部屋に戻ろうとすると、めーちゃんに腕をつかまれた。
「…ちょっとこっち来なさい。」
強制的に、寮の集合部屋に連れ戻される。
その瞬間、ずらりと並んだみんなが目に入った。ミク、リン、レン、ルカ。
「で?グミと付き合うの?」
ミクが、興味津々と言った様子で聞いてくる。
「なんで知ってるの…?」
「バレバレよ。」
リンがくすくす笑った。
みんなが、俺とグミが付き合うものだと思っている。でも。
「…振った。」
みんなが一瞬、動作を止めた。
「え…?」
「…振った…?」
「何て言って…?」
…みんなは、俺が人を愛する感情を知らないということや、人を愛せないことを知らない。
説明したいとも思わなかった。
「俺は…グミちゃんは、普通すぎるって。俺が好きなのはめーちゃんみたいなタイプだって言って…振った。」
その瞬間、めーちゃんが俺の頬を強くひっぱたいた。
普段落ち着いているめーちゃんの顔が朱色に染まり、目に涙が浮かぶ。俺は初めて見るめーちゃんのそんな様子に、ひっぱたかれたことよりぎょっとした。俺、何か悪いこと言ったっけ。
「馬鹿っ!!!お前は馬鹿か!!!正真正銘のバカイトかお前は!!!私のこと好きでもないくせに!!!私みたいなタイプってじゃあお前私とヤれるか!?私と結婚できるか!?その覚悟ないんだったら軽々しく名前出すな!!!私のこと好きでもないくせにっ…!!!」
唇を強く噛み、俺を真っ向から睨みつけてくる。露骨とも言えるその言葉は、めーちゃんの怒りを強く表現している気がした。
…なんでそんなに怒っているのかはわからないけど。
「ごめ…」
「謝るなバカっ!!!私に謝るな!!!グミちゃんに先に謝ってこいっ!!!お前いい加減自分から逃げるな!!!昔何があったかは知らないけどね、お前はそれにとらわれすぎなんだよっ!!!先に進めって言ってんだろ!!!自分と向き合えよっ!!!」
馬鹿野郎、とめーちゃんは吐き捨てるように呟いた。そのままそっぽを向く。
「めーちゃ…」
「来るな。」
めーちゃんが涙を拭っているのは動作でわかった。
「…ったく、私はなんであんたにこんな中学生のような説教してるんだか…」
あきれたように呟き、めーちゃんは無理矢理顔を上げた。
「次馬鹿やったら真面目にぶっ飛ばすからね。」
そう言っためーちゃんは、いつもの余裕を取り戻していた。にこっと笑って、俺を思いっきり部屋の外に突き飛ばす。
「とっとと帰って寝なっ!」
そのままがちゃっと鍵を閉められ、俺は仕方なく自分の部屋に戻った。
結局その夜は一睡もできなかった。
目を閉じると、何度も何度も最後のグミちゃんの笑顔が脳内でフラッシュバックした。
『わかりました。すいません、困らせて。もしまたチャンスあったらデュエットさせてくださいね。あと話さなくなるとかなしですよ?』
いい結果、のはずだった。
でも何かがひっかかる。
壊れそうなグミちゃんの笑顔が、どうしても俺の頭から離れなかった。
次の日、俺は眠れないまま朝食を食べにいった。
「あ、バカイトが朝から来るとか、珍し…」
リンはそう言いかけて、俺の目の下の隈を見てぎょっとした。
「もしかして…寝てないの?」
俺はただ黙って頷く。
自分でもなんでかわからなかった。眠いのに、眠れない。
「…バカイトだから。自分のせいじゃない?」
「そうだよ。バカイトだし。」
「うん、まぁバカイトだからね。」
…ミクとリンとレンに、口々にバカイトを連呼される。ちなみにルカは延々と無視だ。
俺は、割れるような頭の痛みや吐き気と戦いながら朝食を食べた。食べている最中も、やっぱり最後の台詞が脳内でこだまする。
…ちくちくする痛み、なんてもんじゃなかった。頭を覆いたくなるほどの痛みと吐き気。
でも酷いことを言ったのは俺なんだから、俺が弱音を吐くわけにいかなかった。
「…あれ。グミちゃんがいない。」
なんとか食事を平らげたとき、顔を上げると、いつもなら朝食には常にいたはずのグミちゃんがいなかった。
ぽつりと呟くと、がっくんが小さくため息をつく。
「部屋でまだ寝てるよ。…カイトさんには会えない、ってさ。昼には来るとは思うけど。」
…俺に、会えない?…嫌われた?
まぁ当然か。昨日あんなに酷いこと言ったんだから。あえて酷い言葉を言って、傷つけたんだから。…そう言い聞かせたって。
嫌われた?グミちゃんに?…嫌われ、た?
また脳ががんがんと痛みだす。今食べたものと胃液が逆流してきそうで、俺はその場でうずくまった。
「…おい。お前、大丈夫か?…ちょ、トイレ行こう、トイレ。とりあえず。」
がっくんが俺の両脇に手を差し込み、引きずるようにしてトイレに連れていく。
そして俺は思いっきり吐いた。
耐えるなんて無理だ。忘れるなんてもっと無理だ。どうやってこれをやり過ごせと言うのだろう。
それでも、いくら望んだってあの夜にはもう戻れない。
それに戻ったところで、あれ以上にいい解決法なんか、俺には存在しないんだ。
きっと、「カゲイト」を知って嫌われるのは、今よりもっと辛いから。
「…よかったな、トイレが食堂の近くで。」
がっくんがまた、ため息まじりに呟く。俺はただ頷くことしかできなかった。
「ごめんがっくん…ありがとう…」
「いや…まぁいいけどな。…昨日、何があったかは大体想像つくしな。」
そのがっくんの言い方に、グミちゃんといかに親密なのかがわかる気がして。
また頭が、割れそうに痛くなった。
なんでかはわからない。だけど、がっくんとグミちゃんが仲良く話しているところを想像するだけで、気分がものすごく沈む。
だってグミちゃんはがっくんが好きなはすなのに。それなのに俺に告るから。
俺までこんなに揺れ動いてしまう。
「…グミちゃん、どこまで話してるの?がっくんに。」
すごく尖った声が出る。普段穏和な行動をとる俺がそんなことを言ったから、がっくんは一瞬目を丸くした。
「え…?いや、話は…うん、告ろうかなってのは聞いたけど、それ以降グミちゃんとは話してないよ。ただ、あいつ一回も出てこないから…部屋から。だから大体想像つく。」
「…へぇ。そんなに普段から仲良くしてるんだ。告る告らないの話をするほど。…じゃあなんでグミちゃん俺のこと好きとか言うわけ?どう考えてもグミちゃん、がっくんといる時の方が楽しそうだしはしゃいでるしさ。俺といるときなんか楽しそうな顔しないじゃんか。いっつも不安そうにして。俺ずっとグミちゃんはがっくん好きなんだと思ってたけど。」
珍しく、早口でまくしたてる。口の制御がきかなかった。
がっくんもぎょっとしていたけれど、俺もそういう表情をしたいぐらいびっくりしていた。
やがてため息をつき、がっくんが口を開いた。
「…あいつ言わなかったの?兄弟みたいな関係って。」
「…言ってたよっ!でも兄弟みたいな関係だって好きは好きじゃん!兄弟だからって恋愛じゃないとか誰がわかるんだよっ!好きなものは好き、嫌いなものは嫌いじゃないの!?」
俺は半ばムキになって叫んだ。グミちゃんとがっくんが同じ言い訳を使ったことにも腹が立った。
なんで自分がこんなにイライラしているのかもわからない、で、そのわからないことにも腹が立つ。
がっくんはまたため息をついた。
「…もしかしてさ、お前…誰かに恋したことないの?」
俺の顔は一瞬にして真っ赤になった。言い当てられたのが悔しかった。今までそれを恥ずかしいなんて思ったこと無いのに、グミちゃんに告られてから、すごく恥ずかしいことのような気がして。
「…無いんだよっ…誰かを恋したことなんか…愛したことなんかっ…できなかったんだよ!恋なんてできなかったんだよっ!!!だからわかんないんだよっ!!!」
俺は顔を隠したまま叫んだ。みんながもう部屋に戻った後でよかった。
…ちくしょう、これじゃあただの八つ当たりじゃないか。みっともない、俺。がっくんは何もしてないのにイライラぶつけて。
「…あぁ、そうか。じゃあしょうがないか。…お前もグミもほんとに不器用だなぁ。ま…考えてみなよ。…大丈夫、お前なら。答え見つけられるから、絶対。」
がっくんが軽く俺の背中を数回叩く。うながされるように俺は寮に向かった。
「もしなんか話したいこととかあったら遠慮なく来てくれよ。」
俺は小さく頷いた。
悔しいけど、吐き出して救われたのは確かだ。
昼、俺はみんなの前に出て行く気になれず、一人で部屋にこもっていた。
いろいろな感情がぐるぐると渦巻き、頭痛はいつまでたっても消えてくれなかった。
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その顔 前にしたなら
気持ちの逆 くちにしてる
なぜだろう? きみといるとね
素直に なれない
ホントは こんなんじゃない
ありのまんま 見せたいのに
(Bメロ)...「ありのまんまで恋したいッ」
裏方くろ子
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