「…はあ、それで、謹慎期間を無視して出てきたと」
少し仕方がないというような、あきらめたというような微妙な表情のキカイトが凛を目の前にして頭を抱えた。
「王子サマ、愛されてんなー」
その横で、アカイトが愉快そうに笑う。
「…笑い事じゃない。」
さも不愉快そうに帯人がアイスピックを構えた。
「何で俺、連絡しようなんて思ったんだろ…。後、帯人はそれしまえ。」
おちこんだように頭を押さえたレンを励まそうとしているのか、横でカイトがレンの疑問に答えた。
「永遠に謎、だね」
笑顔で答えたカイトをにらみつけ、レンは深くため息をついた。
「ご、ごめんなさい…」
「謝られても困るけど」
「レンの結婚って、どういうことですか!?」
「…恐らく、聞いたとおりだろうとは思いますが?」
開き直ったようにキカイトが言う。
「取り消してください、結婚!」
「何故?」
「な、何故って…言われても…。その…。れ、レンがしたいって言ってるわけじゃないのに、結婚だなんて…むちゃくちゃです!」
「所詮、王家の血筋は国を繁栄させるためにある。計略結婚も仕方がないことです」
「仕方なくなんかないです!取り消してもらえるまで、帰りませんからっ!」
「…好きになさってください」
いまだ状況を把握できていない関係者はもはや彼女一人となっていた。ミクだ。まわりにいる執事やメイドにどうなっているのかを尋ねてみても、ことをきちんと理解しているものはやはり少ないらしく、ミクはまだ状況を飲み込めていない。そうしている間にも恐らく結婚の話は着々と進んでいることだろう。大企業のご令嬢とは、やはり面倒な仕事柄である。
仕方がないことはよくわかっている。昔からそうだ。父も母も、昔から親らしいことなど一度もしなかった。皆、自分を『ミク』という少女としては見ていない。大企業の社長令嬢、ただの金づる、うまいカモ、そうでなければ世間知らずの金、そのものといえるかもしれない。ちょっと言えば、金を何の疑いもなしに渡してくれる。金が何のセキュリティーもなしにその辺を歩いているようなものであって、彼女と仲良くしていれば、いつか金に困ったときに、手を貸してくれるだろうという計算づくで近づいてくるものは少なくないばかりか、そんなものがほぼ全員だ。純粋に彼女を好いてくるものなど、彼女は見たことがなかった。
確かに美少女。それも、天然系だ。
そんな彼女との結婚や縁談を自ら断るようなことをするものは、ほぼ居ないと考えていいだろう。だから、この結婚の話も強行されたようなカタチで進んでいるのだ。本人にそんな自覚はないが、周りから見れば整った顔とキレイなスタイル、多少の幼児体形もうまい具合になって、モデルやタレントとしての仕事をしたことも数回あった。
甘いケーキは食べあきた。
冷たいジュースも、もういらない。
今ほしいのは、ただ、自由になれる、自由の空に飛び立つための翼がほしい。二つだけ。
左右の肩に一つずつ、羽がほしい。
あの馬鹿親どもの元を離れ、ただ一人でも歩いていける、飛び去っていけるような大きくたくましい羽がほしい。それができないのなら、もう、消えてしまいたい――。
それもかなわないのならば、せめて、せめて信頼できる人の近くに、信頼できる人とともに生きていたい。種族など、関係はない。それがかなうように――私は祈ることしかできないのに、翼も何も、手に入れることなどできはしない。それはよくわかっていた。だが、それが自分の限界だと思っていた――。
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