まさか、こんなことになるとは。
僕はこんな悲劇的な結末、望んじゃいない。
何もかもお前のせいだ。
愚かしい。
下らない。
お前さえ、いなければ――。
ある研究所(ラボ)に、ひたすら研究を究め続ける学者がいる。
その男はいくつもの大いなる発見をし、世間の目を奪った。
故に男は、天才学者と呼ばれる。
素性は明らかでなく確証こそないが、その才能から、幼齢期既に何らかの形で実験に携わっていたのではないかと言われている。
本人だけでなく家族構成も不明なのだが、親族が研究者や学者ならばその線も考えられるだろう。
そんな謎に包まれた男は、今日も今日とて、飽くることなく研究を続けている。
今日のテーマは、現代の世界情勢。
世界各国では、大小関係なく争いが絶えない。
それはなぜか?
答えは、欲望が衝突を繰り返すから。
個々の気に食わない事象・事物のせいで、満足のいく結果を求めるため、争いを反復させてまで辿り着こうとする。
ならばいっそ、人類全ての願いを消化してみてはどうだろう。
僕の作った小さなロボットが、そう示唆した。
不思議なことにこのロボットは、音声機能等を導入していないのに人類の言葉で喋る。
不可解で非科学的に、人類の思考でさえ汲み取る。
僕は生粋の学者であったが、目の前で起こっているものは信じざるを得ない。
ロボットの助言を鵜呑みにするのは気が進まないが、興味を持ってしまった以上、試す他ないのだ。
早速装置造りの閃きを決行しようと、実験室へ歩みを進めた。
それから、僕は一週間という短期間で『装置』を造り上げる。
全知全能であるかのように思われている身として、僕が一週間でそうすることなど造作もない。
自画自賛でもなんでもなく、事実赤子の手を捻るようなものなのだ。
日常生活の方はボイコット気味で、まともな睡眠・食事をとっていない。
成功をなせば、どんな結果が実を結ぶのだろう。
危険な香りにつられ、ついつい完成を目指してしまう。
後はこの機械仕掛けの神がごときロボットを嵌め込んで、『装置』は完成する。
僕は完成後、すぐにこれを公表した。
" 願いを何でも叶える新商品だ " と率直に。
一般の平凡な学者の言葉なら、法螺話だと非難するに違いない。
しかし、公表したのはこの僕だ。
人々は皆、僕の発言に疑念を抱かない。
未知の商品に興味をもった人々は、当然ながら欲する。
公表まではいい。
そこからが誤算だった。
存在が遠いながら "あったらいいな" と思うに留まらず、欲望を全開にする人々の方が圧倒的に多かった。
商品といえど数量は一つのみであるし、そもそも非売品をここまで激化させるなどということを、誰が予想できただろうか。
今やこの争奪戦を知らない者はいない。
それほどまでに広がり、醜い現実の世界が剥き出しになっていることは明らかだった。
噂のように時間が経てば薄れてゆくわけではなく、『装置』の周りには群衆が迫る。
無論、こんな形は望んでいない。
こんなはずではなく、もっと、穏便な。
結果として実った果実は、二重の意味で甘かった。
人々がどれだけ欲深いか、考えられていなかったのだ。
押し込めていたものがどっと溢れ出せばどうなるかなど、少し考えればわかること。
開発の一点に全神経を集中させ、過程の時点では気づけなかった。
一人一人の願望に焦点を置いたのが悪い。
完成後にしてやっと、人類から欲と争いを取り除くことは不可能だと気づく。
公表を終えて帰宅すると、溜まっていた疲れが一気に流れ込んできた。
ロボットとの意思伝達は未だに可能だが、仮に今 "こんなはずじゃない、別の結果は存在しないのか" などと泣きついても、こればかりは聞いちゃくれないだろう。
今更戻ることもできず、先への進展へも見いだせぬ状況。
誰に不平をぶつけようと、結局は自業自得。
興味本意で提案に乗じてしまったのは、僕自身だ。
ただ、基底にあるのはこれではない。
あの非科学的な機械が、奴の言葉がなければよかった。
奇跡の『装置』を知ってからの人々は早かった。
自己の欲望のアクセルを全開にして、泥沼の争いの中をみっともなく這いずっている。
争い、というより寧ろ小さな紛争と言ってもいい。
我が物にと切望する人々は、同じように欲する人を殺めたりしているのだから。
自分のせいで人々が消え、生命価値が薄れていく。
手元の『装置』は、このまま事態が進行すれば世界じゃ終焉を迎えると予知した。
もう、何もかもリセットしたかった。
才能も地位も要らないから、平和な現実が欲しい。
それだけでいい。
元々、世界の恒久平和のために製作したのだ。
真逆となってしまっては、無意味以外の何者でもない。
けれど僕は、この状況を面倒にも感じている。
責任を『装置』のロボットに転嫁したら、どういった反応を見せるだろうか。
などと、学者にあるまじきことを思ってしまう。
しかし実際は、それ以外に妥当な方法はない。
これだって十分に現実味がないが、このロボットなら不可解な力で何とかしてくれるだろうと踏んだ。
この選択で、片が付いてくれればいいのだが。
何にせよ、考えがまとまらないうちはまだ、対処法とはいえない。
伝播は後回しにする。
罪悪感は感じていない。
何せ相手は無機質なロボットだ。
だが、罪悪感を感じないのは転嫁であって、人々に対してではない。
よって、世間への槍玉に上がる役は、僕自身が引き受ける。
開発者であるので、それくらいは当然といえば当然なのだけれど。
今はまだ、直接『装置』を探す者はいない。
精々同志を潰すくらいだ。
テレビをつけてニュースを見ても、殺人容疑で逮捕されているのは『装置』絡みの人がほとんど。
牢に監禁された人でも、中には脱獄して殺人を繰り返す大悪党もいる。
自分に希望がないからといって、そこまでするだろうか。
ともあれ、考えていたって状況が変わるわけでもない。
時間を浪費するのは学者らしくないと、僕は漫ろに立ち上がった。
相当疲労困憊なのか、ぼーっとしてコップを斜めに傾けていた。
水がさらさらと零れる。
はっと我に返ってやっとそのことに気づき、水を注ぎ直した。
何をしているのか、何がしたいのか、自分でもよくわからない。
正直、僕はロボットの言葉を信じていた。
自分なら造れるという自尊心もあったが、特殊であるあれなら、と乗じてしまった。
だが結果はこれだ。
ここまで来てしまっては、一進一退を繰り返すしかない。
ロボットに "信じて開発をしたんだ、どうしてくれる" という言及したって、信じやしないだろう。
機械に感情なんてあるものか。
実質、僕は無機質な会話しかしてこなかった。
やり直せるものならやり直したい。
居なくなれるものなら居なくなって、楽になりたい。
僕は時間の経過につれて、苦しみから逃れようとしていた。
こうなってしまう事態を、あの日の自分がわかっていれば……。
もういっそ、世界から何もかもを無くせばよいのではないか。
そうしたら、誰も苦しまずに済む。
苦しみや争いのない、今よりずっと尊くて愛しい世界。
『装置』を求める人はいずれ、直接訪れてくるだろう。
ならば、世界の餌となる前に居なくなってしまおう。
学者がなんだというんだ。
僕は人間だ。
同じように人間なら、同じように欲だってある。
消える方法など、考えるまでもない。
目の前にあるではないか。
開発から機能せず、埃の積もるそれに歩み寄る。
「さぁ、機械仕掛けのその手で、僕を殺してくれ。殺した後は……そうだな、この『装置』に纏(まつ)わる人々の記憶を消し、この件(くだり)で死んだり捕まったりした人々を、元に戻せ。」
少し間を置いて、ロボットは自ら『装置』を抜け出し、一本の螺子を取り出す。
それを僕の心臓に突き刺した。
金属の冷たい感触を体内に感じる。
紅い蜂蜜のようにどろりとした血液が、使い古した白衣を染め上げた。
僕はもっと、平和で素敵な三次元を夢見ただけなのに。
願いは、天に届く前に地に堕ちてしまった。
きっと、高望みしすぎたのだろう。
研究対象を、端からこいつに向けていればよかった。
この世界に僕は適合しない。
付き合いきれない。
僕が居なくなった後は、程々に幸せにやって欲しい。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
やりすぎると、僕のようになる。
求めすぎてはいけない。
皆様、どうかお元気で。
思っていても、最早声にはならなかった。
視界が眩み、意識が薄れていく。
こいつの中に眠る『力』が、今度はどこかの少年に関わりますように。
消えてくれとは思わない。
それじゃあつまらないだろう?
最期くらい、学者らしいことを言わせてくれ。
……ああ、ようやっと死ねる。
実験は大成功だ。
それでは、さようなら。
またいつか、平和な世界で会えますよう――。
End.
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