――――――――――深夜。





先生とルカちゃんも、そしてめーちゃん達も寝静まった頃。


私とロシアンだけは、ボカロマンション前の公園で静かに対峙していた。


『……準備はいいか?』

「ええ、もちろん」


全身に装備した鉄鞭の状態を軽くチェックして、ロシアンの問いに答えた。


『―――――では、行くぞ』


唸るような低い声と共に、ロシアンが目にも止まらぬスピードで突っ込んできた。

それを軽く鉄鞭でいなすと、そのまま『サイコ・サウンド』で思い切り吹き飛ばそうと手を振った。

しかし碧命焔で音波を遮られる。これだ。『焔で音波を遮る』。これがあるから、私たちVOCALOIDはいつだってこの猫又に勝てないのだ。


『焔拳っ!!』


流れるような動作でその碧命焔がロシアンの右前脚に絡みつき、そのまま上から拳を叩き付けてきた。

まるで鉄球を上空から叩き付けられたような衝撃! この重い拳こそがロシアンの真骨頂だ。

だが私とて負けてはいられない。鞭を打ち振って、ロシアンの体を打ち砕かんとする。

そんな私の本気でさえ―――――この猫又は流れるように弾いていく。


『どうしたどうした? そんなものか?』

「なんのこれからっ……滅・砕・陣!!」


巡音流乱舞鞭術奥義「蛸足滅砕陣」を撃ち込んでみる。本当はもっと強い技があるんだけど、夜中にあまり煩くするわけにもいかないから通常バージョンで。

今度は流さず、両手に碧命焔で形成した五本爪でがっしりと受け止めた。あまり碧命焔で受け止めてほしくないんだけどなぁ、機能落ちるから。





「あの……何してるんですか?」

「ん?」

『む?』


ふと聞こえた声に振り向くと、パジャマ姿のルカちゃんと、昼間と同じ格好の先生がいた。起こしてしまったか。

因みにあのパジャマは私が貸したものなんだけど、何故か胸のボタンが一個弾け飛んだ。同じルカのはずなのにどういうこった。


「喧嘩か?」

「違うわよ。ちょっとした組手みたいなもんよ」

『というより特訓だな。軽くしごいてやっているのだよ、この小娘を』

「小娘言うなぁ!」


300年生きているこいつにとって目覚めてたかだか16年の私は確かに小娘だろうが、それにしたってもうちょっと言い方があるだろう。


ロシアンがヴォカロ町に住み着いてから3か月。その間、私とロシアンは幾度もこんな感じの組手を続け、お互いの力を高め合ってきたのだ。

……まぁ大体私が一方的にからかわれてるだけなんだけど。もうちょっと具体的にいえば物理的にあやされているともいう。


「………………」

「……大丈夫よ、ルカちゃん。昼みたいなことにはなんないって」

「……ホントですか?」


先生の後ろに隠れてぷるぷる震えているルカちゃん。なんか小動物みたい。


「昼の様に戦慄を覚える感じじゃあなかったな。どこか楽しそうな……」

「そりゃあね。ロシアンはあいつらとは違うもの、色々と」


町を脅かす癖に弱っちくて相手にならないあんなんとは違う。ロシアンはこの町を想ってくれている上に、まぎれもない最強クラスの神獣だ。

そんな彼と組み手をするのが楽しくないはずがない。


『ふん……それより……』


ロシアンがふと先生に眼光を飛ばして、小さく嗤った。


『どうだ神威。吾輩と軽く組手でもしてみんか?』

「え!?」


思わず声が裏返ってしまった。ロシアン―――――何を考えているの?

ロシアンの言葉を受けた先生は、真顔でロシアンの事を見つめ返した。


『心配するな。殺そうとしているわけではない。組手だ。……ただ、こちらとしてもやられっぱなしでは目覚めが悪いのでな』


成程、合点がいった。今朝出会い頭にチョークを叩き込まれた時の事を言っているわけだ。

あの時は私が無理矢理に引き剥がしてしまったために、ずっと欲求不満状態だったわけだ。道理で眉間に皺が寄っていると思った。


「……まぁ、組手程度ならいいだろう……お手柔らかに頼むぞ」


先生がぽりぽり頭を掻きながら歩み出ようとすると―――――


「……っ!」

「……! ルカ?」


ルカちゃんが先生の白衣の袖の端をくっと掴んで引き留めていた。

―――――恐れているんだ。朝のロシアン。昼の情景。それらが脳裏に沁みついて離れない。

どんなに『組手』と言っても、それは『ロシアンの常識内』での組手。何が起きるかわからない――――――――――


「……心配するな、ルカ」

「……でも……っ」

「……ここには、皆いる」

「え?」


私としたことが―――――先生の言葉でようやく気付いた。

ミクが。リンが。レンが。めーちゃんが。起き出して見守っている。

全員総出で―――――いつでも先生を助け出せるよう、見守っている。


「……大丈夫だ、ルカ」

「……はい……」


ルカちゃんがそっと手を離したのを確認した先生は、再びロシアンと向き合った。


『……まるで四面楚歌だな』

「それだけあんたが強いって事だろう? 誇ればいいじゃないか」

『……面白い』


途端に暗闇が碧い焔で照らされた。ロシアンが全身に碧命焔を纏わせたのだ。


『組手と言ったが、吾輩は殺さぬ程度に本気で行くからな。貴様も遠慮なしに来るといい』

「最初からそのつもりだ。もとより強さに天地の差があることはわかっている」

『いい覚悟だ……くくっ、やっぱテメーおもしれーや……行くぜおらぁ!!』


急激に口調が変わると同時に、焔をまき散らしながら先生に向かって突っ込んだ!!

本当の本気のスピードよりは遥かに遅いが、それでも普通の人間なら絶対に躱せないスピードだ。


だけど先生はひらりと躱した。いや、ロシアン自身も元々本気で当てるつもりはなかっただろうが、それでも軽々と交わしてチョークを構えた。


「っ!」


先生が腕を振ると同時に、チョークが一条の光線の如く鋭く飛んだ。

―――――命中! しかも狙いは正確―――――相手の武器のエネルギーを奪う碧命焔の特性『焔毒』を知っているわけではないだろうが、碧命焔が覆っていない部分に直撃させた!


だがロシアンはよろめかなかった。朝の様に吹き飛ばされることもなく、しっかりとその足で立っていた。


「!?」

『どうした? ……パワーアップ補正で確かに強力な一撃と化しちゃあいるが……ちゃんと準備してりゃあ、この程度の攻撃を耐えられねー俺じゃあねえんだよ』

「そう……かよっと!!」


そう言うと同時に矢が雨のようにロシアンの頭上に降り注いだ。

―――――先生ちょっと待った。今どこから弓を出した!? いつの間にか先生の手には身の丈ほどもある巨大な弓が握られていた。

ひゅんひゅんと降り注ぐ矢がロシアンの動きを止める。

そこに今度は―――――銀のナイフが飛んできた。今度は投げナイフって……なんという多芸。よくヴォカロ町の人間判断システムに弾かれなかったわね?


『銀の投げナイフたぁまたおもしれえもんを……俺ら神獣は悪魔とは違うんだぜ?』


碧命焔を纏った爪で次々と叩き落とす。『焔毒』に浸食された刃があっという間に朽ちていく。



「ああ、わかっているさ。『本命』は―――――こっちだ」



――――――――――まさか! 思わずそう叫んでしまった。


ナイフを囮としてロシアンの後ろに回り込んだ先生が、ロシアンに向かって小さなビンを投げつけた。あのロシアンの、背後を取るなんて!

咄嗟にロシアンがそのビンを切り裂く。すると中から噴き出した液体がロシアンの全身を濡らした。

途端にロシアンの動きが止まる。何? それにこの匂いは―――――


『テめ……何しやがった……!?』

「うちのミクがちょくちょく暇つぶしで作る毒薬でな。『gift』っていうんだ。うちのカイトなんかはよくこれを飲まされてえらい目に合うんだが、まさかあんたほどの相手にも効くとは思わなかった。……こいつは麻酔用の比較的おとなしいタイプだが、一度吸えば普通なら昏倒して3日は起きない」

『この野郎……充分危ねえじゃねえか……』

「かもな」


動きの鈍くなったロシアンに狙いを定め―――――色とりどりのチョークが飛んだ。

複数同時発射にも拘らず―――――またも狙いは碧命焔に覆われてないところ!!

まさか――――――――――まさかが起きるのか――――――――――





『だが―――――惜しかったぜ』





――――――――――起こらなかった。


一瞬で先生の後ろに回り込んだロシアンの焔の爪が―――――ぴたりと先生の首筋につけられた。


「……!!」

『……勝負ありだ。だが見直したぜ……Turndogの世界の奴等も、なかなかやるじゃねえか』


ひゅるりと先生の肩から降りると、全身の碧命焔を抑え、毛づくろいを始めた。


「……体の麻痺は?」

『……恐ろしく効力の強い毒だったが……吾輩の焔は物質の毒性や能力を失わせる能力を持っている。そして吾輩の体自体も同じ効力を持っている。麻痺が抜けるか、力の込められない体にチョークが激突するかの瀬戸際だったが……ギリギリ賭けに勝った、というところか』


口調も戻り冷静になったロシアンに対して、先生は汗びっしょりでへたり込む。


「はは……参ったな。やはり神獣は格が違ったということか」

『そうでもないぞ。未だにルカは吾輩の背後を取れんからな』

「ちょっ……ロシアンっ!!」


そう、ロシアンは未だに私に背後を許さない。どんなにハイスピードで背後を取ろうとしても、一瞬で感づかれてしまうのだ。

それだけに驚きだ―――――ナイフを囮にしたぐらいで、背後を簡単に取ってしまった先生の実力が。


「刑事さんよりも先にか……それはちょっと誇れそうだな、いい土産話ができた」

「そ、そんな話しないでよぅ……」


恥も忘れてつい口調が幼くなってしまった。でも一般人に負けたことを堂々と話されるよりはマシだ。

と―――――ルカちゃんが私の横をするりと駆け抜けていった。

先生のもとに走り寄って、そのまましがみつく。


「……神威さん……無茶しないで……っ……」

「……ああ。すまなかった」


優しくルカちゃんの頭に手を置いて、苦笑いをロシアンに向ける先生。


「そういうわけだ。もうこんなことはしかけないでくれるか?」

『約束はできんが、気を付けてはおくとしよう。何せ吾輩の背後を初めてとった人間だからな。いずれまた決着をつけさせてもらう』

「はは、こりゃ厄介な相手に目をつけられちまったか……」


苦笑いの止まらない先生と、いたずらっ子のような笑いを浮かべ続けるロシアン。





なんだかんだで、この二人は気が合うのかもなと思った。










翌朝。


皆で夜更かししたおかげで寝坊でございます。現在朝の7時。私とロシアン、ルカちゃんと先生以外誰も起きてきません。一番体力や気力をすり減らした私たちが真っ先に起きるたぁどういうこった。


「私やロシアンはともかくとして……特に先生、夕べあんなに激しく動いたのによく起きられたわね」

「私たち、元々結構早起きなので」

「俺はマスターに割と起こされるおかげでこの時間に起きる癖がついてるだけだよ。実際にはまだ体中が痛い」

『だらしない奴だ。あの程度の運動で音を上げるか』

「無茶言わないの。ロシアン基準で考えたらだれがついてこれんのよ」

『お前はついてこれんのか?』

「私は元々スタミナありません」


まぁ実際には『サイコ・サウンド』の負担が大きすぎるだけなんだけどね……。


「朝御飯、何がいい?」

「あ、お気になさらず……」

「いーのいーの、それにヴォカロ町自体の朝は遅いのよ。まだどこも店なんか開いてないわ」

「え、コンビニとか、牛丼とかはないのか……?」

「ない!」

『おぅふ……』


とりあえずは普段の朝ごはんを振る舞ってあげることに。


『では吾輩も朝飯喰いに出かけてくる』

「ほーい、いってら―」


ひゅん、とロシアンが飛び立っていくと、ルカちゃんが怪訝そうな顔で聞いてきた。


「キャットフードとかじゃないんですか?」

「あなたはあのロシアンが大人しく猫の餌食べると思う?」

「……いいえ」

「そういうことよ」


元々野良猫で元々プライドが高くてその上神獣であるロシアンがキャットフードなんておとなしく食べたらグングニルが降るわ。


十分後。

テーブルの上には山盛りご飯とドンブリの味噌汁。一汁一菜でございます。


「いただきまーす」


毎朝忙しい癖がついているので、無意識のうちにかっ込んでしまう。普通の『巡音ルカ』ならやらないかもしれない行動の一つでございます。

さてその『比較的普通な巡音ルカ』はというと。


「……ず、随分多いんですね」

「初めて見たぜ……ドンブリになみなみ入った味噌汁……」

「残しても構わないわよー?」


山盛りのご飯を唖然とした表情で咀嚼していました。ですよねー。

毎日相当なエネルギー消費があるせいか、うちのVOCALOID達は皆割と大食漢だ。特に毎日町中を駆け回る私や毎日何度もライブを行うミクは食べる量が極端に多い。

そんなうちだから、朝御飯もかなりどっかり食べるのだ。


「無理しなくていいわよー」

「ならなぜこんなに盛ったし……」


そんなことを言いつつきっちり完食。

どずぅん、とベランダの方で轟音がしたけど気にしない!


「……ロシアンさん、それはいったい……」

『吾輩の朝飯だ。喰うか? イノシシ』

「……いえ、いいです」


そんなもん丸ごと喰うやつはそうそういません。


しばらくしてロシアンが骨すらも残さずイノシシを食い尽くしたところで。

2人に向き直って問いかけた。




『で、今日はどうする?』

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ヴォカロ町に遊びに行こう 8【コラボ・d】

バトル万歳!
こんにちはTurndogです。

ルカさんとロシアン。ヴォカロ町最強と言ってもいいこの二人の組手とかすっげーみたい。
そして先生VSロシアン。ゆるりーさんの許可を戴いたので真剣に組手。
因みにいきなり弓が出たりするのはゆるりーさん公式です。マジかと思った人はmemory最新話(2014年4月現在)見てきなさい。マジでいきなり弓出してるから。
あと先生ならロシアンの背後位ホイホイとるんじゃないかと思った。

ところでみんなは朝飯ちゃんと食べる派?
俺はちゃんと食べすぎる派。

第7話:http://piapro.jp/t/lg9c
第9話:http://piapro.jp/t/2U60

閲覧数:303

投稿日:2014/04/30 21:11:31

文字数:5,780文字

カテゴリ:小説

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  • ゆるりー

    ゆるりー

    ご意見・ご感想

    ちょ、ボタン一個弾け飛ぶって!ww
    そしてやっぱりカイトがいない!www
    「カイトの扱いに定評のあるTurndog」というタグをつけましょう←

    ロシアンは我が家のがっくんにも、素の口調になるんですねw
    弓に対する反応は我が家のルカさんとほぼ一緒ですね、ヴォカロ町ルカさん。
    あれなんですよね、がっくんの武器ってあとマシンガントークと拳銃があるんですよね←
    ロシアンは安定の強さですが、我が家のがっくんがヴォカロ町ルカさんより先に背中をとるというのは…がっくん、すごいな←
    そして 我 が 家 の ル カ さ ん は 可 愛 い ! ((

    私「がっくん起きて!起きないと死ぬよ!大根ぶっかけるよ!ほらほらあと十秒、九、八、七…」
    が「ああ…起きる…起きるから。頼むから目に向かって大根おろしをぶっかける体勢を解除してくれ、起きるから」
    多分こんな感じですね! ※フィクションです

    えっグングニルが降るとか本当にやばいですね…(戦慄)
    『比較的普通な巡音ルカ』。唯一普通じゃないのは、校舎の三階から飛び降りても無傷で着地すること…やっぱり我が家はおかしいですね!w

    朝ごはんが異常に多い!w
    ドンブリになみなみの味噌汁って…お腹たぷたぷいいません?w
    そしてイノシシ!ヴォカロ町にイノシシっているんですか!?そしてイノシシを骨も残さず食べるとかヴォカロ町メンバーはどれだけ食べるんですか!?ww

    私はちゃんと食べるけど二時間後にはもうお腹が空いている派です。

    2014/04/22 21:45:33

    • Turndog~ターンドッグ~

      Turndog~ターンドッグ~

      ルカさんよりルカちゃんの方がぼいーんという驚愕の事z(滅・砕・陣!!
      定評は複数の成果がないと出ないじゃないですかww

      好敵手と認めた相手にはマジになる猫又ですw
      いや、そりゃまぁ誰だってその反応でしょ、フツー……w
      ロシアンは300年の年季を活かした精神破壊口撃が得意です←
      パワーアップ補正の効いたチョークやナイフの方が拳銃よりも強そうな件……w
      なんだかんだで強そうな先生。多分うちのルカさんは何かしら油断があるんでしょう。
      可愛くなる素質があるもんww
      だ が う ち の ル カ さ ん も (時々) か わ い い !(((

      大根『バ●ス!!』
      目があぁあぁあ!! 目がああぁあぁああああああぁ((

      ただの矢や槍ではなくグングニルが降るところがミソですww
      うちのルカさんの一番普通な行動は片腕で120?を支えること……うちの方が普通じゃないね!(当り前

      たぷたぷどころかだっぷんだっぷんだと思いますがルカさんだから大丈夫!(お客人は?
      周り全部山だからきっといる!ww
      神獣だから全部瞬時にエネルギーにできるはず!www

      たっぷり食べるけど朝が早すぎるから10時半には腹ペコ派でもあります。

      2014/04/22 23:41:05

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