――――――――――#5
昔、ルカは平凡よりもちょっと貧乏な家に育った。父はしがないWeb広告会社の経営をしていて、社員は5人という小さな会社だった。家に居る時間も多かったが、ちょっと遊んでくれたり勉強を見てくれたりする以外は、真剣な顔でパソコンに向かっていた。母はパートに出て安定しない家計を支えていて、正直言えばもっとお金持ちの家に生まれたかったと、子供の頃は思ったものだ。
躾は厳しく、高校を出るまでは社長令嬢として通っていたが、家の収入は普通のサラリーマンかそれ以下の時もあり、お小遣いなどはスーパーのバイトをしていた。学校はバイト禁止だったが、母が社会勉強させますのでと話してくれたので、許可は出ていた。
金遣いは荒かったように思う。入った学校がお嬢様学校で、友達とバイト先で顔を合わせた事はないし、家にも友達を呼んだ事はないから、友達はみんな私の事を本物のお嬢様だと思っていた。当時のバイト代はハイソサエティのお付き合いに消えてしまったが、やりくりは破綻しなかったので、母も大目には見てくれていた。
ルカはちょっとしたきっかけで軍に入ることになった。当時何故かアイドルを目指していたルカは、メディソフィスティア戦争の時にタダで歌のレッスンが出来ると勘違いして、「VOCALOID」プロジェクトに志願したのだ。その時には母も困った顔をしていたが、軍人というのも社会勉強だろうと、最終的には承諾してくれた。父は大反対だったが、戦時中だった事もあり、軍の人が説得に来ていた。
その人は戦死してしまったが、ルカは初音ミクと同じ部隊で戦い、最終的には寝返った亞北ネルの情報で、敵の策源地を攻略してメディソフィスティア戦争を終わらせた。
リムジンを買ったのは、終戦に向けて和平工作が行われている頃だった。酒の勢いで買っちゃったらしいそれは、ルカの攻響兵としての稼ぎでギリギリ間に合う程度のリーズナブル(笑)なお値段だった。本当はちょっと足りなかったのだが、ディーラーは終戦に貢献した英雄に納車したくてルカの持ち合わせに合わせてくれた。
そして納車当日。最高級グレードのリムジンが、実家の前にあった。ルカはピンクのイブニングドレスに白いショールと、銀のネックレスやコサージュなど小物をいくつか合わせていた。
「リムジンって、こんな値段で買えたのねえ。もっとするのかと思ってたけど」
「はい。終戦で来期の見込みが少し厳しくなりますので、1つ下のグレードの車種のお値段でご提供させて頂きました」
「そうねえ。戦争で儲かった人達もいたようだけど、そういう人達はお金の使い方が分かってないからねえ」
母の背中が、鬼だった。言葉の一つ一つが突き刺さる。
「ははは。まあ我々も良いお客様と長いお付き合いができたらそれに越した事はないですよ。車庫はこちらの住所で宜しいですか?」
ディーラーは家を見ても動じなかったが、ルカの方を不思議そうな目で伺いながら、母と話を進める。
「ええ。私どもも用がありますので、このまま乗せて行っていただけますか」
「はいかしこまりました。では、どうぞ」
礼服を着けた父が、無言でルカをエスコートする。所有者はルカなので、上座に座らされる流れだ。ふわふわでしっかりした皮のシートが、とても心に痛い。次に黒のイブニングドレスにベージュのボレロを合わせた母が乗り込んできて、父が下座に座る。今まで不思議に思わなかったが、父と母が高級な場所で立ち振る舞いに迷っている姿を見た事はなかった。
「誰に似たのかしらね、全く」
「しかし、こんな形で伺う事になるとは思いもよらなかったよ」
「そうね。人生って分からないわ」
二人が何を言っているのか良く分からなかったが、とても大変な事をしてしまったとは思っている。これからリムジンがどこに行くのかも分からず、ルカはひたすら固まっていた。
「なあ、このワイン飲んでええか?」
「どうぞ。もうすぐ付きますけど」
「うをー、良く分かんない名前のワインがあるですな?帰りでいいんじゃね?」
「それは名案や。流石は亞北准将やで」
「やめてください、恥ずかしいですから」
今、このリムジンには約2名、お里の知れた人がいるが、どうでもよかった。弱音ハクがさりげなく入り口側に座った辺り、確かに見ただけで分かる品位というのはあるなと、改めて思った。
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