ピアプロの商店街の中でも目立たない一角にある、ボーカロイドの経営するメイド喫茶、通称ボーカメイド喫茶「あーくのーれっじ」。
開店前のこの店の更衣室から、けたたましい笑い声が響いていた。
「サイッコー!シグもうあんたサイッコー!!ぷくっ、ぷくくく……アハハハハ!だめ、もう耐えらんないアッハッハッハッハ!!」
「……」
爆笑しているのは、我が同居人雑音ミク。何故彼女がそんなにもウケているのか。その理由は全て俺の格好にある。
げんなりした気分で近くの鏡を覗けば、ヒラヒラしたエセメイド服を纏い、ハート型になるように手の加えられた三つ編みの髪型をした少女らしき存在が、死んだような目でこちらを見返していた。自分でも素直にこれが男だと思えなかったという事実が素敵な程終わっている。
(理不尽だ……)
既に仕事開始以前より軽く放心状態の俺は、ぼんやりと思った。
何故、びんぞこが本人の承諾もなしに与えた雑音の絶対命令権を行使されなくてはならないのだ。何が悲しくて結局なんの制止にもならなかった奴の言うことを聞き、急用が入ったという奴の代わりにメイド喫茶なんざで女のフリをしてヲタ共相手に接客なぞせねばならんのだ……!
「ああ……」
だが、この怒りをぶちまける気力などとうの昔に削り取られていた。やるせない気持ちだけが募る。未だに笑い続ける雑音の方を見ると、彼女の背後の扉がガチャリと開き、金髪のサイドテールが首を覗かせた。亞北ネルだ。
「ざっつんどうしたの?着替え終わった?ってうわ、本当に凄い!女の子にしか見えない!!」
「でしょーネルネルー♪いやー初めてこいつと会った時から素質はあると思ってたんだけどさー、正直ここまでハマるとは思わなかったわー♪」
「本当ね!しかも可愛い!これなら、男とバレないどころか仕草さえ完璧に出来れば人気ランキング上位にも食い込めそう!!」
「いやあ、私ってばもしかして自分の手で強力なライバル生み出しちゃったー?なーんちゃってーアッハッハ♪」
どんどん盛り上がってゆく二人の会話がどこか遠くから聞こえる。
ああ、彼女らは何を楽しそうに話しているんだろうか……俺には理解出来ない。というかしたくない。
「おっと、じゃ、私そろそろ行くねー、後宜しくー」
「はーい。さて、と……じゃ、開店までの残りの時間で、シグ君には仕草や話し方をこれから覚えてもらうわ。ついてきて。ビシビシ行くんだから!」
「……はい……」
どんな事をするか想像するだけで余計に俺の気分は落ち込んだが、そんなのは関係ないと言わんばかりに彼女は俺を別の部屋に引きずり次々に作法を教えてゆく。俺は必死に彼女の指導についていった。
「違う!もっとこんな感じ!……そうそう、それそれ」
「ネルちゃーん、そろそろお店始まるけど、新人の教育は終わったーン?」
(うげっ!?なんだ今の声!?)
声のした方向に振り向けば、そこにはガタイのいい大男(ボーカロイドではないようだ)の姿が。その体型でエプロンドレスを纏い、仕草も妙に女っぽいのだからある意味破壊力は抜群だ。
「あ、はい店長、彼、飲み込みが早くて助かりました!」
(店長!?)
ネルは慣れているのかこのオカマと普通に話している。俺は正直直視するのもキツイんだが……
「あら、それは期待が持てそうねン!じゃあ、新人君……シグちゃんだったかしらン。みんなにアナタを紹介するからついてきてン」
オカマ店長は肉付きのいい腕で俺の腕をがっしりと掴み、見た目通りの腕力で他の店員達の前に俺を引きずり出した。
「みんな~ン、今日雑音ちゃんの代わりに接客してくれるシグちゃんよ~ン。本当は男の子なんだけど、雑音ちゃんが頼んだら自ら申し出てくれたらしいわン。シグナちゃんって呼んであげてねン♪」
(「自ら申し出た」だと……!?あの女、とんでもねえデマ流しやがって……ていうか俺が男だってバラしちゃっていいの!?)
それを聞いた店員達は一斉にざわめく。
「え、シグってあの語音シグ?自己紹介で有名な……」
「わたくし、以前オカマ怪人役でカイト様と共演した、とも聞きましたわ」
「えっ?それって羨ま……じゃなくて大抜擢!ってか役がそれで今これって、やっぱりそういうケがあるって事?」
「とすると……男の娘?ボクと同じだ!!」
どんどん曲解を進める店員達。
……そうなるよな、普通に考えれば「語音シグは女装趣味の変態である」って思うよな……でも違う、全て強制されやらされた事なんだ。信じてよ。ホントウダヨ?
ていうか既にいるのか、男なのに接客やってる奴……
「じゃあ、今日もみんな頑張って稼いじゃってねン!」
「はい、店長!!」
掛け声と共に開店した。俺が最初に任されたのは、入ってきた客に「例の言葉」を投げかける係だ。他の数人と一緒に入口付近に待機し、作った笑顔を保ちながらくるなくるなと願い客を待つ。しかし、祈りも虚しく一人目の客がやって来てしまった。いかにもヲタっぽいヒョロ眼鏡だ。
言いたくない……だが言うしかない……「例の言葉」を……!
「お帰りなさいませー、マイマスター♪」
(ぐあああああああ!!!!)
あまりの嫌悪感に鳥肌が総毛立った。全身の毛細血管が爆発したかのような錯覚に陥り、しかしなんとか笑顔だけは崩さない。
客は「えへへ……」と気持ちの悪い笑顔を浮かべながら、奥の席に案内されていった。俺は、また一つ大切なものを失ってしまった感覚に、その後しばらく悩まされる事となった。その間にも、客はどんどんやって来る。
「シグナ、シフト交代だよ」
「そ、そうですか……」
ネルの声に心底救われたような気分で、俺は今度は客に注文をとる係に回った。これが更なる地獄だとも知らずに……
「シグナちゃん、注文取ってきてくれるン?」
「はい」
店長の指示に従いテーブル席に向かうと、これまたいかにもヲタっぽい二人組が俺の目に入った。
「あれ?見ない顔でゴザルな?新人さん?」
「あ、いえ、今日だけです」
「今日だけ?それはもったいないスよこんなに可愛らしいのに~。名前はなんて言うスか?」
「シ、シグナです……」
「シグナちゃんでゴザルか~、クールビューティーって感じで素敵でゴザルな~」
キモイ二人のキモイ言動に激しくこの場から逃げ出したい衝動にかられるが、なんとか踏みとどまる。作り笑いは解けていないだろうか……
しかし次の奴らの台詞で、俺がそんなことを気にしている余裕は一切吹き飛ばされる羽目になった。
「どうするスか斎藤氏~、今日だけっていうなら個室行っちゃうスか~?」
「そうでゴザルな、峰松氏……せっかくだし、そうするでゴザルか!個室に変更、指名はシグナちゃんで!!」
(えぇっ!?)
俺は驚愕のあまり頭が真っ白になった。声を出さなかっただけ優秀と言える気がする。
「は、はい……こちらにどうぞ……」
(まじかよ……!
俺は必死でそれだけ言い、なんとか二人を個室へ案内した。
なぜ俺がこんなに取り乱しているかというと、それは全てこのメイド喫茶のシステムに原因があった。
このメイド喫茶の個室はカラオケボックスのようになっており、「店員に歌を歌わせる」ことが出来るようになっているのだ。
最初に聞いた時は店員がボーカロイドである事を利用した画期的なアイデアだなとも少し感心したが、まさか俺がやらされる事になるとは……だって、普通思わないじゃん、いきなり指名とか……指名するにしてもネルとかその辺の有名所行くと思うじゃん……
「さて、じゃあどの曲歌って貰うスかね?やっぱクール系だし『Just Be Friends』辺り歌って貰うスか?」
「いやいや峰松氏、こういう娘にはやっぱり『ワールドイズマイン』とかを歌って貰うでゴザルよ~。ツンデレは萌えの基本でゴザル」
「それもそうスね~。じゃ、『ワールドイズマイン』よろしくスよ!」
「わ、わかりました……」
ああ、もうこうなりゃヤケだ。
俺はマイクを掴み取り、大声で歌い始めた。
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ご意見・ご感想
絢那@受験ですのであんまいない
ご意見・ご感想
シグのメイド…見てえ(殴
ていうか店長キモすぎですwwwあれで人気があったらって思うと怖いですwww世界崩壊ですwww
よし、このメイド喫茶も今日のうちに行かなくてはっ!今すぐクリプトンに行くまでの旅費を!
ワールドイズマインを歌う…2828282828(ry
斎藤氏峰松氏、お前は幸せ者だぞ!私も聞きたいのn(黙
2011/06/01 20:45:11
瓶底眼鏡
シグナちゃーんご指名だよー♪←
店長は見た目はアレですが凄くいい人なので人徳は結構あります。後、「あーくのーれっじ」自体は普通に人気店です←
未来旅行には一体いくら必要なんでしょうね?←
その後「こっち向いてBaby」なども歌ったそうです←
彼らはもしかしたら再登場するかも……←
2011/06/01 21:09:53