
「が……はっ……」
 その刹那、元貴族ではなく、焔姫の背後でうめき声が上がる。
 焔姫が振り返る。
「……」
 国王が腹部をおさえ、視線を焔姫に向ける。
 国王の腹部からは、やけに細い剣の先端が生えていた。その刃からは、深紅の液体が流れ落ちる。
 国王の後ろには、宰相が立っていた。
 宰相の両手は、国王の背中で見えない。だが、しかし。
「父上……、サリ、フ?」
 焔姫が何とかそれだけの言葉をふりしぼる。が、それ以上は動く事も出来なかった。焔姫でさえ、予想外の事態に意思と身体がついてこない。
 その光景が一体どういう事なのか理解出来ず、その場にいた皆が放心したように国王と宰相を見つめる。
 そして、振り返っていた焔姫の背後で、指示もないままに隣に控えていた近衛兵の一人が剣を振り上げた。
 男はちらりとその顔を見たが、見覚えのない顔だった。
「――!」
 男の全身に怖気が走る。
 九ヶ月半近く王宮にいた男さえ知らない近衛兵とは、一体何者だ?
 まさか――。
 男がそこに気づいたのもつかの間、その近衛兵は剣を振り下ろす。
 ――無防備な、焔姫のその背中へと。
 今まで一度として聞いた事のなかった、焔姫の悲鳴が上がる。
 そのありえるはずがない光景に、民も愕然とした。
 周囲から悲鳴が。
 そして、怒号が王宮前広場を包みこんだ。

ライセンス

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焔姫 33 ※2次創作

第三十三話

急展開。
まだ物語は終焉を迎えません。
もう少し、焔姫の試練は続きます。

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投稿日:2015/04/13 22:37:29

文字数:1,625文字

カテゴリ:小説

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