第二章 ミルドガルド2010 パート6
 
 日が陰り、夕闇がゴールデンシティを包み込み始める時刻、長旅に耐えられる様にと頑丈な縫製がなされている牛皮のベストを着込んだメイコは、気合を込める様に左右の襟を両手で掴むと、身体を引き締める様にそれを軽く引き絞った。そのまま、私室の窓から広がる景色を視界に収める。今日という日をまだ譲るまいと言わんばかりに最後の抵抗を試みる斜光の眩しさに微妙な加減で瞳を細めたメイコは、そろそろ行こうかと考え、無造作に床に置かれている麻袋を持ち上げると、滑車代わりにするように麻袋の縄を右肩にかけて麻袋を後ろ手に固定させた。丁度よい重さがメイコの身体にのしかかったことを自覚しながらメイコは部屋の中央から廊下へと向かって歩き出す。ルータオに行けばどんなに早く移動しても往復に二週間はかかる。暫くこの部屋に戻って来ることもないな、とメイコが考えながら廊下に出た時、まるでメイコを待ち構えていたかのように総督府第三層、大理石造りの廊下の壁に寄り掛かっていた人物の姿を見つけて、メイコは僅かに嬉しそうに頬を緩めた。
 「いつもの場所でよかったのに。」
 普段見せない、甘みがふんだんに込められた口調でメイコはそう言った。それに対して、アレクは壁から背中を離すと、メイコに向かってこう告げる。
 「ここから同行しても変わらないでしょう。」
 アレクは優しい口調でそう告げると、メイコをエスコートするようにメイコの右手側に立ち、続けてこう言った。
 「それで、これからどこまで向かおうというのです?」
 そう言いながらアレクはメイコの右手から麻袋を取り上げると、メイコに代わって割合重量のある麻袋を丁寧に自身の右肩に引っ掛けた。心がふわふわと、跳びはねるような感覚に陥ったのは物理的に軽くなった身体を持て余しているためなのか、それともアレクの心遣いに感謝したからなのか。なんとなく判別のつかないまま、メイコはアレクに向かってこう言った。
 「地方の視察に。」
 「お一人で?」
 呆れたように、不満そうにアレクはそう言った。アレクなら同行を願い出るに決まっている。でも、本当の理由をこの場所で話す訳にはいかないわね、とメイコは考え、アレクだけに見せる悪戯っぽい笑みを見せながら、メイコはアレクに向かってこう言った。
 「後で、ちゃんと話すわ。」
 その言葉に諦めた様に肩をすくめたアレクは、それでは行きましょうか、と苦笑しながらそう告げると先導して歩き出した。そのアレクの背中を眺めながら、メイコは総督府を出る前にリーン殿の為に何か食事を調達しておかなければと考え、螺旋階段を降り切って一階の玄関ロビーに到達したところでアレクに向かって声をかけた。
 「アレク、厨房に寄ってもいいかしら。」
 「厨房に?」
 メイコの予想通り、アレクは不可思議な表情を見せた。そのアレクに向かってメイコは言葉を続ける。
 「お腹をすかせた娘がいるから。」
 アレクはメイコのその言葉に不審げに眉をひそめると、暫く何かを考える様に首を傾げてからこう言った。
 「生き倒れでも保護されたのですか?」
 「そんな所。」
 メイコは手短にそれだけを伝えると、正面玄関を横目に眺めながら右手側面の壁際に用意されている小ぶりの扉へ向かって歩きだした。考えてみれば厨房に行く機会など滅多にない。その代わりに以前よく厨房に顔を出していたレンの姿をメイコは不意に思い出し、まだ戦争も政治も知らぬ無邪気で一直線だったレンの姿を脳裏に思い浮かべて、メイコは思わず視線を床に落とした。職人の魂も感じぬ、ただ豪華なだけの白系統のカーペットが視界を煩わせる。なんとなく嫌気を感じ、メイコはカーペットを蹴り飛ばす様に踏みきると、厨房へと続く扉のドアノブに手をかけ、それでも丁寧な手つきで扉を開けた。途端に煉瓦造りの質素な空間へと変貌したその廊下を道なりに歩くと、厨房の灯りがメイコの視界にも見えてくる。総督府の一階北側に用意されている厨房は全体として豪奢な造りをしている総督府にとってはまさに裏方に当たる場所であった。
 「料理長はいるかしら。」
 厨房に足を運ぶと、メイコは入り口付近で作業をしていたメイドに向かってそう声をかけた。突然現れた副総統の姿にメイドは仰天という表情そのままで数秒の間硬直していたが、すぐにメイコに向かって一言断りを入れると逃げる様な足取りで料理長の姿を捜しに向かう。料理長とまともに話すのはそう言えば数年振りか、と考えたメイコが待つこと数分、料理人とは思えないほどに精悍な体つきをした壮年の男がメイコとアレクの前に現れた。
 「久しぶりね、ジョン。」
 メイコは極力肩の力を抜くように意識しながら、料理長の名前を告げた。黄の国崩壊以前から王家の料理人として仕えて来たジョンは、今総督府に残っている旧黄の国の家臣の中では一番の古株となっている。黄の国崩壊後、結局の所その料理の腕前を買われてミルドガルド帝国にそのまま仕えることになったのであった。
 「これは副総統殿。それに赤騎士団隊長殿も。一体こんな薄暗い場所にどんなご用件なのです?」
 ジョンの口調には多分の嫌味が込められていた。ミルドガルド帝国との軋轢は旧黄の国の人間であれば誰もが感じていることであったのである。ただ、ジョンは反乱の首謀者である私達もミルドガルド帝国と同類の人間だとしか思っていないのでしょうけど、とメイコは考えながらこう答えた。
 「最近の調子はどうかしら?」
 その言葉に、ふん、と鼻を鳴らしたジョンは少し口をとがらせながらこう言った。
 「最近はブリオッシュを焼いていないものですから、相当腕は落ちたでしょうな。」
 立場は違っていても、同じ黄の国の忠臣であったことには何ら変わりはない。きっと今のジョンにリンが生きていることを伝えればたとえどんなに遠方であっても自ら赴き、そしてリンの為に丹精を込めたブリオッシュを焼きあげるのだろう、メイコはそう考えながらこう答えた。
 「ジョンの料理は総督府の人間にも好評だわ。」
 「舌が腐っているのですよ。俺の料理は黄の国の為だけに存在するのですから。」
 「そうかも知れない。でも、舌の腐っていない人も確かに存在するわ。」
 メイコがそう告げると、ジョンは半ば睨みつける様にメイコを眺めた。まだジョンに真実を伝える訳にはいかない。代わりにメイコはただ短く、こう告げた。
 「私の大切なお客様の為に、ジョンの料理を少し分けてもらってもいいかしら。」
 「お客様?」
 一体誰だ、という表情をしたジョンに向かってメイコはもう一度、端的にこう告げた。
 「そう。遠方から来られた大切なお客様よ。夕食一人分。とりあえずこれだけでいいわ。」
 そのメイコの言葉に、ジョンはあからさまに眉をひそめたものの結局それ以上は何も言わず、残り物を詰め合わせたタッパーをメイドに用意させるとそれをメイコに手渡した。
 「ありがとう。」
 白いナプキンに包まれたタッパーを受け取りながらメイコは感謝の意を述べると、ジョンは面倒くさそうに片手を振りながらこう言った。
 「好きにしろ。」
 その言葉に応える様に深い一礼をしたメイコは、振り返ってアレクに目配せすると先程歩いてきた廊下を逆方面に向かって歩き出した。そうして数歩歩いた時、突然ジョンが何かを思い出したかのような声を上げた。
 「お前達、いつ結婚するんだ?」
 不意に襲ってきた予想外の言葉に、メイコは思わず顔を真っ赤にしながらアレクの表情を眺めた。言葉を失ったメイコの姿を面白がるように微笑んだアレクは、メイコに代わってジョンに向き直ると、こう答えた。
 「いずれ。その時はブリオッシュを焼いて頂きましょう。」
 平然とそう答えたアレクに心底感心しながらメイコは、やっぱり私達、他人から見たら恋人に見えるのかしら、と軽く浮遊する様な居心地のままでそう考えた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story 24 

みのり「第二十四弾です!」
満「今日はこれだけかな・・。」
みのり「まだ午前中なのに!(ギリギリ)」
満「色々予定があってな。pixiv作品も書いているし。」
みのり「とうことで、最近投稿ペースが落ちていてごめんなさい。次回も宜しくね!次は・・お盆かな?」

閲覧数:351

投稿日:2010/08/08 12:00:16

文字数:3,261文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • 紗央

    紗央

    ご意見・ご感想

    ホント早く結婚しちゃえばいいのに・・←

    変なコメからですいません><
    でもホントにジョンさんナイスっっ!
    どうしても2828が止まらんくなってしまいまs((殴

    pixivでも書いてるんですね!
    みたい・・(でも見れないww


    次回も待ってます><

    2010/08/09 07:43:45

    • レイジ

      レイジ

      本当だよな。いつ結婚するんだろうなこいつら(無責任)

      いやぁ、SNSは大規模な戦闘シーンも無いし、のんびりまったりにやにやしてもらえればおkなんだよっ♪

      pixiv投稿作品はまだ執筆中だぜ☆(なんとかお盆までには・・投稿したい・・。)
      アカウント登録さえしてしまえば入れるから、ぜひぜひ☆

      ではでは、次回も宜しくっ!

      2010/08/10 00:06:58

  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    レイジさん、お疲れ様です。
    かなり、待ち遠しかったです。それまで頑張って宿題したり、今日の町内会の夏祭りでやる太鼓の練習したりでした。あと、もう一回最初から読んだりしてました。
    今週(?)は結構読む時間ありました。
    一応、北海道に住んでいる私なのですが、雨が多くて、外に出られないという事実が……(ものすごい降っていたんで)
    そのため、小説読んでました。
    やっぱり、レイジさんの書く小説はいつも楽しみになってしまいます。(すぐに飛んできて見るくらいなので)
    私も、サイトの小説を頑張って更新しています。
    というわけで、レイジさん。
    更新がんばってください。(体調管理は気をつけないとだめですけど)
    それと、お仕事、頑張ってください。
    私は頑張って宿題終わらせます。それと感想文。
    それでは、長文失礼しました。

    2010/08/08 12:54:54

    • レイジ

      レイジ

      お待たせしました!
      早速お読みいただいてありがとうございます!
      それに何度も読み返して頂いて・・本当に作者冥利に尽きます!

      北海道の方だったのですね!実は俺も二年ほど札幌、小樽、苫小牧に暮らしたことがありまして。
      (前に務めていた会社が異常に転勤多くて、半年に一回くらい転勤してたんです^^;)

      北海道懐かしいなぁ・・。でもこの時期に雨なんて珍しいですね。。。

      ということで、仕事とのバランスを考えながら無理の無いペースで投稿して行きたいと思います☆
      次はお盆なので、間隔は少し短いかな?(それはそれで予定があるんですけど^^;)

      ソウハさんも宿題頑張ってくださいね!
      ではまた次回でお会いしましょう♪

      2010/08/08 21:10:21

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