初めて会った頃、私達は非常に仲が悪かった。これは冗談とかじゃなく、本当に。

『あの澄ました女、ホントやだ』
『勘違いクンって嫌いなの』

そんな風に相手を評したのが一番最初だったような気がする。あんまり良く覚えてないけど。

そもそもその原因はと言われると良く分からない。
ただ親戚でもないのに同じ苗字で、そのせいで席が近くて散々からかわれたのも関係していたのかもしれない。一番酷い時なんて、お互いを完全に無視して周りから心配そうな目で見られてたし。

じゃあいつから仲良くなったのか、と言われるとそれも良く分からない。
ただ一度仲が良くなると後はとんでもない早さで親密になったのは覚えてる。最後には「え、もしかして実は双子だった?」なんて言われる位だったもの。
実際そんな気がしていたときも無いではなかった。ここまで近しくなれたのは感性こそ違っても基本的な考え方や好みが似ていたせいも少なからずあったと思うし。
それに外見もどちらか言えば似ていたと思う。髪の色とか目の色とか。…その程度だけど。もしかしたらもっと小さいときに出会っていれば本当に双子に見えたのかもしれない。
でも残念ながらこの年齢にもなると男女差というのは随分はっきりとしてしまう。だから私とレンを見間違うとか、そういう双子的なお約束は有り得るはずがなかった。寧ろあったら困る。

まあ、とにかくしばらく近くにいて、私はレンといる時間が一番心地良いものだと思うようになった。それはレンも同じだったらしく、私達は離れているとお互いを探してどちらからともなく擦り寄るようになった。
赤の他人だとか出生がどうのとかは関係ない。とにかくレンと私は決定的に相性が良くて、お互いの足りないものは補えたしまずいところは指摘し合えた。
うん、指摘されて直るかというのはまた別問題だけども。

「レン今日はすぐ帰る?」
「んー、帰るかな」
「一緒に帰ろう。とりあえず数学教えて」
「いや普通に数学は手動かさないと意味ないし。俺こそ基礎生物教えて」
「あれは暗記」
「それが出来ないって言ってんの」

そんな事を言いながら適当に荷物を片付けて教室から出る。
当然どの教室も同じ時間に授業が終わるから廊下は混雑しているけどレンを見失うことはまずない。男にしては長めの髪、しかもかなり鮮やかな金髪の上に実は意外にしっかりした体つきをしてるから。
そこは素直に羨ましい、私が今から鍛えてもそんなに筋肉つかないし。
でも前にそう言ったら凄く嫌そうな顔をされて「リンにそれは似合わない」と断言された。
そうなのかなあ、残念…。
でもこうして人波の中を歩いているとやっぱりしっかりした体格は羨ましい。だってこうやってもみくちゃにされたりしないし、ってうわ、流される!

男子の一団に視界を遮られそうになった瞬間、ぐいっと手首を引かれて前にたたらを踏む。何事かと顔を上げると、呆れた顔のレンが私を見下ろしていた。

「何してんの」
「ううっ」

的確な質問をされて言葉に詰まる。そんな私を見て、レンは呆れ顔のままぱっと掴んだ手を離した。
バランスを崩して倒れそうになるけど、そこは辛うじて踏み止まる。
この上転倒して笑われるのは勘弁して欲しい。半ば照れで早足で歩いてみたけど、残念な事に私より多少コンパスの長いレンは苦もなく後をついて来た。これだから足の長い男子は。

「なんでついてくるの」
「一緒に帰るって言ったのリンだろ」
「う、だ、だからってそんな引っ付いてたらある事ない事噂されるじゃん!」
「ああ、はいはい」

結構今更だけどね、と半眼で言われて、これ以上言われないようにだよ、と返す。

そう、この歳の男女が仲良くしていればあらぬ噂の一つ二つ立つもので私達も恋人なのかとよく聞かれる。
答えはいつだってイイエだ。というか男女が仲良くしていたらとりあえず恋愛沙汰に持ち込むってどうなの、友達で何かまずいことでもあるんだろうか。


私はレンは恋人よりも珍しい立ち位置にいると思っている。
一番不安定な位置かもしれないけど、その分そこにいること自体に特別性があるんだと信じてる。
だからレンが上手いことそこで笑っていてくれることはそれだけで優しい幸せを感じさせてくれた。
一番私を知っている人で、私が一番知っている人。
何の繋がりもないのに家族みたいな存在。
片割れというものがいるならそれはきっとレンなんだと思う。

きっといつまでも誰よりも大切な、人なんだと思う。









リンは俺に夢を見すぎてるんじゃないか、前々から俺はそう思っていた。

常々リンは何で皆が俺達を恋人同士に見たがるのかわからないと言っていたけど、その理由は非常に簡単。大体俺達みたいな関係の奴らは恋人っていうカテゴリに入っているからだ。
皆が変なんじゃなく、変なのは俺達。というか端的に言うなら変なのはリンだ。
学校で一緒じゃないのは登校の時位、休みには二人で一緒に遊びに行ったりして…あのですねリンさん、多分世間は俺達のような存在を恋人って言うんですけど。
でもリンが「恋人じゃない関係」に誇りみたいなものを持っているんだと分かっているから訂正するような事は出来なかった。俺もそういう関係って好きだし、そういう立場の誰かがいたら良いだろうなと思う。

でもそれがリンだとなると、いや、無理。本気で無理。

だってリンは自分の魅力について全然無頓着なんだよ。
かなりの美少女で割と擦れてなくて屈託のない人好きのする性格、って何。
完璧すぎる、それを見ているだけってどれだけ生き地獄なんだか。

「あ、レンちょっと事務寄るね」
「うん、そこら辺で待ってる」
「すぐ終わるから!」

にこっ、と浮かべる満面の笑顔が眩しい。


ああ、駄目、だ。


そう思うと同時に、罪悪感の刺が心にちくりとした痛みを産んだ。
抑えられない所まで来ている。知れば知るほど、側にいればいるほどリンに手を伸ばしてしまいたくなる。
彼女はあんなに俺を無条件に信じて安心しているのに。―――それが俺の苦しみの元でもあるんだけど。
まるで幸せな夢の中をたゆたっているようなリン。

というか何でリンはあそこまで俺に対して無防備なんだろう。
あの様子を見るに俺は男としてカウントされてないよね。おかしいよ、どうしてこうなった。

事務は二階、つまり校舎の出入口の一つ上の階にある。最も少し特殊な作りのこの学校は三階にも出入口があったりするけど便利なのは断然一階の方。とにかく出入口のある階じゃないここは授業の後の帰宅ラッシュが終われば人はほとんどいなくなる。だから、俺は遠慮なくため息をついた。
リンの特別な存在であることは素直に嬉しい。リンの中の今の俺の位置は、仮に俺が消えたとしても他の誰にも譲り渡されることのない文字通り唯一のものだろう。

でも満足できない。できなかった。

俺の欲しいのは、そんな優しい位置じゃないんだ―――そう叫びたい衝動が消えることはない。どんなにふざけてみても冷めた態度を取ってみてもどうしようもなかった。

だから、それはもしかしたら当然の成り行きだったのかもしれない。

「お待たせ!しかし手続きって総じて面倒だね」
「あんまり簡単だと逆に問題出るんじゃん?」
「ああ、詐欺とか簡単になっちゃうもんね。…あ、レン、レン、こっちから行こう」

素直に中央階段に向かおうとした俺はリンに思い切り服の裾を引っ張られてがくんとのけ反る。文句を言おうと振り返ると、リンがちょうど非常階段のドアを開けた所だった。

うん、確かに出口にはそっちの方が近いけどさ。

「えー、そこ?」
「いいじゃん、避難経路の確認だと思えば」
「リン無駄に屁理屈上手くなってきてる」

屁理屈も理屈のうち、とかなんとか力説するリンに続いて俺も非常階段に足を踏み入れる。
何があったとか言う訳じゃないけど、俺は非常階段って苦手だ。この閉塞感とか、無駄に音が反響する感じとか。
これ、壁一枚隔てた向こうが外だとはとても思えない。いかにも「非常」階段っていう感じがする。
どこか非現実的と言うか…


「で、レン…あれ、聞いてない?」

数段下がった位置からのリンの問いかけに慌てて意識を元に戻す。

「ご、ごめん」
「もう!…まあ別にたいした事じゃないし、聞き流してても問題ないけど」

とん、とん、と一歩ずつ確かめるようにリンが足を踏み出す。俺もそれに合わせるように一歩ずつ階段を踏み締めた。
何か得心いかないようにリンが同級生の男子の名前を出した。俺も知ってる、人気の高い奴だ。

「あいつがどうしたの」
「うん、告白された」







頭が真っ白になった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

世界の端でステップを・上

なんていうか…まだ曲に入ってません。説明的な何かです。「あー」の部分だと思ってください。
ギガPのカバーにカッとしてやりました。

後悔はまた終わってからでいいや…うん。
一応終わりまで書けてます。

閲覧数:1,355

投稿日:2010/06/14 15:31:30

文字数:3,584文字

カテゴリ:小説

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