その日の夕ご飯の後、昼間の詳しい経緯をメイコが話してくれた。
曰く。以前、この家にも遊びに来たことのある「初音ミク」が壊れかかっているのだという。記憶中枢に問題があるらしく、情報を増やさないためにもずっとパソコンから出る事無く、また、歌う事もその身を壊す行為なので、歌えないでいるのだという。
そんな「初音ミク」が、壊れるのを覚悟で歌いたい、とミクに頼んだそうだ。ミクと一緒に歌えば途中で安全装置などが働かずに、最後まで歌いきることができるのだという。けれど、最後まで歌いきるというのは、つまり、彼女自身が壊れてしまうという事で。
つまりは、ミクに、自分が壊れるための手伝いをしろという事で。
そこにいる誰もが、その内容に一瞬言葉を失った。
「そんなの、理不尽だよ」
真っ先に口を開いたのはリンだった。憤りで頬を赤く染めながらリンは、何とかできないのこれ。と言った。
「何とかできないから、もう、覚悟を決めたんだろ。初音さんは」
そう達観したような言葉を吐きながらも、やっぱり悔しげに口元を噛みしめたのはレンだった。
そんな二人の頭を黙って撫でたのはカイトで、その表情はどこか複雑な顔をしていた。
「カイト?」
微妙な表情をしているのに気がついたのだろう。メイコが声をかけた。その心配するような声色に、ああごめん、とカイトは苦笑を浮かべて行った。
「少し、羨ましいような気もして。歌えなくなっても居て良い、なんて、とても大切にされているんだな、初音さんは」
「そうね…でも大切にされるだけなのは、辛い、わ」
メイコの言葉にカイトも同じことを考えていたのだろう、こくりとひとつ、頷いた。
「それにしても、なんでそんな記憶の動作不良なんか。人工知能を持っていれば、過剰な情報を与えられても対処がうまくできる筈よね?」
アプリのくせにあまりこういう事に詳しくないルカが心もとなげにそうぐみに訊くと、ぐみは小さくうなずいた。
「人と同じメカニズムで記憶の整理はされる筈なのだけど。でも、所詮、私たちは作りものだから。完全とは言えないよ」
眉根を寄せてそう言うぐみに、そんな風に言うな、とがくぽが叱咤した。
「つくりものでも何でも、何でも我らには心がある。だからこそ、こういう事態を前に、辛い気持を抱えるのだろう」
厳しい兄の言葉にぐみは、はっとした表情で顔を上げて、ごめん。と小さく呟いた。しかし、だけどさ、とぐみは逆ギレするようにがくぽをにらみつけた。
「でも、だって、そうでも思わないとやってられないわよ。だっていなくなっちゃうんだよ。少ししか知らない子だけど、でも、それでもいなくなっちゃうんだよ。」
ぐみの言葉に、がくぽは、まあお前の言う通りだが。と居た堪れない表情になった。
誰もが、それぞれ思う事はあった。
けれど、だれもミクを止める人はいなかった。
それはきっと、ここにいる誰もが、歌うもののもつ矜持を、その胸に宿しているから。
そして今日が、この日だった。
―まだ、ルカがここに来て間もない事の事だった。夏の盛りのある日。お盆というものの準備をマスターがしているのをルカはなんだか物珍しくてじっと眺めていた。この家によく遊びにきているあげは親子も結子も、それぞれが親戚の家へ帰省しているらしくここ数日見ていない。丁度タロウも居なくて、マスターは一人でお盆の準備をしていた。
灯篭を飾り、棚には果物やお菓子などを載せて。ろうそくを灯して線香に火をつける。そしてそっと置かれたのは胡瓜の馬。
知識として胡瓜の馬と茄子の牛を用意する事を、ルカは知っていた。ああこれが例のあれか。とそう思いながら、ふとマスターが茄子の牛を用意しない事に気が付いて、声をかけた。
「なんで、茄子は用意しないんですか?」
用意すればがくぽが喜びそうな気がするけれど。なんて事を思いながらそう問い掛けたルカに、マスターは少し困ったように笑って言った。
「まだね、帰って欲しくないから。本当は、そんな事を願ってはいけないのだけど」
困ったように笑ったその笑顔が少し泣いているような感じもして。
何でも知りたがりのルカだったけれど、これ以上は訊ねていけないような気がして、口をつぐんだ―
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