きょとんとしてレンを見上げたその紫色の瞳は、太陽の光が眩しいとでも言うように目を細くした。
「…んっ?どうした?」
今度はレンがきょとんとする番だった。
「…どうしたのかと思って…」
「取り敢えず帰る。ウルフって面倒なんだよね。同盟を結んでるんだから全力で探せー、とかいわてるんだろうし。何にしても王の直系が出向かないことにはあっちも納得しないだろうから」
「…自覚、あったんだ…」
最後の帯人の言葉にはカチンときたが、そこは怒りをおさめて振り返って暇そうにしているリンに声をかけた。
「そんなことだから、リン、帰るわぁ」
決して女ことばになったわけではないが、女顔のレンが言うと、どうも女っぽく見えてしまう。しかし、そんなことはおかまいなしにリンは出来る限りの不満そうな顔をして、レンに抗議した。
「えーっ!!ヤダ!」
「ヤダって言われても…」
「嫌っ!レンが行くなら、私もいくぅっ!!」
「はぁっ!?」
呆れたようにしたレンにぐっとしがみ付くリンに驚きながら、レンはリンを引き剥がしてちょっとはなれたところまで逃げた。
「何でっ?ヤダヤダヤダ!私も行くもん!」
「わ、わがまま言わないで…」
「わがままじゃないもーん!」
「…モテモテ?」
「帯人、それ、この状況に見合った台詞じゃない気がするぞ☆」
笑顔で言ったレンの足元には既に、リンがまたしがみ付いていた。段々とレンの苛々のゲージが百パーセントに近づく。ちなみに、レンはあまり怒らないほうで、生まれてこの方十四年間、本気で怒ったことはない。ぬいぐるみを三つ、首をもいでしまったことならあるが。そのときは、一週間ほど、ほぼ誰もレンと話をしなくなった。どうやら、ぬいぐるみの頭をもいでいる一部始終を見たらしく、酷く怯えてやめていったメイドが続出したとか、聴いた記憶がある。こっぴどくキカイトに怒られた。
どうしても引こうとしないリンにレンが困っていると、帯人が後ろからレンに言った。
「…連れて行けば?」
「えぇ?帯人、何言ってるか、わかってる?こっち(人間界)とあっち(ヴァンパイアの国)じゃ、気候も状況も違いすぎる。何の訓練も受けてない生身の人間があっちにいったら、三日もすれば確実に死ぬ!」
「…そっちが希望してきたんだから、仕方ない」
「帯人、お前なぁ…。リン、やっぱり危ないんだって。だから、あきらめて」
「大丈夫っ!ね、メイコ姉!!」
いきなりはなしをふられたメイコは話しこそ聞いていたものの、じぶんが発言するなど想定していなかったものだから、少しあわててリンに答えを考え、しばらくして笑顔で答えた。
「いいんじゃない?」
「め、メイコさんっ!?」
「そこの彼のいうとおり、言い出したのはこっちのほうだもの。死んだってこっちの責任よ」
「いや、リンが死んだら国としては?」
「私がついでおいてあげるわ。骨くらいは拾ってやってちょうだい」
「メイコさぁん…」
これで、リンの保護者からの許可もおり、レンの保護者からも許可が下りたことになり、嬉しいことにリンは晴れてヴァンパイアの国に行くことになったのである。それに気がついたレンは、がっくりとうなだれた。
「ほぇ~…。すっごぉい!」
城の窓から見下ろした知らない城下町の風景に、リンは素直に感動の言葉を漏らした。
あの後、リン、レン、帯人はヴァンパイアの国にやってきた。
「そう言ってもらえるとありがたいです」
二人の後ろに、にこやかに笑顔を見せながら、キカイトが近づいてきた。しかし、すぐに表情を百八十度変え、レンに要求する。
「王子、説明を。」
「え、あ、いやぁ、ちょっと色々あって」
「色々で私が納得するとお思いで?彼女の名前、種族、彼女をここに連れてきた経緯を」
仕方なくレンがあったことを出来るだけ一字一句漏らさないように話すと、キカイトはリンに聞こえないようにいった。
「私の人間嫌いを知った上での行動でしょうか。嫌がらせですか?イジメの始まりですか!」
「ち、ちがう、ちがう!文句ならリンと帯人にっ!俺は反対してたんだから!」
あわてて弁明するレンに、キカイトがため息をついた。
それから、レンが本題に入る。
「それで、ウルフの件、どうなってる?」
「ええ、まだ見つかっておりません。犯人からの要求はまだありません」
「兎に角、ウルフの首領の安全が最優先。父さんのかわりに俺がウルフの奴らの話を聞いてくる。どうせ、ウルフからそんな要求がきてるんだろ?」
「はい。別に応じなくても問題はないと思いますが。相手方から見て、我が国は大きな貿易の相手ですから、そう簡単に同盟を破棄するようなことはないと思います」
そこまでキカイトが言ったところに、アカイトが横から首を突っ込んできて、いう。
「いや、最近、ウルフの動向が怪しい。ついこの間まで戦争が耐えなかったのが、ここ数ヶ月、なんの音沙汰もないというのは不自然だ。どこかの大国を味方につけたのかもしれない」
慎重に行くべき、というアカイトの意見を採用し、次の日からレンはウルフの重役と会談をすることになった。
ウルフの重役、常に首領が会談に出席していたから誰が来るのかを予想するのは難しそうだったが、それは案外すぐにわかった。ウルフの首領である巡音ルカの弟である、巡音ルキが、どの階段でもルカの補佐として出席していたからである。弟といっても、二人は実際に血のながりはなく、ルキは養子だという。
数年前まで治安が悪かったウルフの国は、王家に男児が生まれないことを嘆いていた。
そんな時、ルカは生まれたが、勿論祝福はされない。それから、ウルフの国の中でも身寄りがなく孤児院にいた、成績優秀・運動神経抜群のルキを養子にする話が持ち上がったのだ。彼は国の中でも有名だったためだ。しかし、彼が正式に養子として迎えられることが決定した直後、女系国王もよしとする法案が成立した。同時に、王家でないウルフは王位につくことが許されなくなった。それから、ルカが王位につくことになり、ルキは養子にはなったものの、ルカの召使兼影武者のような存在となってしまった。
という話を聞いたことがある。
「リン、紹介するよ」
「あっ、うん」
「こっちの金髪のが、キカイト。執事長だから、何かあったときはキカイトに。あの赤いのが、アカイト。基本的に軍事的なことはアカイト任せだから。あの黒っぽいのが帯人。人間界で言うと、金融大臣とかに当たるかな。あっちの緑はニガイトね。環境大臣…って言えばわかりやすいかも。仲良くしてやって」
「よろしくお願いしますっ!」
そういって、リンは嬉しそうに笑った。
全員が思い思いの表情で対応した。
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