第十六部 縁談
青の王子の突然の来訪から六日、帰国前夜にレンは再びイルに王子との晩餐に誘われた。
「カイルがどうしてもって言うんだよ。時間取れないか?」
話があるなら何度も行った会議中にでも言ってくれればいいのに。そんな事を思いながらも、その日は仕事が定時に終わったので親友の部屋に赴いた。夕食はアズリと顔を合わせられる貴重な時間なので部屋で取りたいのだが、今やイルの友人の一人となった王子の誘いを断るのも失礼な話だ。
「失礼します」
普段は何も言わずに扉を開けるのだが、賓客が向こうにいると分かっていればそうもできない。予想通り、既にイルとセシリアとカイルは席についていた。
「仕事お疲れさん」
労いの言葉をかけられたが、義弟が多少不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。しかしその隣のセシリアもどこか浮かない顔をしているようだ。
「お忙しい中、我儘を言ってしまって申し訳ありません」
真面目に頭を下げられたが、忙しいよりは夕食を邪魔されたくないだけだ。しかしそんな個人的かつ幼稚な理由でへそを曲げるわけにもいかない。
「いえ、気にしないでください」
王宮に来た初日に派手なイルと殴り合いを見られているので、一宰相として慇懃に振舞うには今更過ぎる。貴族として彼に跪く事もせずに席に着いた。ルナに合図をすると早速料理が運ばれてくるが、やはり親友もその妻も口が重い。
その原因は一人平気そうな王子様しか考えられない。
「僕をここに呼んでくださったと言う事は、何かお話がおありでしょうか?」
話をこちらから切り出すと、カイルは待っていましたと言わんばかりに喰いついた。
「はい。しかしお話をする前に、一つ個人的な質問を宜しいでしょうか?」
「構いません」
個人的な話。内容は予想できないが、会議の時に話題にしなかったのはその為か。
「宰相閣下には、今恋人がいらっしゃいますか?」
思わぬ内容に一瞬食事の手を止めたのは失態だが、味方に等しいこの王子になら知られていても問題ないだろう。
「はい、います」
嫌な予感がする。確か、セシリアには兄の他にもう一人妹がいると聞いた。
「そうですか」
あからさまに落胆した青の王子だったが、それでもすぐに顔を上げた。
「ご存知とは思いますが、私にはセシリアの他にもう一人妹がいるのです。ユリーシャと言いますが、婚姻パーティーで宰相閣下を見染めたようでして」
ユリーシャ=ミッドフォード、十六歳。青の国十七王女だったはずだ。パーティーで話してはいないが、顔くらいは見た気がする。
「つまり、お前に縁談だと」
今まで黙って食事をしていた親友が口を開いて、簡潔な事実を教えてくれた。せっかくできた友人からの無茶話に、気を悪くしたと言うよりは困っていたのだろう。
「イルのおっしゃる通りです。どうかお受けしてくれませんか? 政治的に見ても、悪い話では決してないと思うのですが」
祈るような青海色の目が突き刺さる。それを無言で受け流しながら、考えること数秒。
「大変もったいない話ですが、お断りします。もうイルから聞いていると思いますが、僕には今大切な人がいるので」
紅髪の王がほっとしたように溜息をつきセシリアに至ってはガッツポーズまでしたが、何を心配していたのだろう。まさか、レンが国益のためにアズリを捨てるとでも思ったのか?
「しかし、まだ婚姻関係を結んだわけでないでしょう?」
イルから先に事情を聞いているのだろう。レン本人に恋人の有無を聞いたのも、反応を見て確かめるためだ。どうにも油断のならない王子様だ。
「ええ、そうですね」
「青の国と黄の国の今後を考えましても、結びつきを強くしておくにこした事はありません。陛下の右腕たる宰相閣下と妹との婚姻が成れば、更なる友好に繋がります」
遠まわしだが、この王子様はこの縁談に何らかの付加価値をつけると断言している。そしてその為にレンが、自分の意志を殺す可能性があると思っているのだ。
その判断に不満は無い。もしアズリとこの関係を築く前だとしたら、特に何の抵抗もなくセシリアの妹を伴侶として迎えていたかもしれない。が、今となっては無理な話だ。
「確かに貴方の言う通り、その婚姻は双方有益なものになる可能性が高いですね」
強大だが歴史上他国との関係が良くない黄の国にとって青の国は貴重な友好国であり、逆に青の国にとっては強力な軍事力の後ろ盾でもある。
「はい」
カイル王子にとっては王位につくための手段でもあるのだろうが、今となってはそこまで無理をする必要もない事は分かっているはずだ。単純に妹を想って話を持ち出しているのだろう。
しかし妹の事を想うなら、尚更この冷血鬼に近づけるべきではない。
「イル、君は国益のための結婚を僕に強制する気がある?」
葡萄酒を煽ってから、黄の国君主に問いかけた。どう言おうか迷ったが、やはりこれが一番楽に王子様が諦めてくれる方法だろう。
「無い」
一切迷わず言い放たれた勘違いしようのない端的な答えに、青の王子の顔が寂しげに歪む。
「僕はアズリ以外には考えられませんので、ユリーシャ王女殿下にはお気持ちに応えられない事をお伝えください」
カイルから大きなため息が漏れるが、
「閣下のお考えはユリーシャにしっかりと伝えます。ですが、一つお願いがあるのです」
「承諾できるか分かりませんが、どうぞおっしゃってください」
再び嫌な予感がしたが、立場的にも雰囲気的にも拒否する事が出来ない。
「私が帰国するのと入れ替わりになりますが、ユリーシャが黄の国に来て貴方とお会いしたいと言っているのです」
「縁談のお話でしたら、お断りしますが」
「はい、ユリーシャは例え断られても一度会ってお話がしたいと」
苦笑いが漏れた。レンが言うのもなんだが、兄妹揃って強引過ぎやしないだろうか?
「そこまで言うのでしたらお会いすることは構いませんが、条件をいくつかつける事をお許し頂きたいのですが」
「もちろんです」
「一つは、お会いした所で僕の気持ちは変わらないと、そう納得した上でお越しくださること。二つ目は、僕は多忙な身なのでお付き合い出来る時間は精々日に二時間が限度だとご理解頂くこと。三つ目は、このような形でのご来訪はこの一度きりだとお約束して頂くこと。この三つです」
レンとしては寛大な対応だったと思う。意外そうにイルが首を傾げるが、妹の望みを何としても叶えてやりたい兄の気持ちは多少なりとも理解できる。
「条件は全て受け入れさせます。本当にありがとうございます、宰相閣下」
心底喜んでいるようで、そしてそれ以上に安心しているようだった。そんなカイルに僅かだが同情する半面、妹のために尽くせる彼が羨ましかった。
ようやく青の王子は、ほとんど手を付けていなかった料理に向かい直していそいそと食事を再開した。
その後つつがなく晩餐も終了し、カイル王子は清々しい表情で用意された客間に帰って行った。
「いいのか?」
王子様の足音が聞こえなくなった直後残った葡萄酒を飲んでいると、イルに訊ねられた。黄の国国王陛下は渋面顔で、軽い混乱が手に見て取れた。
「あそこまで食い下がられたら断れないからね。ま、これも仕事かな」
明日王子様は帰国し、その次の日にユリーシャ王女が例によってお忍びで来るらしい。しかも一週間の滞在だとか。一日二日なら誤魔化そうと思っていたが、そこまで長いと隠し通すことは難しい。途中で下手に知られる危険性を考えると、アズリにきっちりと説明しておくべきだろう。
「本当にすいません。兄と妹が、勝手な事を……」
元青の国の王女は責任を感じているらしく、恐縮して頭を下げられた。
「気にしないで。接待は慣れてるから。どんな子なの? ユリーシャ王女って」
「あまり会った事が無いので良く知らないのですが、聞いた話によるととても賢い子だと」
必死に少ない記憶を引っ張りだそうと首を傾げる王妃様だが、やはりそんなに関わった時間が長くないのだろう。具体的な性格等は推し量れなかった。
「アズリにちゃんと言うんだよな?」
義弟も珍しく心配そうだった。
「そうだね、一週間となるとその方が無難かな」
レンは二人の不安が良く分からなかった。確かにアズリも良い顔はしないだろうが、立場上断れないのだからほとんど仕事のようなものだ。普段相手にしている外交官と何も違わない。
ただ相手がこちらに好意を持っているというだけで。
そう思っていたのだが、部屋に戻って一人で夕食を食べさせられて既に拗ねている大食い少女を宥めてから本題に入ると、せっかく笑顔が戻ったはずの口元を尖らせて睨みつけられた。
「不満?」
ソファに隣り合って座り訊ねると、当たり前と頷かれた。
「もちろん嫌です。仕事と分かってても嫌です」
口をへの字に曲げられる。アズリがレンに文句を言う事はほとんどないので、どこか新鮮な反応が面白かった。
「信用してくれないの?」
第三者から見るととてもそうは思えないのかもしれないが、レンはアズリを心から想っている。今更どこかの王女様に求婚されたから揺るぐ気持でもないし、唯一の絶対神であるイルが望まないのであれば国益のためと諦める必要もない。
「信用しています」
じゃあ何が嫌なんだろう。首を傾げると、内心の疑問が聞こえたかのように説明された。
「心配してるとかじゃないんです。いえ、実際心配ですよ? セシリア様の妹君なんて絶対美人に決まってるじゃないですか。そんな人とレンさんが毎日会うんですよ? きっと絵になりますよね。素敵ですよね? しかも仕事の話とかではなく、ただの雑談のためにわざわざ時間を取るんですよ? 超絶多忙のレンさんが。最近私ともあんまり会えてないのに、今日だって夕御飯も一緒に食べられなかったのに。結論から言いますけどね、不安じゃなくて、気に喰わないんです。不愉快です。嫉妬です。会った事無い王女様でも、大嫌いです!」
興奮してまくしたてられ、少しだけ理解した。レンの好意が異国の王女に向く事は考慮されてないのだが、とにかく自分のためにすらなかなか取ってくれない時間を、他の少女に費やすのが腹立たしいらしい。
さてどうやって説得しようかと考えていると、熱が引いたのかアズリはぼそぼそと口を開いた。
「文句ばかりでごめんなさい。仕方ないんですよね」
終始握りしめられている腕が痛むくらい力を込められたが、感情を納得させようと我慢しているのだろう。逆の手で柔らかい髪を梳く。最近手入れをさぼっているらしく、少々痛んでいた。
「こんなのどう? 王女様が帰ったら二人一緒に休暇を取る。さすが一週間は申請した瞬間総務大臣に殺されるけど、三日くらいならその日まで仕事頑張れば何とかなるかも」
俯いていた顔が上がる。一瞬前とは明らかに違い、髪と同色の瞳は希望に輝いていた。
「頑張ります! 絶対ですよ!」
ぶんぶんと腕を振り回されながらも、恋人が納得してくれた事にほっとした。
すっかり機嫌を良くしたアズリの話を聞きながら、あのしたたかなカイルを振り回す王女とはどういう性格をしているのか。芯は強いが大人しいセシリアと同じと思っていたら痛い目を見そうだ。
理解しているつもりだった。
とはいえ所詮は世間知らずの王女様の一目惚れ。こう考えていたのがそもそもの失敗だった。
忘れていた。その箱入りお嬢様の無垢な想い程恐ろしいものは無いのだと。
嫉妬。この感情は人を何よりも残酷にできる。レンが今でも愛している妹も、かつてこの感情だけで一人の少女が消える事を願ったのだ。
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