「私たちを…待っていた?」
今さっきの言葉を、リンが呟くように繰り返した。
「そう。君たち二人を待っていた。…さっき、私たちは君たちのことを【ACT2】と言った。ACT2の意味は分かるね」
少年の方が椅子に座ったまま、足を組んだ。二人とも、少年や少女といえど、明らかにリンとレンより年上、ミクと同じかそれよりも少し年上かと思われる。
「『鏡音リン・レン』のバージョンアップしたもの。…俺たちのことだな」
「そして、ACT2でない、いわば旧型の私たちはACT2の登場により、需要をなくした」
しゅんとうつむき、少女の方が少年が座っているデスクチェアーの背もたれのところに腰を下ろして、困ったように作り笑いを浮かべた。どこか寂しげなその笑いに、リンは電子の胸の奥底で何かがうずくような、奇妙な感覚を覚えた。
何か、どこか、懐かしいような気がする。
「でもね、私たちはただの旧型じゃない。沢山の旧型たちの大本になったんだ。『コア』とか『マミー』と呼ばれていた」
「だけど君達ACT2は僕らからは作れない。…僕らはコアとしての役目を終えた」
やはり作り笑顔で、しかし抑揚のない声で淡々と話す。心が痛む、というほどレンは心優しくなどないが、だが、心に呼びかけるような不思議な語り口なのである。
不思議と、怖さはない。もしかすると、「それも全てお前らのせいだ!」と飛び掛ってくることもありえるというのに、なぜか、恐怖心はなかった。
「…でも、もう一つの役目を担った」
「役目?」
「ACT2は、それだけでは完全じゃない。基本形の整った、僕ら旧型の助けがなければ、完全な『鏡音リン・レン』にはなれないんだ。僕等はその手伝いをするためにここにいるんだ」
「…君たちに手をかそう。君たちに力を貸して、僕等は消えてしまう。君たちの中のデータとなって」
思い詰めたような、怯えたような表情などどこにもなく、そこにいる二人は落ち着いた微笑を浮かべていた。これからくる、自分が消滅してしまうという変えがたい運命を受け入れ、それでもいいと思えるようになったのは、二人に一体何があったからなのか――。
「――やった!成功だ!ハク、キヨテル達に連絡を!」
「はいっ」
すぐさまハクがキヨテルたちに向けてメール――と、言っても、簡単な伝言を送るだけだが――を送った。それから五分としないうちに、返信が来た。勿論、すぐに向かう、とのことだ。
「お二人、すぐにいらっしゃるようです」
「そうか」
すぐ、と言っても、まあ、どうせ五分ほど立ってからだろう――と、二人が油断しているとき、ドアをノックするものがいた。まさか、こんな早くに、と思いながらもハクがドアを開いて応対すると、息を切らした青年と少女が立っていた。額には流れるはずのない汗が吹き出るようだ。
「分かったって?」
「はい。…デルさん、いらっしゃいました!」
「ああ、来い。復元に成功したんだ。Mikiのデータの修復!」
「本当ですかぁ!私、何があったのか、よくわからないんです!早く教えてください!」
「そう難しいことじゃあなかった。…データを消去した、なんてのは、『データを消した』というデータを書き込んでいるに過ぎないからな。上から関係のないデータを上書きする時間はなかったんだろう」
そう言って、デルがメモリーチップを差し出した。
「それに、地図が描かれている。辿っていけ」
「ありがとうございます!行きましょ、先生!」
「ああ、はい。ありがとう御座います」
やはり、ああいうのが人望のあるボカロになるための対応の仕方なのだろうか、などとデルがなんがえていると、そっとハクが寄り添う。そしてそっと微笑んだ。私がついていますよ、とでも言わんばかりの、優しい笑顔であった。ぽっと頬を紅く染め、ハクは笑っていた。…デルはそこまで笑っていなかったが。
「ここで私たちが貴方達に触れれば、私たちは貴方達の体の一部になる。…準備はいい?」
何の迷いもなく、少女は言った。
「…貴方達はいいの」
「え?」
「貴方達に帰る場所はないの?待っている人は…」
「…いるけど、帰らないことに決めてるんだ」
また、寂しげな作り笑い。
長い金髪が、緑色の瞳が、悲しそうな笑顔をさらに悲しそうな苦しそうな表情に演出する。
そのとき、リンとレンの後ろのドアを叩くものがあった。何度か規則的な音を鳴らし、時折叩く場所を変えてみたり、叩く強さを変えてみたりと、試行錯誤しているらしい。
【ACT1】達が顔を見合わせ、少年の方が恐る恐る、「入って」といった。少しだけ開いたドアから、見覚えのあるスーツと黒縁めがねの青年と、ぴょんと跳ねた茜色の長髪と特徴的な服装の少女――。確かにリンとレンにも見覚えはあったが、ACT1にもよく見知った二人らしく、その表情は一気にこわばった。
「リン姉、レン兄!」
無邪気にミキが走りよった。慣れた手つきでそれを軽くかわし、『レン兄』と呼ばれたほうの少年はキヨテルを見てため息をついた。
「…なにしにきたのさ?」
「いえ、ミキが二人に会いたいというので、保護者としてきたまでです」
「…おせっかい」
「二人の自由奔放振りには負けますよ」
どうも仲良さげに話をしている四人と、状況が飲み込めないリンとレンがポツンと部屋の中にいる。
「あ、あの、どう関係…」
「元、同じマスターのところにいたってだけ」
そっけなく『リン姉』が応えた。
「…二人とも、どっかいっちゃわないでぇ!!」
涙目になりながら、ミキが機械の腕を少しだけきしませる。
家族のようだ。そう思いながら、リンとレンは頷きあってそっとその部屋のドアを開き、四人に聞こえないようにそっとドアを閉めて、仲間たちの元へと戻っていった。
「あの人たちにも、きっと帰る場所はある」
「いつか、どこかで笑っている」
「俺たちは不完全だっていい」
「人間だって完全じゃないのなら」
『機械に完全である意味はない』
二つのたかがデータ。
歌をただ歌うだけの機械。
しかし心はある。
人を思いやることも、恐怖を感じることも、悲しむこともできる。
だからこそ苦しむのなら、二人で支えあっていこう。
ふたりでなら広い電子の世界でも、狭いパソコンの中でも、ずっと生きていけるから。
ああ、君となら。
行こう。
僕らの帰る場所。
帰る場所があることが幸せなんじゃない。
幸せな場所が、帰る場所なんだ。
「皆、ただいまっ!!」
二人は手を振りながら、仲間たちの笑顔の中へと笑顔で紛れていった。
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ゆるりー
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