僕は母のお腹の中にいるときから、ある程度の言葉が理解できていた。
 そこは幸せな声で溢れていた。
 優しい言葉が降り注いでくれた。
 陽だまりみたいに暖かかった。
 幸せの、時間だった……


 一つ目の春を迎えた頃。
 初めて、お母さんから声をかけられた。
 僕はその招きのままに、不安定な歩きで後をついて行った。人目を避ける狭い路地から路地へ。今まで外へ出してもらえなかった僕にとっては、そこは出口のない迷路に思えた。今、母の後姿を見失ったら、もうここから出られないような気がして、必死に追った。時にはよろけたり、転んだりもしたけれど、お母さんはひたすら足を急がせていた。
 陽の差さない路地は、薄暗くて、少し寒くて、とても寂しかった。

 しばらくすると、小高い山の森に着いた。
 お母さんはやっとそこで止まった。
 僕は、お母さんの後ろに立つと、しばらくじっとそのまま待った。
 草陰に混ざって、青い花弁が揺れたのが見えた。
 冬から目覚めたばかりの自然が生きていた。
 お母さんは、まだそこから動こうとしなかったので、僕は草陰にひっそりと咲いていた花を一つ手折った。五枚の花びらがついた奇麗な青い花。これを見せれば喜んでくれるんではないかと、淡い期待を抱いていた。
 初めての会話。初めての外出。
 僕は浮かれきっていた。
 だから、当たり前のような言葉をお母さんから突きつけられた時に、目の前がぐらりと揺れてしまった。
「お前は私の子供なんかじゃない…!!」
 お母さんの手はきつく握りしめられたまま震えていた。
「人間の子供は、こんなに早く歩けるようにならなかった!こんなに早く喋れるようにならない!こんなに早く言葉を理解出来るようにならない!」
 今まで抑えていたものをすべて吐き出すように、お母さんは叫んだ。
 そして、肩を震わせながら、怯えるように小さな声で言った。
「人間の子供には…人の子には角なんかはえてない…」
 風が吹く。冷たい風が。
 伸びた髪に紛れるようにしてあった角が、存在感を表すようにハッキリと姿を出した。
 風がやんだ。頭にはえている角は少し隠れた。
「鬼……!!」
 そう言ったお母さんは、もはや全身が震えていた。
 僕は、片方の手で自分の角を触った。生まれたときからそれは当たり前のように僕にはえていた。ただ硬くて尖っているもの。役に立つわけではない。
 家に居ると、塀の向こうから、こそこそと喋り声がするのは知っている。
"ここには角のはえたおそろしい子供が居るらしい"
 その声がするたびに、お母さんが怯えるように体を引きつらせて、時には隠れて泣いていたこともあった。
 僕は気付かないフリをして、何事もなかったかのように一人で遊ぶ。誰にも見られないように、閉め切られた部屋で遊んでいた。
「……お母さん」
 僕は、こちらを向かない母の着物の袖に触れようとした。
 難しいことは、分からないけれど、言わなければいけない事があることはわかっていた。
 言いたい言葉が何であるかは分かっていた。
 しかし、お母さんは触れようとした瞬間に僕を突き放した。
「鬼の子!」
 僕をそう呼んだ。
「鬼の子!」
 僕を見てそう言った。
「鬼の子!」
 ボロボロ泣きながら叫んでいた。
 僕は尻餅をついたまま、お母さんの姿をじっと見ていることしか出来なかった。手をぎゅっと握って、見ているしかなかった。
 もう、言葉は出てこなかった。
 お母さんは、そのまま来た道を帰って行った。
 苦しそうに顔をゆがめて走って行った。
 風が吹く。冷たい風が。
 伸びた髪の下には角があった。
 草陰には青い花が咲いていた。
 冬から目覚めた自然が生きていた。
 陽の差さない森は、薄暗くて、少し寒くて、とても寂しかった。

 僕は浮かれきっていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

鬼の子

fumuさんの孤守唄を聞いて、ついつい書いてしまいました。本当にすみませんorz
しかもまだ書きあがっていません><
第一章というか、序章というべきか…しかもぜんぜん話が進んでませんね…
なんだか先がかなり長くなりそうな気配がしてきました…
終わらせることを目標にして書いていきたいです。
変な部分や、分かりにくいところがあったらどんどん教えてください。出来る限りで直していきたいと思います。
最後に、fumuさんすみませんでしたーーーorz

素晴らしいfumu様の原曲http://piapro.jp/content/371rlchbw857ki6g

閲覧数:625

投稿日:2008/11/11 14:34:13

文字数:1,587文字

カテゴリ:小説

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    痛覚

    ご意見・ご感想

    露木様こちらこそはじめまして。そしてありがとう御座います!!
    ご感想とても嬉しく思わずベランダから飛び出すところでした!!
    序章こそにヒントはたくさん隠すべきと、出来るだけ表現は伏せてありますが、きっと仕上げて、何が語りかったのかを無事に書き終われるようになることを願うばかりです。
    続きは、近日中にまた上げたいと思うので、読んでいただけると、嬉しいです。
    ああ、早く仕上げなければ……!!時間というものは限りがあればあるほど足りないものですね;;
    応援ありがとう御座います。これからも時間と格闘しながら頑張ります!!

    2008/11/18 11:56:09

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