暖かな朝日が差し込むリビングに、一つの屍があった。
爽やかと言える朝に相応しくないその屍は、双子らに起こされたカイトの成れの果てだった。
リビングの中央に配置された2~3人がけのソファにうつ伏せ横たわる姿は、まさしく屍と表すのに相応しかった。髪の毛は寝起きなせいであちこちへ跳ねまくり、身に纏っている淡いブルーのパジャマには皺がいくつも入っている。
右手はだらりと床に下ろされ、反対の手はソファの肘掛へ伸ばされ、反対の肘掛から飛び出た足は宙に浮いていた。
時折、ぴくりと身体が動き、その度に唸るような声がリビングに小さく響く。
「カイト兄、いつまでそうやってんの?朝ごはん冷めちゃうよ!!」
すでにダイニングテーブルについていた他の面々が、呆れたような眼差しをカイトに向ける。
リンとレンがカイトを起こしてから、すでに10分が過ぎていた。起きたのであれば、一緒に朝食を取るべきだというのに、カイトは未だソファに懐いたままだ。
テーブルの上には焼けたばかりのパンが入ったバスケット、厚切りのハムと焼いたベーコンエッグの乗った皿が、人数分準備されている。また、鍋敷きの上には温かなスープの入った鍋も置かれていた。
基本的にどうしてもという用事がない限り、朝食はみんなで食べることになっているため、温かな湯気を立てるそれらを目の前にしながら、まだ朝食を食べることができない。
そんな不満がミクやリン、レンの視線に混じる。
「もう、いつまでそんな所で寝てるの!?いい加減に起きてこっちに来なさい」
2階から降りてきたカイトの表情を見て、さすがにしばらくはそっとしておいてあげようと思ったメイコが声を掛ける。このままではいつまで経っても、朝食を取ることができないと思ったのだろう。
呆れた表情でソファに懐くカイトの前に立つが、カイトはうつ伏せのまま起きるそぶりは見せなかった。
そんなカイトの様子に、メイコは特に怒る素振りは見せなかった。しかし、腰に手を当てて立つ様は、どこか怖かったというのはダイニングテーブルについていた面々の感想だった。
「アンタがそういう態度を取るなら、私にも考えがあるわよ?昨日、嬉しそうに買ってきてたハーゲンダッツの……」
「うわああああっ。それは俺が今日食べるために買ってきたやつだから!!」
勢いよく跳ね起きるカイトに、してやったりとメイコが笑う。
その表情を見て、騙されたと分かったカイトの勢いが途端に萎んだ。空気が抜けたように下を向き、大きなため息を吐く。そして、小さく呻いてお腹に手を当てた。
リンとレン、二人に飛び掛られた時の痛みがまだ消えていない。遠慮なく押しつぶされた時に、肘だったか膝だったかが鳩尾にクリーンヒットしたのだ。
「ひどいよ、メイちゃん……」
恨めしそうにカイトがメイコを見上げる。その目に少しだけ涙が浮かんでいるのは、勢いよく起き上がった反動が腹に響いたせいだろう。
「酷くありません。大体、起きないカイトが悪いんでしょう。隣の部屋で寝てるミクが起きちゃうくらいすごかったっていうのに、アンタって子は……」
いかにも呆れたといった溜め息にカイトの頬が僅かに引きつる。
リビングに降りて来た瞬間にジトッと睨んできたミクの顔が脳裏に浮かぶ。普段、拗ねることはあっても、あそこまで恨めしそうな表情をミクがしたことはない。
その様子から余程の大音量だったのだろうことを想像できて、カイトは頬を引きつらせたまま乾いた笑いを浮かべた。というより、そんな表情しか浮かべることができなかった。
「メイコ姉。お腹すいた」
「もう食べていいでしょ?」
「メイちゃん、私も……」
「そうね。もういい時間だし、食べ始めちゃってもいいわよ。スープ温めなおそうか?」
メイコから許可がおりると、まず双子の二人が焼きたてのパンへと手を伸ばす。その隣ではミクがナイフとフォークを持ち、ハムを切ろうとしていた。
スープの温めなおしについては3人が首を横に振ったため、そのままの状態でスープ皿へとよそわれる。それぞれの前にかろうじて湯気の立つスープが配られたとき、ようやくカイトが自分の席へと座った。
無理やり起こされたせいか、その動きには精彩の欠片も見当たらない。
ゆったりというより、どんよりと伸ばされる手がパンを掴み、口の中へとそれが放り込まれる。咀嚼する速度も鈍く、ゆっくりと喉へと流れていく様に、メイコは本日何度目かのため息を吐いた。他を見やれば、同じような表情でカイトを見ている弟妹たちの姿があった。
せっかくの清々しい朝なのだから、もう少し明るい感じで食べられないものか、という心情がそのまま表情に表れている。しかし、そんなみんなの様子に気づくことなく、カイトは重い空気を背負ったまま、目の前の朝食を黙々と口に運ぶ。
いくら押し潰すように起こされたとは言え、カイトが嫌な出来事をこんなに引きずることはない。大体、さすがにちょっとやりすぎたかな?と言える部分もあったが、こんなことはカイトにとって日常茶飯事なことのはずだ。
それなのに、カイトは一向に浮上する様子を見せない。
さすがに気になったのか、ミクがカイトを覗き込むようにして問いかける。
「お兄ちゃん、何かあった?」
「ん?まあ、ちょっとね……」
言葉を濁すようにして、手にしていたパンを口に放り込む。そんなカイトの様子に、メイコが怪訝そうな表情をする。
みんなの手が止まった。一斉にカイトを見つめる。
さすがにその視線には気づいたのか、カイトが慌てた様子で手を振り始めた。
「いや、大したことないって。ちょっと、昨日送られてきたマスターからのメールが気になっただけで」
その言葉にダイニングの空気がぴしっと凍った。
メイコがダンっとテーブルに両手をついて立ち上がる。その表情は怪訝を通り越して、果てしなく嫌そうなものに変わっていた。もしかしたら、後ろに何か暗雲と雷鳴を背負っていると言っても、今なら誰も否定しないかもしれない。
そんなメイコの様子に、他のみんながビクッと身体を震わせた。
「カイト、どんなメールが送られてきたのか、お姉ちゃんに話してみなさい?」
「め、メイちゃん?」
「ほら、さっさと吐く!」
カイトのパジャマの襟を掴み、メイコが壮絶な笑みを浮かべる。
あまりのメイコの怖さにカイトが助けを求めようと視線を向けるが、一斉に視線を逸らされた。こんな状態のメイコに逆らってマトモでいられるはずもない。
今までの経験でそれをよく知っているカイトは、助けてくれない弟妹を恨みもせず、ただがっくりと肩を落とした。
「メールの内容は……」
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