「あ、デルさん…。おかえりなさい」
薄暗い部屋に帰ってきた銀髪の青年を、同じく銀髪の女性が申しわけなさそうに出迎えた。女性の前を素通りし、先ほど氷山から受け取った機器を弾くように女性のほうへと放り投げ、奥の椅子に腰掛けた。プラズマ画面が表示されると、女性へ呼びかける。
「読み込め。報告するものはバグ、ウイルス、異常なプログラム。…いいな?」
「は、はいっ!」
渡された機器を自分のヘッドフォンに接続し、そっと目を閉じる。
「…プログラムを起動します…」
『ヴゥ…ン…』
機械音とともに、銀髪の女性――ハクの周りに無数のパネルが表示され、何度か音を立てながら処理していく。
数分後、ハクがそっと目を開くと、一番最後のゲージが表示されていたパネルが100%を表示して、消えた。
「…結果が出ました。メモリーチップに記録しますか、それともデータとして送信しますか」
「メモリーチップに。どうだ、おかしなプログラムはあったか?」
「…いいえ、検出されませんでした…」
少し期待はずれだというような表情でため息をついた青年――こちらはデルと言う名だった――を見て、ハクは申し訳なさそうにうつむいた。
「まあ、仕方ない。…すこし休んでいていい」
「ハイ…。すいません、お役に立てなくて…」
「嘘でも報告してくれるとよかったんだが」
「ごめんなさい…」
「仕方ない。気にするな。…煙草を買ってくる。…お前は芋焼酎か?」
「…米焼酎です」
部屋を出てから少し歩く。売店まではいくらか遠い。
落ち着きのない空気、ざわめきの漏れる会場、絶えず出ては消えるプラズマ画面と、バグとウイルス。すべて、耳障り、目障りだ。
歩いていくと次第に大きくなるドーム内の喧騒。
「…ったく…喧しい」
煙草がきれて、相棒からは売っているかもわからない米焼酎を頼まれて、面倒なお使いである。まあ、煙草は買わないわけには行かないし、なんだかんだで買いに行っていたのだろうが、別に今行くこともないだろう。…いつ行ったとしてもそう思っていたのだろうが。
売店を見つけ、煙草と焼酎と、自分が飲むためにビールを買った。流石に米焼酎はなかったが、芋焼酎はあったので、とりあえずそれを買った。いや芋焼酎だけでもあったことが素晴らしい。
こんな五月蝿い場所に好き好んでいる奴らの気が知れない。頭が狂っているんじゃないだろうか。
今買ったばかりの煙草をさっさとあけて口にくわえると、片手でライターを開き、煙草に火をつけた。煙を立てて煙草が燃える。煙を吐き出すと、目の前が真っ白になった。
『――ソレデハ、第三試合ヲ開始イタシマス――』
機械的なノイズのかかった声がドーム内に響き渡る。
フィールドにはルカとミク。向かいには相手が立っているが、ただの力自慢のマッチョマンにしか見えないので、ここは説明をしなくてもいいだろう。
「…ミク」
「頑張ろうね、ルカ姉」
「ええ。…クス、私と戦おうだなんて馬鹿なオトコ…」
嫌な笑いを浮かべ、ルカは静かにクスクスと笑う。
『――ゲームヲ開始シテクダサイ――』
そのアナウンスとともに、相手が走り出す。動じることもなく、ルカは小さな声でミクに告げた。
「右左左右右左左左左」
素早くミクが動き出す。鮮やかなツインテールがふわりと風に舞って軽やかに宙を舞うミクの華奢な身体は、大きな弧を描いて地に降り立つ。そして、言い終わるが早いか、ルカは素早く走り出し、相手の後ろへと回り込む。その姿はさながら風。
「いくよっ☆」
物の数秒で蹴りがつくとは誰も思っていなかった。
「…あまりにも手ごたえがありませんでしたわ」
「うーん、たしかに。もっと抵抗するとか捕まえるとか…ねぇ」
「ええ。まあ、さっさと終わってよかったですわ。肩慣らし程度にはなったでしょう?」
「ううん、準備運動にもならないよ」
二人は少しだけ笑った。
決着がつくまで、9秒81だった。
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