しゃくりあげる僕の背中を撫でる手のひらが優しくて、なかなか泣き止むことが出来なかった。
 その人はただ僕の思いを聞いてくれた。
 そして、僕は無知なことに気付いた。
「僕は聞けなかった…」
 普通に話せるようになったのは、もう朝焼けが近いころだった。
 青い髪の鬼と黄色の髪の鬼の子。二人で湖のほとりに座って、ぼんやりとしていた。
 泣きはらして真っ赤になった目を擦りながら、僕は半ば放心して呟く。
「何も聞けなかった。―――聞かなくても分かっていると思っていたんだ」
 その人はじっと僕を見て、黙って話を聞いてくれた。
「お母さんは僕を山に捨てていったけど、愛してくれなかったわけじゃない。りんは僕を残して消えてしまったけど、僕の中からりんが消えることはない。だから、それでいいと必死に自分に言い聞かせていた」
 僕は両手を掲げて、その手の小ささにため息をついた。
「でも、お母さんは僕のことが嫌いだったのかもしれない。りんは僕のことを見てくれていたわけじゃないのかもしれない」
 思えば僕は初めて自分の姿を見たかもしれない。
 今まで気に留めたこともなかった。
「僕はきっと残酷なことをしてしまった」
 一人は寂しいと感じたとき、初めて今まで優しさが溢れていたのだと気付いた。
 水の凍るような冷たさを感じて、初めてあの部屋が温もりに包まれていたのだと気付いた。
 隣にいたりんが消えて孤独を感じたとき、これから先の生きていく理由を与えてくれたことに気付いた。
 失わなければ何にも気付けなかった。
「与えられるものの意味に気付きもせずに、それを受け止めるばかりで、そこから動けないでいたんだ」
 気付いてしまったら傷付くような気がして、うずくまっていた。
 世界が遠いだなんて文句を言いながら、歩み寄ろうともしなかったくせに。
「声を掛ければ届くところにいてくれたのに。手を伸ばせば届くところにいてくれたのに」
 お母さんは僕を町の裏山においてくれた。町からそんなに遠くない。大きな声を出せばきっとそれは届くだろう。
 りんは僕の隣にいてくれた。とても近くにいた。いつも手を繋いでいた。もう、いないけど。
「ほんの少し、勇気を持てれば掴めたかもしれないのに」
 手を空へと向けて伸ばす。
 相変わらず星には到底届かないけど、ようやく指先が何かに触れられたような気がした。
「知りたかった。…お母さんは僕のことをどう思っているだろう?りんは何を望んでいたんだろう?」
 隣に座っていたその人も、はるか遠くへの空を仰ぎ見た。
「僕は何もわかっていないんだ」
 もう、聞くことは出来ない。
 聞くことは出来たのに。
「分かっていないことをわかったのに……」
 ああ、もうすぐ夜が明けて、星の輝きが見られなくなってしまう。
 世界はまた僕を一人にするのだろう。
「無知で無力な自分が恨めしい…」
 そう項垂れると、グシャグシャと頭を撫でられた。
「君は、愚かじゃない。気付けたじゃないか。気づかなかった過去のことに」
 決して励ますような声じゃないが、責める感じでもなかった。
「手を伸ばせる可能性に気付いた。うずくまっている場所から歩き出せることに気付いた」
 僕はチラリとその人の顔を見た。
 瞳に悲しい色を宿しているように見えたのはなぜだろう。
「言っただろう?自分の弱さを知ることは良い事だけど、それをたてに自分を蔑ろにして卑下することは、大切に思ってくれたものへの侮辱にも値するって」
 穏やかな声にヒヤリとした冷たい印象を受けた。
「君が自分を傷付ければ傷付けるほど、その思いが悲しいものへとなってしまうんだよ」
「でも、僕は『鬼の子』だから…」
「だから傷付かないと?傷付くものなど居ないと?それは『鬼の子』を免罪符として利用しているだけだろう?自分が傷付きたくないから。それ自体も無くしてしまおうとしているだけだろう?」
 違うと言いたいのに、僕の口からは何も出てこなかった。
 それは紛れもなく、事実なんだと知るしかなかった。
「目をそらさずに、己を見てみなさい」
 その人はそう言うと、湖を覗き込んでそこに映る自分の姿を眺めた。
「俺は『青の鬼』だ。頭に角がある」
 淡々と述べる。
「歌や芸をして旅をしている。人間の残忍さ冷酷さを知っている。しかし、温かさや優しさも知っている。俺は人間が好きだ」
 うっかり角を見られてつぶてを投げられたこともあった。
 けれど、何の見返りもなく気さくに優しくしてくれる人間もいた。
「人間を好きなった。愛した人間がいた。その人が俺の名前を呼ぶたび、俺は『青の鬼』じゃなくなった気がした」
 今も思い出せるその楽しかった日々。
 懐かしいと感じるくらい昔の話だ。
「―――俺は『青の鬼』だ。でも、俺の名前はかいとだ」
 そう言ってかいとは振り向き、笑って見せた。
「俺と同様に、君にだって、君にしか分からないこともたくさんあるだろう。でも、君の一部は知っているつもりだ」
 僕はチラリと湖に映る自分の姿を見た。
「君は『鬼の子』で、母親に一つの時にこの山に置いていかれた」
 角がはえてる子供。母は苦労をしただろう。
「そして、七つのときに『黄の鬼』を勤めたりんと出会い、八つの時にりんが消えてしまった」
 ずっと手を握っていたのに、溶けるように消えてしまった。
 かいとは続ける。
「君は『鬼の子』だ」
 湖面には目をしかめた僕の姿が映っていた。
 僕は知りたかった。
「君の名前は―――れん」
 もう、目を背けたくなかった。
 僕自身から逃げたくなかった。
「僕は……れん」
 そう繰り返すと、また涙がこぼれ出した。
 どうしてだろう。知りたかったことなのに、なぜか知ったことを悔やんでいる自分がいた。
 戻れないと感じていた。
「僕はれん」
 思いっきり水面を叩き、自分の姿を叩き割る。
 かいとはそんな僕を見ているだけだった。

 やがて、夜が明けた。
 山から『鬼』は消えた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

鬼の子-その11-

何だコレ(笑…orz
だから分かり辛いってば!!
れん君の揺らめき具合が激しすぎてぐらんぐらんしてます。
作者の頭も一緒にぐらんぐらんしてます。
かいとさんも優しいのか厳しいのか…
よく分からないまま続くのが多いですね。申し訳ありませんorz
多分、次くらいで終わります。 
最初はこんなに長くなる予定はなかったので、戸惑いながら書いております。
あれはどうなったの?など、ご指摘いただけたらありがたいです。
ご感想・ご意見などございましたら是非お待ちしております!!
我ながら感想を書きにくい内容と分かっていながら、求めてしまいます;;

うん…一回寝て頭冷やしてきますorz
皆様、インフルエンザは侮ってはいけないようです

閲覧数:241

投稿日:2009/02/20 17:32:47

文字数:2,472文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

  • 関連動画0

  • 痛覚

    痛覚

    ご意見・ご感想

    +KK様!!いらっしゃいませ&お疲れ様でした!!
    先日は突然のメール失礼しました。最終話のあとに感想メールを送るんだと、前々から計画してたんですよ♪
    喜んでくださったのなら何よりです!!
    +KK様の文章からも私は勝手に影響されていたりしています。
    勉強させていただいてるのは私の方だったり(笑
    メッセージ?直接メールでもいいですよ?←すみません、調子に乗りましたorz
    これからどうなるのか、最後まで見届けてくだされば、私も嬉しいです!!
    体調は気を付けてはいるんですけどね…こればっかりはどうにも;;
    これからも頑張ります!!ご感想ありがとうございました!!

    2009/02/22 14:16:42

  • 痛覚

    痛覚

    ご意見・ご感想

    逆さ蝶様、ご感想ありがとうございます!!
    れん君の名前に関しては次回に書きますね。
    かいとさんが愛した人間は「鬼と娘」の娘さんです。
    実はもう勝手に「鬼と娘」のストーリーを作っていたりします(笑
    白黒つかない感情を表現するのが癖みたいなんです…orz
    曖昧な感情を否定したくない、私のエゴです。
    もう、根暗まっしぐらが丸見えですね!!笑
    次回作も頑張りますので、よろしくお願いします。

    2009/02/22 14:04:06

  • +KK

    +KK

    ご意見・ご感想

    こんばんは、+KKです。
    読ませていただきました。
    自分なんか足元にも及ばない・・・!と一人で衝撃を受けていたり・・・。
    表現が難しいようなことも文章に出ていて、とても勉強になります。
    自分も頑張らねば・・・!(そんなんばっか言ってないか?
    そして、素敵な感想メールありがとうございました!しつこくてすみません。
    あんな感想いただいたのは初めてで、すごく感激したんです。
    隠密なのでメッセージは残せないかもしれませんが、最後まで応援させてください。
    体調には気をつけて辛い時は十分な休息をとってくださいませ・・・では、これにて。

    2009/02/20 22:01:06

オススメ作品

クリップボードにコピーしました