始まりの朝が来た。僕は早々と家を出て、バスで工場へ向かった。そしてリンを待った。昨日のことがあるから、リンが口をきいてくれるか不安だったが、半時間後にバスから降りてきたリンは案外普通だった。それでも僕には、なぜだかリンのテンションが普段より低いように思えてしかたなかった。

「…おはよう。」
恐る恐る声をかける。

「…おはよう。いよいよだね。」
やはり少し元気がないようだ。

「ああ。…じゃあ、行こうか。」

「うん。」
この空気から逃げ出したかった僕は、さっさと工場の中へ入ることを選択した。
工場内では事前の説明の通りに、係りのアンドロイドが受付を行っていた。

「オナマエハ?」

「レンです。こっちはリン。」
アンドロイドがこっちに来て受付をしてきたから、僕はリンの分まで受付をした。正直リンはあんまり人の話を聞かないから、手続きの手順を聞いていなかったかも知れない。

「レンサンにリンサンデスネ?リョウカイシマシタ。コチラニドウゾ。」
アンドロイドは手順通り、僕たちをアップグレードチェア(人間をアンドロイド化する機械)に座らせた。

「カオノタイプをセンタクシテクダサイ。」
アンドロイドの声で、チェアのドーム型モニターにA~Iまでの顔の見本が現れた。僕は事前にカタログで決めてあった、Cタイプを即選択した。一番今の僕の顔に似ていると思ったからだ。リンは今になって係りのアンドロイドになにか言っている。おかしいな?前二人でカタログを見たとき、「リンの顔はHタイプ」って言ってたのに…

「デハツギニ、アンドロイドノカラダ二ヒキツグキオクヲセンタクシテクダサイ。」
これはアンドロイドになる人間の脳から記憶を引き出し、それを映像という形でモニターに映し出すのだ。

「コノナカカラ、ヒキツギタイキオク二タッチシテクダサイ。」
僕はここで、何も選ばずに、どの記憶も引き継がないつもりだった…
欲しがるから、こんなに辛いんだ。
現に僕は今、右下にある選択終了のボタンに向けて伸ばしている最中だった。
でも、そんなときに僕の目に昨日の記憶、リンの記憶が飛び込んできた。
望まなければ、切なくなんか…
涙を浮かべるリン…
僕はそのリンの顔にタッチして、選択終了のボタンを押した。
僕は、その手を膝に置き目を瞑った。

「ソレデハ、ミナサンノアンドロイドカヲカイシイタシマス。サイゴニナニカイイノコスコトハ?」

「特にありません。」
僕は目を瞑ったまま答えた。これで全てが終わり全てが始まる。

永遠に朽ちない体 理想の人類の誕生
戦争を生まない心 平和な世界の誕生

機械が動き出し僕の体が固定される。最期にこの世を見ておこうか?
僕が目を開けたとき、機械の騒音の中からでもはっきりと聞こえてきた。

「手術が終わっても私たち愛し合えるよね・・・?」
はっとした。そして、最後にリンの記憶を選んだことへの後ろめたさが、すっと消えていった。

「あぁ、永遠の愛を誓うy・・・」
最後まで言えなかったな。まあいいか、これからもずっと一緒にいられるんだからな。リン。


目を開けると、僕の体は金属性になっていた。

「オキブンハイカガデスカ?」
係りのアンドロイドが聞いてくる。
良質な音、美しい世界、しなやかな手足…

「サイコウデス!」
理想の人類だ!
理想の世界だ!
そう、僕らは新人類だ!!

「ソレハヨカッタ。」

プシュー…

俺と係りが振り向くとそこには、アンドロイドになったリンの姿があった。
係りがリンの方に飛んで行った。

「オキブンハイカガデスカ?」

「ウ~ン、マダヨクワカラナイデス。」

「ソウデスネ、ヨクイラッシャイマスヨ。ソウイウカタ。」
アレ?ナンダカボクノシッテイルリントチガウヨウナ…

「ドウシタナニカノコショウカナ」

「ア!ネーネーレン!ドウ?ワタシ?」
オカシイ?リンノコエハモットアタタカカッタハズナノニ…

「レンッテバ?」
ソレニリンノカオハHタイプのハズナノニ、アノリンハCタイプ…

「レーン?」
アレハ、アレハチガウ、アノリンハニセモノダ…
僕はゆっくりと立ち上がり、リンに近づいて行った。係りのアンドロイドは別の新人類のもとへ既に行ってしまっている。

「レン?」
メノマエニイルノハキミジャナイ。
僕は護身用に仕組まれているスタンガンを取り出し、偽者のリンに押し当てた。

バッチ…

「レ…ン…」

バタッ

完成直後のアンドロイドは機能が安定していない。電流でショートした偽者はこれで立ち上がることが出来ないだろう…
デモ、ホンモノノリンハドコニイッタンダ?シュジュツガシッパイシタノカ?ネエ、ダレカオシエテヨ!

「タノムカラカエシテヨハヤクハヤクハヤク・・・」

ブーブーブーブー

鳴り響くサイレン…
響く足音…
倒れたリンを見つけたアンドロイド達、エラー(不良品)の表示が出ているレンのモニター。

シカシ、ソコニボクノスガタハナカッタ。
ボクハコウジョウヲヌケダシ、ハシッテイタ。タダヒタスラ。
トチュウコロンデシマッタガ、ハガネノカラダハイタミヲカンジナカッタ。
痛みって何?
ナンジカンモ、ナンジカンモハシッタノニ、マッタククルシクナイノダ。
苦しいって何?
ハシリツヅケテ、ヨルニナッタガマルデネムクナラナイ。
眠いって何?
リンキミハドコニイルンダ、テレタヨウニホホエムキミ…?
照れるって何?
フタタビヒルニナリ、タイヨウガテリツケル。デモ…
熱いって何?
ミズウミニオチテシマッタガ、マッタク…
寒いって何?
リン、ドコニ?ボクハキミを愛して…
―愛すって何?―

平和って何?
生きるって何?
生きてるって何?

――私って何?――
―――僕って何?―――

ボクハヨウヤクトマッタ…

アノヒノオモイデハボウダイナ
ジョウホウノナカヘキエテイッタ・・・
モウモドレナイ・・・

episode1―理想郷― 終

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

終末史episode1―理想郷③―

囚人Pさんの楽曲理想郷(http://piapro.jp/t/3Won)を元にした、二次創作の小説です。

続きはこちらhttp://piapro.jp/t/UxQV

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投稿日:2011/02/10 20:23:25

文字数:2,454文字

カテゴリ:小説

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