「話を私と雅彦さんの話に戻すと、私は、雅彦さんと同じ家で暮らすようになって、心がけていることがあるの」
「…それはなんですか?」
「…お互いに、お互いの立場を理解して尊重すること。相手のことを考え、想いやって行動すること。大きいのはこの辺りだと思うわ」
「そうなんですか。…ミクさんは安田教授に対しては何をされてるんですか?」
「雅彦さんは、幼い時にご両親を事故で亡くして、それから大学に入るまで施設で育ったの。昔、私たちがそれを調べて、施設の園長さんにまで事情を聞きに行ったわ。その事情を聞いて、私が雅彦さんに何ができるか考えた結果、雅彦さんを私たちの家族として迎えたの。それから私たちはずっと家族として過ごしているわ」
「…逆に安田教授からはどうされてるんですか?」
「私はワンオフのボーカロイドで、雅彦さんは大学教授で、立場も、生活パターンもかなり違うの。私たち6人はいろいろな仕事があるから、生活が規則的じゃないの。雅彦さんは私たちと一緒に住むようになってから、そのことをすぐに理解して、自分が家事をすることを申し出てくれたの。その時は雅彦さんはまだ学生だったけど、教授になった今でも生活パターンは規則的な方だから、雅彦さんのおかげでみんな助かってるの。それに雅彦さんは家の中でも私たちに対する心配りを忘れなくて、MEIKO姉さんもあそこまでできる人は少ないんじゃないかって言ってたわ。私は、雅彦さんは基本的にはとても優しい人だと思っているの。私以外の家族はもちろん、研究室の学生のみなさんや、その他の沢山の人にその優しさを振りまいているわ」
「…そうなんですか」
「本当は、"優しい"の一言で片づけられるほど雅彦さんの性格は単純じゃなくて、どれだけの言葉を使っても表せない位複雑だと思うわ。立ち振る舞い方も、私の恋人としてふさわしいふるまい方を雅彦さんなりにしっかり考えた上で、色々と試してみた結果だって雅彦さんは言っていたの。それに、結構現実的な所もあって、そんな雅彦さんを見ると、冷酷とまではいわなくとも、冷たいと感じる人もいると思うわ。だけど、その性格のおかげで、議論やけんかになっても、雅彦さんはうまく現実的な落としどころを見つけてくれることは得意よ」
「…安田教授って、本当に凄い方なんですね!」
尊敬のまなざしでワンオフのミクを見る量産型のミク。しかし、ワンオフのミクの表情は複雑である。
「…みんなそういうわね。雅彦さんの恋人として、それは嬉しいし、本当に幸せなことだと思っているわ。…だけど、本当は私の知らない所で、雅彦さんが無理しているんじゃないかってずっと思っていて…、雅彦さんは大丈夫だっていっているけど。…もし、本当に大丈夫じゃないとすれば、気がつくことができない私は雅彦さんの恋人失格かもしれないわ」
「…」
静かに語るワンオフのミク。その言葉は、量産型のミクには非常に重みがあると感じた。彼女が長年雅彦と家族として共に暮らしているからこそ分かる雅彦の一面であり、二人が長い時を歩んできたがゆえに得られたワンオフのミクなりの境地なのだろう。
「…ごめんなさい、あなたを混乱させてしまったわね」
量産型のミクが困惑している表情をしていたので、笑顔を見せてカバーするワンオフのミク。
「…それより、私に聞きたいことはないの?こんな機会はめったにないと思うけど」
「…実は、昨日までずっと考えていたんですが、ミクさんを前にすると、緊張で頭から全部飛んでしまったんです」
「それなら、少しリラックスすれば思い出すかもしれないわね。一息つきましょう」
申し訳なさそうにいう量産型のミクに対し、微笑むワンオフのミク。そういって立ち上がろうとするワンオフのミク。動きに迷いがないことから、かなりこの部屋のどこに何が置いてあるかを知っているように見える。
「すいません、その前にミクさんにお願いしたいことがあるんですが…」
「何かしら?」
すると、量産型のミクが二枚のテープを取り出した。それは、ワンオフのミクのバースデーライブの会場で舞っていたテープで、その時に量産型のミクと神波が手にしたテープだった。
「もし、ミクさんがよろしければ、ここにミクさんにサインしていただきたいんですが…」
量産型のミクがさした所の隣には、すでに雅彦のサインがあった。このテープは、ライブ後のオフ会で二人が雅彦にサインしてもらったテープである。
「分かったわ、サインするわね。…このテープを手放さないで欲しいの。雅彦さんと私の二人のサインがそろうことは少ないから、欲しがる人は沢山いると雅彦さんから聞いたことがあるわ。これは私からのお願いね」
「もちろんです!宝物にします!」
断言する量産型のミクを見て微笑むワンオフのミク。サインに関しては、雅彦とワンオフのボーカロイドは書いたサインに関するデータをデータベース化して残しており、サインを見れば真贋はもちろん、どのタイミングで誰にサインしたかが判別可能なので、偽造サインの流通やグッズ流出の抑止力として機能している。そうしてワンオフのミクは二枚のテープの雅彦のサインの隣にそれぞれにあてたメッセージと共に自分のサインをした。
「…大切にしてね。それじゃ、飲み物のおかわりと、お菓子を出すわね。それで一休みをして、もっと話しましょう」
「…はい!」
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kurogaki
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