私たちの学舎、機奏学園。

今日も今日とて、私たちは部活動に勤しむ。


「メイコ、モデルになってくれないか?」
放課後の美術室。書きかけの油絵を取り出し、書く準備をする。その時、カイトが声を掛けてきた。

「いいけど…、じっとはできないわよ?」
返事をすると、カイトは嬉しそうに頷く。

「メイちゃんがモデルになってくれるの、久し振りだから嬉しい。」
無邪気な腹の読めない笑顔をして、筆を取り出す。
私とカイトは、幼なじみだ。だからどうという事もないけれど、まぁカイトに見られながらというのが妙にこそばゆい。カイトは…、私の好きな人だから。

「メイちゃん、じっとしてなくて平気だよ?」
私がキャンバスとにらめっこしている事を不審に思ったのだろう、カイトが不思議そうに言ってくる。

「そうは言われても、何だか恥ずかしいの。」
素直に事実を話す。別に、隠す事でもないし。

「あ…、ごめん。」
責任を感じたのだろうか、カイトが手にしていた筆を置く。

「いや、止めてほしいって訳じゃないんだけど…。」
手を止めたカイトに慌てふためき、私は手を振る。

「そう?」
一瞬、キョトンとすると、カイトは再び筆をとった。

ただ、じっと見られると恥ずかしいのよ。カイトは絵が上手くて表現が上手だから。


「メイちゃん、ルイスとレインは元気?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
…そう、ルイスとレインとは、我が家で飼っている猫たち。アメリカンショートヘアの女の子と、ロシアンブルーの男の子。

「相かわらず元気よ。あちこちで研ぎ跡があるくらいだもの。」
思い出したように筆を動かしながら、私はカイトの質問に答える。

「そっか、今度遊びに行きたいな。」
思い出しているのだろう、こらえきれないといった様子でカイトは笑う。


「こんにちはー。」
美術室の扉が開き、黄色い髪の二人組が入ってくる。リンちゃんとレン君だ。

「こんにちは。」
何の話してたんですか?と、リンちゃんがカイトの方に食いついてくる。一方のレン君は、誰かを探しているかのように周りを見ている。

「レン君、もしかしてミク、探してるの?」
年頃の少年はわかりやすい。この前だって、ずっとミクを見ていたもの。きっとこの子も、私と同じように片想いをしているのね。

「え!?そ、そんなんじゃないですよ!藤岡、そう、藤岡です!」
あいつ、さっさと教室を出ていったから、先に来てるかと思って!と、いかにもたった今思いついたという感じの言い訳をする。

「ふふ、無理しなくていーの。」
机に方肘をつき、私はレン君の虚勢を砕く。

「…はい。」
これ以上隠しても無駄だと気付いたらしく、肩を落とす。

「私もなの。
私も、片想いよ。」
カンバスにイメージを書き込みながら、レン君に話し出す。



「ねぇ、メイコ。」
私とカイトも幼なじみなの。その言葉は、カイトの妨害により言葉になることはなかった。

「何?」
私をスケッチするカイトを見つめ、訊ねる。

「彼女もルイスとレインに会いたいって。」
恐らく猫仲間が増えて嬉しいのだろう、カイトはリンちゃんを指しながら、無邪気な笑顔で言った。

「ルイス?レイン?」
頭にクエスチョンマークを浮かべ、レン君は呟く。

「猫。飼ってるのよ。アメリカンショートヘアの女の子と、ロシアンブルーの男の子なんだけど。」
こっちはどうなのかしら?と思いつつ、聞いてみる。

「猫ですか!俺も是非会いたいです!!」
目をキラキラさせて、レン君が身を乗り出す。

「レン君猫ちゃん大好きだもんねぇ~。」
レン君が勢い込んで叫んだ直後。レン君の想い人の声がした。

「み、ミク先輩!」
顔を真っ赤にさせ、レン君があたふたとミクを振り返る。

「あらミク。こんにちは。」
レン君は、あーとか、うーとか、言葉にならない声を上げている。ちょっと可哀想だけど、ミクへの挨拶を優先させる。

「こんにちは、メイコ先輩。なんのお話をしてたんですか?」

あふれる好奇心を隠そうともせずミクが訊ねてくる。そして、ミクに先ほどの話をする。

「私も会いたいです!メイコ先輩の猫、可愛いですよね!」
まるで語尾にハートでも着きそうな勢いで、ミクは言った。

「ミク先輩、メイコ先輩の猫見たことあるんですか?」
ミクの言葉に疑問を持ったらしく、リンちゃんがミクに聞いている。

「残念ながら、写真でね。本物を見たことあるのは、カイト先輩だけなの。」
肩をすくめて、ミクはリンちゃんの疑問に答える。

「カイト先輩、可愛いですか?」
リンちゃんは目を爛々と輝かせ、カイトに聞いている。そういういえば、カイトははかどっているのかしら?

「うん、可愛いよ。特にね、ルイスはメイコに似てなのか、すごいツンデレだよ。」
構って欲しいのかそうじゃないのか、よくわからないくらいね。

と、朗らかに微笑む。

「似てないわよ。」
ちょっと悔しかったので、私は唇を突き出して拗ねてみた。

「でも、きっと可愛い子なんじゃないかなと思いますよ。」
助け舟のつもりか、さっきまで黙っていたレン君が急にそんなことを言ってくる。

可愛いのは見た目だけよ。

「そりゃあメイコが飼ってるんだから、可愛いに決まってるでしょ。」
まるで張り合うように、カイトが間を空けずにレン君にそう言った。

「あ…、すいません。」
何を思ったのだろう、レン君はまるでカイト真意を悟ったかのようなタイミングで謝った。

「どうか、したんでしょうかね?」
その様子を、ミクがまるでわからないとばかりに小首をかしげた。
私もわからない。



「どうか、したんでしょうかね?」
ミク先輩とメイコ先輩が小首をかしげる。その姿は可愛いと思うんだけど、二人とも鈍すぎ…。

はぁ。とため息をつくと、ミク先輩が不思議そうにこちらを覗き込んでくる。

「いえ、何でも…。」
この様子では、レンとカイト先輩の恋が叶うのはまだまだ先の話、かな。



「で、いつにする?」
レン君とカイトの会話が一段落したらしいところを見計らい、カイトに声を掛ける。

「いつって?」
キャンバスからは目を離さず、耳だけをこちらに向けて聞いてくる。

「猫の話。みんな見たいって言ってるんだし、せっかくだから会いに来ない?きっとあの子達も満更でもないはずよ。」
やっと大人になったあの子たちを頭に描きながら言葉を紡ぐ。

「あ、そっか。ありがとメイちゃん。」
キャンバスから顔をずらし、カイトはこちらを見てにっこりと微笑む。

「どういたしまして。」
今日は、カイトの嬉しそうな顔が見られたから、よしとするか。



結局、みんなが我が家に来ることになった日は、今週の土曜日だった。部室に夕日が差し込む時刻になり、帰り支度をする。正門でミクや鏡音姉弟と別れ、私はカイトと帰路をゆっくりと歩く。

「猫に会うの楽しみだなぁ…。」
ルイスとレインの姿を思い浮かべているのか、カイトは嬉しそうに語る。

「いつ以来だっけ?うちに来てないの。」
夕日に染まったカイトの顔を見ながら、私はふいにカイトにそう訊ねてみた。

「うーん、4月に一回お邪魔させてもらったくらいかな?あの日は会えなかったから、今年いつあったかなー?って感じ。」
思い出しているのか、あごに手を当てながらカイトは言った。

「そっか。ついでだし今日、来る?」
親も居ないしね。と、付け加える。

「え、いいの?」
それは暗に、私がこんなことを言うのは意外だと言いたいのか。

「もちろんよ。いらっしゃい。」
歩く足を止め、私は腰に手を当てて宣言する。

「う、うん、じゃあ、お邪魔します。」
遠慮がちに、カイトは答えた。



「ただいまー。」
がちゃりと、玄関を施錠していた鍵を開ける。誰も居ないとわかっているが、思わず声を掛ける。

「にゃー。」
カイトを家に招き玄関の戸を閉めると、足元から何かが擦り寄る気配と、猫の鳴き声が聞こえた。

「お出迎えご苦労様、レイン。」
足元に擦り寄るロシアンブルーのガタイの良いオス猫を抱き上げ、出迎えの労をねぎらう。

「レイン?可愛いなぁ、相変わらず!」
前に回るのが億劫なのか遠慮しているのか、カイトはレインを抱き上げている私越しにレインを構う。

「か、カイト!?」
カイトの急な行動に動揺を隠せない私は、レインを抱いたまま思わずカイトの方を振り向き、一歩引いてしまった。

「え、あ…、ごめん、メイコ。」
私がしたことに責任を感じてしまったらしく、カイトは飼い主に捨てられた子犬みたいだった。

「私こそ…、ごめん。別に、何かがあったわけじゃないの。だた…、驚いた、だけ。」
だって、急に、その…。

「メイコ?」
顔を赤くして下を向いて、猫を抱いてもじもじしている私を不審に思ったらしい。

「ご、ごめん。こんなとこにいつまでも居るのは変ね!さぁ、上がって上がって!」
ようやく自分達がまだ玄関に居ることに気づいた私は、カイトにそう声を掛ける。

「あ、うん。ルイスは…、どこにいるんだろうね…。」
この微妙な空気を誤魔化すためかと思ったが、カイトはホントにアメショのメスを気にかけているらしい。



「ルイスー?帰ったよー。どこにいるの?ルイス?」
いくら幼馴染といえども、他人を親の寝室に入れるわけには行かない。
カイトは2階にある私の部屋へ案内した。もちろん、カイトは私の部屋の場所を知ってる。なので、面倒だからレインと一緒に男二人で上に上ってもらうことにした。


「ここか?うーん、いない。」
1階をトイレまで隈なく探したが、見つからない。うーん、2階かな?



「ごめんカイト、ルイス下には居なかった。」

「そっか。こっちにいるのかな?」
物音とかはしないけど?

と、報告してくれる。

「うーん、どこにいるんだろ?」
私は何気なく、目の前のクローゼットの戸を開ける。すると、そこから何かが飛び出してきた。その何かは、目の前に居た私を蹴飛ばすように1階へ飛び去って行った。

「ぐへっ」
我ながら、あまり女子らしからぬ悲鳴だと思う。地面に背中をしたたか打ちつけたかと思ったが、背中はなんだか柔らかい。あれ、床じゃない?

「メイちゃん、大丈夫?」
ん?と思い、くるりと振りかえる。

そこには、にこりと微笑むカイトの笑顔があった。




「だ、だから、不可抗力だって!」
さっきから、左頬に赤い手形をつけたカイトが私に必死に謝ってくる。

「許せるかっての。どうせあれ、ルイスをクローゼットに閉じ込めたの、カイトかレインでしょ。」
猫にも個体差というのがあるのか、ルイスは他に類をみないほど成猫にしては小さい。そしてレインも、きっと他に類を見ないくらい、図体がでかい。態度は小さいが。

「れ、レインだよ。」
レインがさ、部屋には入ったときにベッドで寝てたルイスの首をくわえたんだよ。それで、クローゼットの前で大人しく座るからさ、だから…。

というのが、カイトの言い訳だ。まったく、レインの悪戯好きが高じてルイスが意固地になるのだ。それをカイトが助長させて、どうする。

「あんたの毎回のその行動のせいで、あんまり来れなくなったんじゃないの!?」
そう、こいつにも悪戯癖があるのだ。私は結構びびり屋なので、こうしてカイトにいつもからかわれて来た。まったく、いつもはぼんやりしてるくせに、なんたることだ!

おまけに、カイトは私の後ろに控えていたのだ。準備がよすぎる!

「次こんなことしたら許さないからね!」
気持ち目を吊り上げて、私はカイトに厳命した。はてさて、これがいつまで続くのやら…。




「あら、もう7時ね。そろそろ帰ったら?おばさん達もご飯用意して待ってるんじゃない?」
あれからいくらか時間が経って雑談をしていたが、ふと時計に目をやる。すると、時計の短針は7時を指していた。

「ああ、そうだね。でも俺は、今日はメイコと一緒にいたいな。」
光の加減だろうか、カイトが、なんだかさっきまでと違うような気がした。

「そ、そんな冗談言ってる暇があったらさっさと帰りなさいよ!どうせ5歩もせずに着く距離なんだから!」
いつもと違う雰囲気に飲まれまいと、私はカイトに言った。

「うん、そうする。」
さっきまでの笑みはどこへ行ったのだろう。

いつもの腹の読めない笑みを浮かべ、カイトは我が家を後にした。



「な、なんなのよ…。」
暴れる心臓を押さえながら、私は搾り出すように呟いた。

(な、なんだったのよ!)
(まだ、メイコには早かったのかな?)
(急に真面目になっちゃって…。)(まともに顔が見れないわよ。)
(ま、チャンスはまだあるよな。)(昔から悪戯で気を引こうとしてるのに、なんで通用しないんだ?レインだってやってるのに。)
(明日、どんな顔で会えばいいってのよ!)
(あー、まぁいいや。明日がある。明日は、一番にメイコにおはようって言うんだ。)(勿論、とびきりのいい笑顔でね。)


――END

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

機奏学園 -初夏、猫談義に夢中-

はい、タイトル未定だった作品を続きではなくシリーズにしたものをうpしました。なので、前回とはまったく続いていません。新規の人にも優しいね!

私の中のカイトさんとリンの立ち居地はこんな感じ。一番難儀なのはレンですね(笑)

ルカさんはどんな立ち居地がいいかなと模索ちう…。

閲覧数:233

投稿日:2009/05/11 19:41:44

文字数:5,413文字

カテゴリ:小説

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