*注意*
・本作品は読み切りです。
・登場するキャラクターは鏡音レンと初音ミクですが、初音ミクの方が年下という設定です(レン:中学生、ミク:四歳ほど)。
・鏡音リンは登場しません...。
・あまりボーカロイドという視点で書いていません。悪しからず。
・他にも私が勝手に決めた設定がありますが、どうかご容赦下さい。
・改行、空行が少ないので読みにくいかも知れません。
では、本編スタート。
初夏のとある休日だった。列車に乗っていたレンが目的の駅に降り立ち、深く息を吐く。溜息に近い。学校からの帰宅途中で、午前に合唱部の活動があった。この時期、大会が近くて猛練習することとなり、レンの喉は精神と共に疲れ果てていた。午後からブラスバンド部が音楽室を使う予定だったので、午前で帰れるのが唯一の救いだ。もっと練習したいのも本音ではあるが。
レンは改札口を通り抜け、肩に掛けていた鞄を地面すれすれで手に持ち、線路をまたぐ広い道路までゆっくり歩いた。
遮断機が行く手を阻んでいたので、列車が通り過ぎるまでレンはその場で待った。太陽は高く昇り、その光は容赦なく降り注ぐ。汗をたらすレンの目の前を、煙を出す機関車に続いて、二両の客車が去って行った。遮断機の近くに立っていた駅員は列車が通り過ぎたのを確認して、道を塞いでいる長いポールを脇へ押し開けた。それを見越して、車や通行人は線路を渡った。
そんな日常風景に溶け込んだレンは、踏切を渡る途中、ある人に目が行った。線路の向こう側の脇道で、四歳ぐらいの少女がうずくまって泣いていた。そこを歩く通行人は、その少女に見向きもしていない。
歩くにつれ、その少女がより鮮明に見えた。サンダルを履き、緑色のワンピースを着て、青いリボンの付いた帽子を被っている。そして浅葱色に近い髪を、ツインテールにして結わえてあった。周りに、親らしき人物はいない。
レンはその子が可哀想に見え、とても見過ごすことができなかった。こんな炎天下だと、暑く感じるに決まっている。
そしてとうとう、レンはしゃがんで声を掛けた。
「どうしたの?」
そしたらその幼い少女は顔を上げ、途切れとぎれな声で答えた。
「あのね……、ともだちと……はぐれちゃったの……」
少女は何度も泣きすする。レンは最善の処置を考えていた。やはりこの子の家へ連れて帰らせるのが賢明だと、レンは即座で判断した。
「おうちは何処?」
レンがそう訊くと、少女は顔を傾け、こう言った。
「おうち……?わかんない……」
それを聞いて、レンは思わず聞き返しそうになった。予想外な言葉だった。近くに住んでいると思ったが……。家はこの辺りじゃないのか?
レンは事情を尋ねてみることにした。
「どうして友達とはぐれたの?」
しかし、少女の答えは同じである。
「わかんない……。ともだちとあそんでたら、みんないなくなっちゃった……」
「遊んでいた?こんな所で遊ぶのは危ないよ」
次の少女の言葉は、レンに疑念の気持ちを抱かせるものだった。
「ちがうの……。じんじゃであそんでいたの……。ともだちとあそんでいたらね……、じんじゃといっしょにみんなどこかいっちゃった……」
そして少女はまた、うつむいて泣き始めた。
友達が神社と何処かへ行った……?一体どういう意味だろう?
神社はこの近辺にない。列車が走る五年前、確かに神社は駅の所にあったが、鉄道を引く為に、今はここから遠い、森林で覆われた丘へ移された。この際、周りに生えていた木々も丘に植え直されたが、一本の木だけその作業が遅れ、列車の開通が少し遅くなったという過去がある。それがとても印象的で有名な話なのでレンは知っていたが、神社の移築をこの少女が指しているとは思えない。
自分が神社からここまで来たのかな?昼過ぎだし、その友達はもう家に帰ったかも知れないな……。親も心配しているだろうし……。
レンがそのような推測していると、少女は泣きながらこう言った。
「わたし、じんじゃにもどりたい……」
「えっ?」
意外だった。昼食はもう食べて、友達と神社で遊んでいたのだろうか。
下手なことをしたら余計に泣かれると考え、この少女の率直な願いを受け入れた。もし違っていたら交番に行こう。
「だったら、その神社へ行く?」
その言葉を聞いて、少女は泣き止み、レンを見上げた。それから勢い良く立ち上がり、大きい声で返事をした。
「うんっ!」
少女の顔から、笑みがこぼれた。
少女の手を引き、レンは此処から最も近いその神社のある丘へ向かって、その広い道路沿いを歩き出した。となりで元気良く歩く少女を見てレンは笑ったが、ある事に気づく。昼になってから、まだ何も食べていない。
レンが空腹に見舞われていた時、あるものを見つけた。
「ねえ、暑くない?」
歩きながら、レンは少女に尋ねた。
「うーん、ちょっと」
「だったら、ソフトクリーム食べる?」
今歩いている道は、大きな公園で行き止まりになっており、其処から左右に分かれている。レンは、前方に見えるその公園の広場で店を開いているのを指差した。
「〝ソフトクリーム〟……?」
「ほら、冷たくて甘い食べ物の」
「わたし、ソフトクリームたべる!」
そして二人は、公園へと足を運んだ。
レンと少女は、木陰のある公園のベンチに座っていた。周辺で家族連れがピクニックをしていて、楽しそうである。そんな風景を眺めながら、おにぎりを鞄から取り出すレンと、ソフトクリームを両手に持ってじっと見つめる一人の少女。なかなかソフトクリームを食べださないのを見て、レンはどうしたのかと訊いた。
「これ、どうやってたべるの?」
「!(食べたことなかったのか)……この白い所を舐めるんだよ。あ、後ろの方が溶けているから持ち替えて……。そうそう」
「ちべたいっ」
「おっと……。そして、その茶色い所は、白いのを食べてから、がぶって食べるようにね」
「……おいし」
「ふぅ」
そこは、和やかな風景が拡がっていた。
「さて、行くか」
レンと少女は神社を目指し、公園を後にした。目的の場所まで、もう少しである。朝に部活動があったこともあり、レンは大分疲れていた。少女はレンの横で、元気よく飛び跳ねるように歩く。はたから見れば、兄妹そのものだ。
やっとの思いで、丘の麓にレンは辿り着いた。前には、石の階段が頂上に向かって延びていた。少女はそれを見た途端、とても嬉しそうな顔をして、目の前の階段を一気に駈け登って行き、すぐに見えなくなってしまった。
「ちょっと……」
レンは慌てて、その少女の後を追って行く。
息を切らして、レンは階段を登り切った。そこでは少女が、神秘的な神社の社を背にして、空の方を眺めていた。目は輝いている。そして、次にレンを見つめた。
「ありがとっ!わたし、ここにきたかったの!」
レンはほっとした。しばらくして、何処からか複数の子供の声が聞こえてきた。
「ミク、おそいぞ!」
「なにしてたの?」
声のする方は、深い森林からだった。そちらに目を向けると、男女の子供が数人出てきた。
「ごめんね!いまいくから!」
ミクと呼ばれた少女が、その子供達へ走りだそうとした時、そうだ、と一度立ち止まり、レンの元へと行った。
「これ、おれい!」
少女は、自ら被っていた帽子をレンに渡した。レンは一瞬戸惑ったが、快く受け取ることにした。
「ありがとう、ミクちゃん」
そして、少女は友達のいる所へ走って行った。その途中、少女は振り返り、手を振って大きな声でこう言った。
「バイバイ、お兄ちゃん!」
レンも軽く手を振り、
「じゃあ、またね」と笑顔で言った。
しかしその後、奇妙なことが起こる。少女が一度木の陰に隠れたのだが、一向に出て来ない。
その木の後ろ側を見ようとレンが動くも、先程いた少女は全くもって見当たらなかった。あの子供達もいなくなっている。
不思議に思ったレンは、今子供達がいた場所へ歩み寄った。
「大きな樹だな……」
そこには、見上げても梢が見えないほどの大木があった。三人が腕を広げて繋いでも及ばないぐらい、幹が太い。
そして脇に、その樹の解説が書かれていた。
「なるほど、そうだったのか……」
解説の冒頭に目を通したレンの口から、感嘆の声がこぼれた。
この大木が、この場へ最後に運ばれたものであった。しかし、ここに運ばれてから、今まで春につけていた花が咲かさなくなったと言う。この樹には名前があり、その解説の最初に記載されていた。
心地よい風が森の中を吹き抜け、さらさらと、木の葉が擦れ合う音が響いた。まるであの少女が優しい歌を友達と唄っているかのように、それは心地いいものだった。レンは空を仰いだ。
数々の枝が四方に走らせ、鮮やかな緑色の葉は、空の殆どを埋めつくしていた。風がまた吹き、枝や葉はそれにしたがって細やかに動く。葉がどんどんと増えていくようにも見えた。
レンは、片手に持っていた帽子をその樹の根元にそっと置いて、こう言った。
「この帽子は、君が一番似合うよ……」
それから、一言付け加えた。
「良かったね……」
その表情は笑っていたが、何処か切なかった。そして樹に背を向け、ゆっくりと、レンは神社を後にした。
青いリボンが付いた帽子は、ずっとレンの背中を見送っていたが、そこからレンが見えなくなると、いつの間にか、その帽子はなくなっていた。
来年の春、この樹は見事な満開の花を咲かせる。
(終)
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