WORLD'S END UMBRELLA(ハチさん:sm9639869)
雨の中傘を差して『塔』を見る。
シトシトと灰色の上空から、降ってくる雨。
空、とこれは言えるのだろうか。
私達の中で呼ばれている空はいつだって、灰色だ。
固い、灰色の鋼で出来たような色、なにかに覆われているような色。
「一人か?」
上から降ってくる耳になじんだ声に、視線を上げる。
予想どおりに彼が立っていた。
怒っているような表情で私を見る。
彼の顔は少し強面、というか人相が悪い。
怒っているわけではないのに、いつも目をしかめるように私を見る。
ただ単に、彼の目が悪いだけなのだけれど、それを知らない人は多い。
灰色の空に、薄い色素の彼の髪がよく映える。
「うん、君がそう言ったんじゃない」
彼はそうだったな、と呟き塔を睨んだ。
とても、嫌なものを見るように。
「嫌でも目に付くな、アレは」
「そうだね」
私たちの世界に存在する塔。それは、絶対の掟。
決してアレに入ってはならない。
近づいてはならない、興味を持ってはならない。
それは、私が幼い頃から両親に教わったこと。
彼も、同じように教わったこと。誰も疑問に思わない。
だって、掟なのだから。
守るべきことなのだから。
塔は傘に似ていて、それを睨む彼を見て思わず傘を閉じる。
「あれは、何なんだろうな」
分からないよ、私の声は雨に消える。
私が幼い頃に彼と見た絵本の空は、青かった。
水に似ていると、彼は楽しそうに言った。
私は、警報の光に似ていると言った。
雨が降るときになる警報、それを知らせるため同時に光る青い光。
彼に、夢がないと笑われた。
あのときの約束、それを果たす日になった。
「絵本の中の空を見に行こう」
彼は私の手をとった。大きな手を握り返して、大きな「傘」へと走り出す。
何故、あんなものが出来たのか。私は知らない。
きっと、彼も知らない。
ただ、絵本の中にはあの上に空があると書いてあった。
あんな灰色の塔にきれいな空があるのか、正直分からない。
それでも、私と彼は塔へと走った。
「鍵くらいかかっているかと、思った」
「案外、無用心だね」
塔の前で、彼は静かに言った。雨に濡れた髪をそのままに、扉に触れた。
軽く押しただけなのに、簡単に開いてしまう。
扉がある意味がない気がする。
「行こう」
「うん」
*
暗い中を見回す。なんというか……。
中はひどい有様だ。廃墟に近い。
まぁ、この中に入ることは禁止されてるから、当たり前なのだけど。
歩くたびに、足跡がくっきり残るのってどうなんだろう。
掃除位すればいいのに。
「結構暗いな。足元、気をつけろよ」
「わかった」
彼は私を気にしながら、塔の螺旋階段に足をかけた。
白い埃が舞う。
「上に行くの?」
「うん、駄目か?」
「……別に、駄目っていうのじゃなくて」
彼は不思議そうに私を見てから、手を伸ばした。
さっき扉を開けるときに放してしまった手。
実は、その時寂しかったのは秘密だ。
「何?」
「握っててやる」
にやりと笑う彼は、何故か心地よかった。
でも、それ以上に何故か悔しい。
「なんか、偉そう」
「何だよ、いらないの?」
「……っ」
黙っていると、手が暖かくなる。
彼の手が、私の手を包んでいた。
「進もう」
*
暫く、螺旋階段をのぼると踊り場に出る。
思わず二人で螺旋階段をのぼる足をとめて、周囲を見渡す。
そこにあったのは、牢屋だった。
何本もの鉄で出来た棒が、縦に並んでいる。
「何、これ?」
「……牢屋ってやつだろ」
「それは、見たら分かるけど」
牢屋って誰かを閉じ込めるために、使うものでしょう?
そう問いかける前に、彼が螺旋階段へとまた足をかけた。
「あんまり、見るもんじゃない」
彼は、静かに言った。僅かに、あせっているようだ。
その理由は分からないけれど、彼は理由もなく先を急ぐ人ではない。
なにか、あるのかもしれない。ここで立ち止まってはいけない理由が。
彼の方へ駆け寄り、呟く。
「分かった進もう」
-嘘つき
-本当は、この牢屋が何なのか。考える気もないくせに。
小さな声が、そう言った。
思わず振り返る。
「どうした?」
「……何でも、ない」
一瞬、なにか白いものが見えた気がした。
私にそっくりな、白い女の子が。
+
「あれは……」
「え?」
先頭を歩く彼が突然、話し始めたので思わず聞き返す。
ようやく、あの牢屋の話をしているのだとわかった。
「あれは多分。閉じ込めていたんだ」
「それぐらい、分かる」
「何を、閉じ込めていたと思う?」
彼の低い声が螺旋階段に響く。
「……悪いことをした人?」
「そうかもな」
「君は、知ってるの?何が閉じ込められていたか」
彼は少し私へと顔を向けた。それでも、階段を登る足は止めない。
ゆっくりと、口を開いて言った。
「俺たち」
彼はすぐにまた、前を向いて階段を上っていく。
俺たちに、私も入っているの?
そう聞きたかった。だけど、怖くて聞けなかった。
聞けば、あの白いものが本物のように思えそうだから。
「ごめん、大丈夫か?」
「え?」
「震えている」
彼は私の手を、また握ってくれた。
その時、なにかの音が耳をくすぐった。
「なにか、聞こえない?」
「ん?なにかって?」
「こう……ぶぉーぃぶぉーぃって」
そう言うと、彼がクスッと笑った。
「言い方、変」
「……っ」
なにか言い返そうと、口を開いた刹那。彼が立ち止まった。
思わず背中にぶつかる。
そこにあったのは、小さな埃をかぶった扉。
「……風が、流れてるわ」
彼は小さく相槌を打った。足を止めるつもりはない。
ふと、後ろを振り返る。
もう、白い影はもういない。
--昔、私達は空の下に住んでいたのよ
--見たことはないけれど、きっと
--美しい世界なの
「開けるよ」
「うん」
彼が、扉へと手をかけた。
扉のきしむ音と同時に、風が私を包み込んだ。
**
全てのものがある世界。
まさに、目の前に広がる風景はそれに見えた。
色とりどりの花、そして私達が、望んでいた空。
青くて、きれいな。
知らずうちに、頬から涙があふれてくる。
どうして、こんな世界があるのだろう。
こんな風景があるのだろう。
ふと、手に持っている絵本を思い出す。
そのまま、外へと落とした。
絵本はあっという間に小さくなって、花畑へと落ちていった。
きっと、もう見つからない。
彼は、少し驚いたように私を見る。
「いいのか、大切なものだろう?」
「……これは、ここにあるべき物だから」
そうか、と彼は静かに言った。
特に咎めたりもせず、それ以上の詮索もしない。
それが、彼なりの優しさなのだ。
彼は、私の手を握ったまま、空を見る。
風が、彼の髪を撫でる。
「ずっと、この世界のままならよかったのにな」
「……そうだね」
彼は、ゆっくりと座り込む。
私もそれに習うようにして、腰を下ろした。
「私達の世界は、壊してしまったのね」
彼は、答えなかった。
私たちの世界は、壊してしまったのだ。
きっと美しかった世界、きれいだった空。
だから、きっと空を見ることが出来なくなってしまったんだ。
空を見てはならないと、言われたんだ。
私たちは、自分達を守るために
灰色の空を、自分達で作ってしまった。
壊してしまったのは、私たちなんだ。
だから、閉じ込められた人もいたんだ。
決して、出られないようにと。
「悲しいのか?」
彼は、手をすこし強く握ると、問いかけた。
「悲しくないわ、君の側にいるから……」
彼は、目を閉じる。
ゆっくりと。
私も同じように瞼を閉じた。
悲しくなんてないよ
だって、私の世界には
君がいる
手を
握ってくれる 君が
それは、きっと
青空と同じように
素晴らしいこと
*END*
WORLD'S END UMBRELLA 自己解釈小説
WORLD'S END UMBRELLA(sm9639869)の自己解釈小説です。
あくまで自己解釈です。sm9639869を見たらいても経ってもいられず書いてしまいました。
ちなみに、作中の少年と少女に名前はありません。
イメージを壊さないよう、世界観は固定せずに書いたつもりです。
ラストの場面の解釈皆様のご想像にお任せします。
参考動画
WORLD'S END UMBRELLA(sm9639869)ハチさん
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それで君が満足ならば僕は偽善者(ヒーロー)になろう
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だから僕はくり返し歌うんだよ
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s正義の味方なんていないんだ...(non title)
湯島結代
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いつもこうやって、後ろ向いて指を咥えて
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紅蘭
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