-黒-
彼女は大きな屋敷に住んでいた。
というのも、彼女はこの世界で上位に着く大賢者の一人娘で、とても大事に育てられてきた、お嬢様なのだ。お嬢様の名はリン。金髪と蒼目のかわいらしい少女であった。
屋敷の庭の片隅に小さな円と六芒星、何か意味ありげな文字の羅列が描かれた何かが地面に赤く残っていた。所々かすれていて、日数がたっているのが分かった。
「今日こそは…」
そう呟いてリンは長い杖の先で地面に描かれたそれをなぞった。そうして何か呪文をぶつぶつと唱えた。途端、六芒星が光りだした。
「我を主とする覚悟のある、強き力を持つものよ!我、リンの名において、この月夜に召喚しよう。使い魔よ!!」
大きく両腕を広げて叫び終わったとき、あたりはしんと静まり返り、リンは一度あきらめたように肩を落とした。
「また、駄目だったのか…」
と、言ったのを合図にしたように、地面がもう一度光りだしてあたりは真っ赤に染まった。
閉じた目を開いたとき、そこにいたのは黒い服を着た碧い目の金髪を持った、無表情な少年だった。その髪は男の子にしては少し長めで、後ろで小さくまとめてはいるが、その姿はリンとよく似た容姿をしていた。
あまりに驚いてリンは後ろに倒れこみ、派手にしりもちをついてしまった。
それをみて少年はけだるそうにため息をついて頭を引っかいた。しかし一度だけリンの顔を見て驚いたような表情になったが、リンはそれに気がつくほどの精神的余裕はなかった。
「な、何?あんた」
「は?そっちが呼び出したんだろ?…ったく、なんで俺が…」
「あんたが私の使い魔?じゃあ私の言うことを聞くの?」
「俺はあんたの命令は聞かない」
「何でよ!使い魔の癖に!」
「…気に入らない」
少年はそっぽを向いて答えた。リンに対して何の関心もないように見えた。
それが不服なのかリンは少しの間突っかかっていたが、相手にその気がないことが分かり、ため息をついて立ち上がると少年に問いかけた。
「私は鏡音リン。あなたは?」
「…レン」
「レン?レン!よろしくね、レン。ああ、なんだかとってもいい響きだわ、レン!」
うれしそうにはしゃぐリンを見て、レンはあきれたようにため息をついたが、次第に口元がほころび、一緒になって笑っていた。
「リン」
そうよばれ、リンはレンのほうへ向いた。白く細いリンの手をとり、レンは跪いて右手の甲にやわらかくキスをした。
「ご主人様…私の命、貴女様にささげましょう…」
「へっ?」
いきなり、レンの背中に大きな漆黒の翼が生え、二人を包み込んだ。
「伏せろ!!」
「きゃっ」
そうレンが叫んだと同時に反射的に縮みこんだリンの耳に、なにかが刺さるような音が聞こえた。小さくなったリンを隠すようにレンは覆いかぶさっていたが、少ししてそこをどけると後ろを振り向いた。
「…なんだ、おまえ…」
「おまえこそ、何者だ?私はルカ。この家の賢者さまの使い魔だ」
「俺はレン。ここにいるリンの使い魔」
大きく広がったレンの黒い翼は、黒い羽毛の中に赤黒い液体が流れていた。
「レン、血が出てる!治さなきゃ。動かないで」
「いらない。それより、あの使い魔は?」
「母さんの使い魔。天使なの」
「ふぅん、なるほどな」
感心したように言ったレンを見ていたが、レンの翼から今もずっと血が流れている。それはあまりにもグロテスクで、何度か地面に赤い血だまりを作っていた。
一瞬、レンの体勢が揺らぐ。苦しそうに顔をゆがめて壁に手を付くと、荒い呼吸を整えてもう一度ルカがいる、上空を見上げた。
「とりあえず、降りて来い。…それと、さっきの攻撃…なにをした?」
その言葉にルカは鼻で笑い、地に降り立つ。ルカの髪は美しくはね、大きな純白の羽が彼女の綺麗なボディラインを強調している。
「さっきのは、我ら天使の力をこめた弓矢。お前たち悪魔にはつらいだろう」
「やっぱり…」
「ルカ!やめて!彼は私の使い魔なの!母さんに言いつけるわよ!」
「残念ながら、私は主の言いつけにしか従わないと決めておりますので」
「ひねくれてるな」
そう、レンが言ったときだった。リンの後ろに、誰かが立ったのだ。
「…ルカ、やめなさい」
「主!ですが、彼は悪魔ですわ!」
「母さん!」
「…」
そこに立っていたのは、茶色いショートヘアーの女性だった。
「ルカ、彼の傷を治してあげなさい」
「…はい、分かりました」
そういってルカがレンに近づくと、レンは明らかに拒絶して、大きな声で
「来るな!!」
「レン、大丈夫?」
(あの少年、震えている?)
リンの母親であるメイコは何だか不思議な感覚を、レンに覚えた。リンがレンの翼に触れ、回復魔法の呪文を唱えた。
(震えが止まった。…そうか、リンには心を開いて――)
「ねえ、キミはなんていう名前?私はメイコ、リンの母親よ」
「…レン」
ぶっきらぼうに答えてそっぽを向くと綺麗に治った翼を見た。黒く大きな翼は混じりけがなく、美しくしなやかな羽はレンの華奢な体つきよりもずっと滑らかで頑丈そうだった。
「母さん、レンはね、私の使い魔なのよ!なんだか、私に似ていると思わない?」
「そうね、たしかに似ているわ。双子みたい」
「…!」
その言葉に過剰に反応し、レンは歯軋りをするとふっと姿を消した。
いつの間にかリンの手の指に一つ小さな指輪が付けられていて、そこには黒い羽根のマークが描かれていた。
「レン?どこ?」
「リン、レンは貴女の指輪の中に入り込んだのだわ。今はここに居たくないのよ。無理に出すこともないわ!さ、リン、夜遅いわ、寝ましょう」
「うん」
そう答えるとリンはメイコの後に続き家の中へ入っていった。
エメラルド色の指輪は月の光と共鳴でもするかのように強い光を放ち、リンの指に小さく収まっていた。
その指輪の中で小さくうずくまったレンは小刻みに震えていた。震えをとめようとしているのか、小さな体を細く長い手で抱きしめてずっとうつむいたまま、一向に顔をあげようとはしなかった。
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