がさがさと部屋中にビニール袋の音が響く。彼女は家中の“ゴミ”を袋の中に放り込んでいた。別れた彼氏との思い出の品は、彼女にとってゴミでしかなく、あるだけ辛いので捨てる。これが彼女の考え方だった。
あれもこれもと彼女がビニール袋に突っ込んでいる横、机の上で種KAITOが歌っていた。柔らかいがよく通る歌声は、作業をしている彼女の耳にも届いていた。
BGM程度に種KAITOの歌を聞いていた彼女はふと気付く。
「…その曲……」
聞き覚えのある曲だ。いや、聞き覚えとかいうレベルではない。よく、とてもよく知っている曲だ。そう思う彼女の思考を、曲が、思い出が侵食していく。
それを振り払うように頭を振って、種KAITOの方を向き、彼女は問う。
「………いつの間に、覚えたの?」
彼女の静かな声に、種KAITOが首を傾げる。
「いつっていうか…知ってた。最初から。聞いた記憶は無いけど、頭の中を流れてくる」
ふと気がつけば思い浮かぶメロディ。そんな感じだと種KAITOは照れ臭そうに笑った。
「なんでだろーな。聞いたこと無いのに」
理由はわからない。ただ気づいた時にはもう好きだった。そう種KAITOは言う。
その話しを聞いた彼女の顔が厳しくなっていく。思い出が彼女の心にまで広がって、それが表情に現れたようだ。
種KAITOが心配そうに彼女の顔を覗き込む。
彼女は険しい顔のまま立ち上がり、小さな棚へと向かった。その上の木箱に手をかける。箱の蓋が上がり、りん、と小さな音が鳴った。優しい金属音がメロディに変わる。それは種KAITOが先程まで歌っていた、彼女が険しい表情になった、あの曲だった。
緩やかに曲を奏でる箱を手に彼女は種KAITOの所へ戻る。机に置かれた箱を種KAITOが覗くが、中には何も入ってはいなかった。
彼女がぽつりと呟く。
「これは、あいつがくれたの」
ついこの間別れた彼氏。彼女の誕生日に彼がプレゼントとして渡してくれたと彼女は語る。
アンティーク調のオルゴールは一見傷物のようにしか見えないが、詳しい人ならば決して安いものではないとわかる。二人が付き合っていた頃の幸せな思い出が箱の中には入っていた。
彼女は目を伏せて思い出す。何度もオルゴールを鳴らした日々を。しかしもう幸せな気分には浸れない。そう思い彼女は目を開けた。
そんな彼女の表情が種KAITOには深刻そうに映る。
「……でも、もう要らない」
別れてしまったから。言って、彼女は蓋を閉じた。乾いた音と同時に曲が鳴り止む。彼女はそれをビニール袋へ入れようとする。それを見た種KAITOが叫んだ。
「何で捨てるんだよっ」
彼女の手が止まる。自分が何をしているか、種KAITOが理解しているとは思ってなかった彼女は驚く。種KAITOは予想以上に知能の高いもののようだ。人事の様に彼女の頭が考え、すぐに忘れる。それどころではないと目の前の状況が告げていた。
種KAITOが彼女の手から木箱を奪ったのだ。
「…っむぐぐ……!」
当然ながら木箱は種KAITOよりも大きい。彼女が“小さな人形”と称したくなるような大きさの種KAITO。木箱はその数倍の大きさをしている。その上、中にオルゴールが入っているためただの木箱よりも重い。
それでも種KAITOは全身で何とか持ち上げ、歩き出す。しかし数歩歩いた後重さに耐え兼ねたのか真っ直ぐに木箱が落ち、種KAITOを潰した。ぐえ、と小さな声が聞こえ、慌てて彼女が箱を持ち上げる。
唸りながら軽くなった身体を起こした種KAITOは泣きそうな顔になっていた。
「いっぱい、聞いたんじゃないのかよ!まだ、種の俺が覚えるくらいっ」
必死な物言いに彼女の息がつまる。
種KAITOがまだ種の時、彼女は幸せだった。彼氏からもらったオルゴールを毎日のように鳴らし、幸せに浸っていた。大好きな曲だと彼氏に語り、種にまで話していたのを彼女は思い出す。確かに種を貰ってからしばらくの間、アイスに植えたりせずに棚の上に置いていた。そしてその間も曲を鳴らし続けた。それで種KAITOはこの曲を覚えているのかもしれないと彼女は思う。種KAITOに刷り込まれてしまう程繰り返し聞いた曲。好きなのだ、本当は。
机に置いた木箱を見つめる。閉じた箱は、何の音も出してはいない。
種KAITOの言葉を否定出来ず、彼女は俯く。
「だって……持ってても辛いだけじゃないっ。好きだったあいつの顔が、これを見るだけで、頭に浮かんでくるの!……辛いの。辛いの…っ」
嗚咽が混じり、彼女の目尻に涙が浮かぶ。
思い出すだけで辛い。見ていると思い出す。ならば捨ててしまおう。そうした彼女の思いがこのビニール袋。中に詰めて、ゴミとする。
捨てられたゴミがどうなるのか種KAITOは知らなかった。それでも「捨てる」というのがどういうことなのかは本能で知っていた。だから涙を零す彼女にも怯まず声を張る。
「これから、それ以上の思い出を作ればいいだろ!この箱を見ても、曲を聞いてもいい思い出しか思い出せないぐらい、いっぱいいっぱい…作ればいいだろ!!」
「どうやって!?あいつが買った、あいつが選んだ。曲を聞くと、あいつが喜んだ……その喜んだ顔が辛いのよっ」
思い出す事が辛い。そう喚き立てる彼女。
種KAITOはその声に負けぬよう強い意思を彼女へぶつけた。
「じゃあ俺が作ってやるよ!」
「…え?」
彼女の意思に種KAITOの意思が入り込む。しかし、息苦しかった思考がすっと晴れていくのを彼女は感じた。
「マスターがこの箱を見ても泣かないように、楽しい思い出を思い出せるように、俺が楽しい思い出を作ってやる!」
「……あんた…」
木箱の上に種KAITOは乗り、笑う。真っ直ぐな視線が彼女を貫いた。
「どーだ!?これで捨てなくていいだろう?」
してやった顔の種KAITO。その笑顔が彼女の中で彼氏と重なる。無意識の内に彼女はポタポタと涙を零した。溢れる涙に視界が揺れる。
先程よりも涙を流す彼女に種KAITOが焦る。駄目だったのだろうかという不安にかられ、悲しそうに俯いた。それを見た彼女が躊躇いながら手を伸ばす。指先でそっと種KAITOの頭を撫でた。小さな種KAITOを潰してしまいそうで指先で撫でることを選んだが、それでも押し潰してしまいそうだと彼女は思う。
「……生まれた、ばっかで…何にも知らない……くせに………」
頬を伝う涙も拭かず、彼女は微笑む。泣きたくなる気持ちを堪えきれず、今も涙は溢れる。しかし、自分の為に叫ぶ種KAITOの為に笑わなくてはならないと彼女はギリギリの所で微笑んだ。
種KAITOが顔を上げる。彼女と目が合った。
不安定に泣き、笑う彼女は木箱に目をやり、蓋を開けた。曲が流れ始める。それでも彼女は笑っていた。不思議そう眺める種KAITOに彼女は言う。
「………よろしくね」
これからの種KAITOとの生活。オルゴールにの木箱に詰める、新たな、楽しい思い出。二つの意味を込めて、彼女は精一杯の笑みで言った。
泣きながら笑う彼女の姿は種KAITOにとってとても美しく見えた。その顔に僅かに見とれ、種KAITOは文字通り止まる。呆然と立ち尽くす種KAITOを見て今度は彼女が不安になる。表情には出さずに首を傾げると、何かを振り払うように種KAITOは首を振り、満面の笑みを向けた。
「任せろっ」
終わりかけのオルゴールがゆっくりと流れる。途切れそうになるその音が止まる前に、彼女はネジを巻き直した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

思い出とオルゴール2(KAITOの種/亜種注意)

本当は思い出話だけで上げるつもりはなかったんですが、思いの外長くなったので。
二月前半には書き終えたいです。


KAITOの種本家
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投稿日:2010/01/31 02:26:21

文字数:3,087文字

カテゴリ:小説

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