弱音ハク探偵事務所(後半)
「お、ご予定はお済で?この後どうです?」
ハクがミクを連れて一番に訪れた人間は、先程から懸命な営業活動に励む先程のホストであった。未だに客が捕まらないらしく、その表情には軽い焦りが見えている。
「景気よさそうね。」
社交辞令とばかりに、ハクはそう言った。
「いやいや、なかなか、こう世間が不景気ですとねぇ。」
「それはご苦労なことね。私の用事が片付いたら一度遊びに行ってあげる。」
「いやぁ、用事の前にどうです?前祝とか。」
「その時間は残念だけど、ないわ。ところで、貴方ジールグループの人よね?」
ジールグループとは、歌舞伎町でも最大級の規模を誇るホストクラブであった。ソフトからハードまで、様々な要望に応えられる店舗展開をしているグループである。
「どうしてそれを?」
「ホームページに貴方の写真が載っていたわ。なかなか良さそうなお店ね。」
「そりゃどうも。」
「で、貴方の人脈を頼りに聴きたいことがあるの。」
ハクはそういうと、先程から預かっているカイトの写真をホストに向かって翳した。
「カイトという人。知っているかしら?」
そう告げたとたん、ホストの表情が瞬時に曇った。幸先が良いわね、とハクが内心に考えながら、言葉を続ける。
「教えて頂戴。」
「・・関わらないほうが、身のためですぜ。」
「どうしても知りたいの。」
ぐい、とハクは一歩ホストに詰め寄りながらそう言った。その威力に気圧された様子でホストは肩を竦めると、小声になってハクに答える。
「詳しくは知りませんが、以前うちの店で働いていたことは確かです。」
「いつ頃まで?」
「確か、一ヶ月ほど前まで。」
ホストがそう答えた直後、ハクの背中に隠れるように潜んでいたミクがはっと息をのんだ。それを無視して、ハクは再び口を開く。
「その後どうしたの?」
「俺から聞いたって、言わないで下さいよ?」
小さな恐怖をにじませながら、ホストはそう言った。
「勿論よ。」
ハクがそう答えると、ホストはもう一段階、声を潜めた。そのままハクの耳元で、囁くように答える。
「奴の客にヤクザの妾がいたんですよ。あいつ、それを知りながらあえて本指名受けて・・。大分深い仲になっちまったらしいんですよ。そいつがばれちまったらしいんです。」
「そう。」
ハクはそこで、納得したように頷いた。この街では良くある話。ただ、まだ生きている保障は残念なことに出来ないけれど。
「その事務所を教えてくれる?」
溜息を漏らしながら、ハクは最後にそう訊ねた。
「あの、この後どうするんですか・・?」
ホストと別れた後、歌舞伎町二丁目にある、先程教えられた場所へと到達した時に、ミクが不安そうな口調でそう言った。時刻は既に日が変わる直前ではあったが、ミクを一人で歌舞伎町に置いてくる訳にも行かず、こうしてヤクザの事務所まで連れてきたのである。といっても、古典的な暴力団とは違い、チンピラ上がりの集団が用意できる事務所は、ハクが探偵事務所を開く雑居ビルよりも一回り大きい程度の、こじんまりとしたものでしかなかったけれど。
「簡単に言うと、喧嘩ってところかな?」
ハクは五階建ての雑居ビルを見上げながら、努めて軽い調子でそう言った。目的とする事務所は四階部分にあると言う。都合よくその場所には明かりが点いていたが、逆に言うと複数名が控えていると見て間違いがないだろう。
「そんな。」
驚いた様子で、ミクがそう答えた。今までの流れから、ミクもこれからハクが暴力団の事務所に殴り込みをかけるらしいことは十分に推測がついているのだろう。そのミクに頭だけ振り返ると、ハクは不敵に笑いながらこう言った。
「大丈夫よ。私はこう見えても強いから。」
そう言って、ハクはつかつかと雑居ビルへと侵入していった。仕方なしに、という様子でついてくるミクと二人で、小さな、そして古いエレベーターに乗り込むと四階のボタンを押す。じわじわと登るエスカレーターの中で、ハクはミクに向かって口を開いた。
「貴女は私の傍にいて。絶対よ。」
その言葉にこくり、とミクが頷く。直後にエレベーターが開くと、途端に生臭い、そして鉄臭い香りがハクの鼻腔をついた。ぞくり、と右腕が騒ぐ。
「覚悟はいい?」
八坂組、と書かれた事務所の扉の前に立つと、ハクはミクに向かってそう訊ねた。緊張に身を固めながら頷いたミクに僅かに瞳を細めると、ハクは威勢良くドアノブに手をかけ、そのまま開いた。
「誰だ!」
ぎ、と睨む男は五名。殆ど外見からの見立てどおり。小さな事務所で助かった。何しろ、余計な力を使わなくて済む。
「カイトという人を探しているの。」
そう言いながら遠慮なく、ハクは室内へと踏み込んで行った。縄張り意識の強いヤクザが、それで自尊心を傷つけられないわけがない。
「てめぇ、舐めやがって!」
一人が、徒手空拳でハクに襲い掛かった。成程、喧嘩は確かに強いのだろう。鍛えられた筋肉が空を裂くような勢いでハクに迫る。その動きをしかし、ハクは軽いステップで避けると、流れるような動きで黒い外套を脱ぎ去った。その下には白いタンクトップだけを身につけた、スタイルの良いハクの肢体。
「良い体しているなぁ、おい。」
男五人分、先制攻撃を仕掛けてきた男も含めて、いやらしい獣のような十個の視線が注目している場所はどうやらハクの、はちきれる程に盛り上がっている胸元であるらしい。既に慣れきった視線を無視しながらハクは不敵に笑うと、こう言った。
「コートが破れたら、勿体無いでしょ?」
「何を言って・・!」
その言葉は最後まで続かなかった。ハクは唐突に右腕を真横に伸ばすと、にやりと笑って右腕に力を込めた。怪しげな気配と共にハクの華奢な右腕が黒色へと変化してゆき、それと同時に強い筋力が内部から溢れ出して腕の全体を包み込む。仕上げとばかりにハクの細い指先から長く、そして鋭利な刃のような爪がぐい、と伸びたところで、ハクはにやり、と笑いながら口を開いた。
「私はヴァンパイアハーフ。悪を裁く者。」
驚愕に瞳を見開く五人の男を無視して、ハクは一歩前へと踏み込んだ。
「それで、カイトは何処にいるのかしら。」
「うるせぇ!」
恐怖を隠しながら、先程殴りかかってきた男がもう一度拳を振り上げる。直後にしなるような動きでハクは右腕を振り切った。直後にざくり、と男の胸元から血飛沫があがる。
「軽めにしておいたわ。早めに病院に行って頂戴。」
ぺろり、とハクは爪先に付いた血液を舐めた。半分流れているヴァンパイアの血が、その血液にびくり、と反応する。普段はレバーやら、トマトジュースなどで誤魔化してはいるものの、人間の血に勝る滋養剤は少なくともハクにとっては、存在しない。
「どうする、まだやるの?」
一歩、ハクは事務所の奥へと踏み込んだ。次は二人同時に。だが、ハクは微動すらせず、ただ右腕を無造作に動かすだけで、二人の行為を無力化させた。一人は腕を、もう一人は脚を。初めの男と同じように、無造作に、アーミーナイフよりも鋭利な刃で切り裂かれた躯体からは、とめどない血が溢れ出していた。二人分の行動力を奪ってから、ハクはもう一度口を開く。
「もう一度聞くわ。カイトはどこ?」
その問いに、残された二人は顔を見合わせた。だが、まだ戦意を喪失してはいないらしい。一人の手に握られた拳銃を見て、ハクは呆れたように吐息を漏らした。
「動くな、撃つぞ。」
冷静に放たれた言葉に対して、ハクはぐ、と軽く踏み込むと、身体をばねのようにしならせて跳躍した。信じられない速度で瞬時に間合いを詰めると、ハクは右腕で拳銃を掴み、そのまま握力で握りつぶした。ぐにゃり、とまるで飴細工のように曲げられた銃身を見て、とうとう男は腰を抜かしたらしい。先程までの冷静さはどこに行ったのやら、腰を床に押し付けたまま、ハクから逃れようとずるずると後ろへと後退し始めた。もう一人、唯一攻撃を受けていない男も、戦意を失ったようにわなわなと震えている。
「早く仕事を済ませて、お酒が飲みたいのだけど。」
そう言いながら、ハクは腰を抜かした男の首元に、ぬらりと、まるで刀のように光る爪先を突きつけた。そのまま、脅すような低い声で言葉を続ける。
「それとも、貴方、私の為に血を吸わせてくれる?」
その言葉に、男はぶるぶると首を振った。最早言葉を発する余裕もないらしい。
「じゃあ、カイトの居場所を教えて。」
その言葉に男は涙を浮かべながら何度も頷くと、震える指先を奥にある扉に向けて伸ばした。
「ありがとう。」
ハクはそう言って男を解放すると、背後を振り返って呆然と戦いの様子を眺めていたミクを見た。必要以上に怖がっているかと考えたが、案外ミクは冷静に戦況を見つめていたらしい。その事実にどこか安心しながら、ハクは指図されたドアノブを掴み、暗い別室へと侵入した。大分痛めつけられているが、まだ意識は残っている。写真で見た姿そのまま、縄で縛られたカイトの姿が、そこにはあった。
なんとか自力で歩くことができたカイトを発見した時、ミクは漸く安心したのか、とめどない涙を流しながら何度も何度もハクに向かって頭を下げた。今日は予約してあるホテルに宿泊し、明日二人で札幌へと戻るということである。カイトも今回の件で懲りたものか、地元に戻り、ホストから足を洗って真面目に働くということだった。殺しては後処理が大変だと、小規模なヤクザならではの考えから一命を取り留めたわけだったが、傷を癒すのにはもう一ヶ月程度の時間が必要だろう。ともかく、今日の仕事は終わった。さて、少しお酒でも、とハクが考えてミラノボウル前の広場へと戻ったときである。
「お、用事は済みましたか?」
先程のホストの青年であった。
「貴方も頑張るね。」
半ば呆れながらハクがそう答えると、ホストはどうしようもない、という様子で肩を竦めた。
「今日は本当についてない。このままじゃ店に帰れませんよ。」
その言葉に小さな溜息を漏らしながら、ハクは先程ミクから受け取った、心ばかりの謝礼が入った封筒を眺めた。少しなら、羽目をはずしても大丈夫だろうか。何より、このホストのおかげで今日はすんなり事件が解決したわけでもあるし。
「一時間だけね。」
苦笑しながらハクがそう言った瞬間、ホストの表情が途端に明るく輝いた。こうしてみると、成程年相応の青年にも見える。
「おおお!ありがとうございます!では早速、こちらに!」
嬉しそうに先導するホストに連れられて、ハクは歩く。
この街、歌舞伎町。悪いことも、汚いこともあるけれど。
未だ煌々と点灯する、無数のネオンを見つめながら、ハクは思った。
それでも私はこの街が、好きなんだ。
「ねぇ。」
翌朝。律儀に八時出勤をしたネルが、不満を顔に貼り付けたような怖い瞳でそう言った。
「んー。なあに?」
ずず、とハクはトマトジュースをすする。翌朝、普段どおりの光景であった。
「そろそろ、月末の支払いなんだけど。」
その言葉に、ハクはびくり、と肩を震わせた。
「こ、困ったねぇ・・。」
昨晩、ミクから預かったお金は、あの年齢にしては相当の工面をしたのだろう。福沢諭吉先生が二枚分であった。そしてそのお金は、一時間の予定が三時間にずれ込んだホストクラブで、その殆どが消失している。男との会話はともかく、案外良い酒が置いてあったせいだった。いや、そもそも例のホストに泣き言を言われて、ついつい同情して、仮指名なんかをしてしまったことが最大の原因なのだが。
「困ったじゃないわよ!ということで行くわよ!」
「行くってどこにー?」
「し、ご、と、探しに行くの!それとも職安に行く?」
ネルは半ば叫ぶようにそういうと、ハクの首根っこを掴んで、無理やりにハクを立たせて、引きずるような勢いで歩き出した。
「わ、分かったから、自分で歩くからー!」
漸く諦めて、ハクは情けない声でそう訴えたのであった。
ヴァンパイアハーフ。
人と魔物の混血である彼女の普段通りの一日が、今日も賑やかに始まろうとしていた。
弱音ハク探偵事務所 完
弱音ハク探偵事務所【ハロウィン特別企画】(後半)
みのり「ということで。明日はハロウィンですね!」
満「ハロウィン企画ということで、ピアプロで活動されているlilumさんのアイディアから生まれた小説です。」
みのり「きっかけはツイッターでの何気ない会話からなのですが。」
満「ヴァンパイアハーフのハクに、売れない探偵事務所に、ネルが助手だけど正体を知らない、等々、基本的なアイディアは全てlilumさんのアイディアです。おかげで面白い小説が書けました。ありがとうございました。」
みのり「それでは皆様、明日は良いハロウィンを!」
コメント2
関連動画0
オススメ作品
おにゅうさん&ピノキオPと聞いて。
お2人のコラボ作品「神曲」をモチーフに、勝手ながら小説書かせて頂きました。
ガチですすいません。ネタ生かせなくてすいません。
今回は3ページと、比較的コンパクトにまとめることに成功しました。
素晴らしき作品に、敬意を表して。
↓「前のバージョン」でページ送りです...【小説書いてみた】 神曲
時給310円
もしも今まさにその指先が
シルシを迷っているのなら
選ばないで全て並べてみて
思い浮かぶものを見つめて
そうね今だからその唇が
コトバを探っているのなら
躊躇わずに全て落としてみて
願い募るものを感じて
気持ちに張り付いて現して
見透かされるのは怖いかも...一人称サブスクリプション
ろろあ製菓堂
愛されたい 抱きしめたい 寄り添いたい 触れ合いたい 満たされたい
手に入れたい 揺さぶりたい 慰めたい 気づかれたい 傷だらけ
笑顔見たい 寝顔見たい 子猫みたいな目を見たい 見つめてたい
でも知らない 知りたくない 何もしない 嫉妬しない 嘘だらけ
百千の星を割って 心が踊ろ踊ろと
感傷抱いて泣...千大欲求 feat. 初音ミク
HinyariYuu ひんやりゆう
6.
出来損ない。落ちこぼれ。無能。
無遠慮に向けられる失望の目。遠くから聞こえてくる嘲笑。それらに対して何の抵抗もできない自分自身の無力感。
小さい頃の思い出は、真っ暗で冷たいばかりだ。
大道芸人や手品師たちが集まる街の広場で、私は毎日歌っていた。
だけど、誰も私の歌なんて聞いてくれなかった。
「...オズと恋するミュータント(後篇)
時給310円
ミ「ふわぁぁ(あくび)。グミちゃ〜ん、おはよぉ……。あれ?グミちゃん?おーいグミちゃん?どこ行ったん……ん?置き手紙?と家の鍵?」
ミクちゃんへ
用事があるから先にミクちゃんの家に行ってます。朝ごはんもこっちで用意してるから、起きたらこっちにきてね。
GUMIより
ミ「用事?ってなんだろ。起こしてく...記憶の歌姫のページ(16歳×16th当日)
漆黒の王子
君がいなくなれば僕はどうしようか
穏やかに続いた日々すらもなくなる
それ以外大した悩みなんてそうない
どちらかがいなくなる日が来る前に
幸せをいつも手の届く場所におこう
近い未来を一緒に作り上げていたい
過去を振り返るのは程程にしておき
限りある余生を末永く満喫しようよ
心を打ち明けたら愛を伝えられ...それが愛なら
Staying
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
matatab1
ご意見・ご感想
レイジさん、こんばんは、お久しぶりです。
ハーツストーリーが休止……。ハルジオン(正確にはコンビニ、Re:presentからですが)から話が繋がっている長編小説。なかなか更新がされていないので、大丈夫なのかなと心配していました。
休止期間は充電期間だと捉えてのんびり待ってます。ひとまずお疲れ様でした。
ハーツともコンチータ様とも違う、現代を舞台にしたファンタジー、楽しく読ませてもらいました。助手なのに強気な人間のネルと、ヴァンパイアなのに私生活はなんとなく頼りないハクとの絡みがツボでした。
そして目立たないけど活躍なホストさん、超ナイスです。
2011/10/30 22:29:57
レイジ
お久しぶりです☆
休止すいません。。
ちょいと自分の中での構想がぐちゃぐちゃになってしまったので、一旦連載を止めさせていただきました。
ご心配おかけしてすみません。
そのうちのんびりと再開したいなぁとは考えているので、当面お待ちくださいませ!
さて、知人のアイディアから生まれた作品ですけれど、お楽しみいただけて幸いです。
学生の頃はちょいちょい歌舞伎町に飲みに行っていたので、なんとなく当時のことを思い出しながら書いてみました。名無しのホストですけれど、注目してくれればきっと彼も喜ぶでしょう・・w
ではでは、今後もよろしくお願いします♪
2011/10/31 21:23:14
lilum
ご意見・ご感想
こんばんは。うpお疲れ様です! 楽しく読ませて頂きましたよ!
いやはや、まさか私の妄想をこんな面白い作品にして頂けるとは・・・。とっても嬉しいです♪
どうもありがとうございました!!
P.S それにしても、まさかいきなり単身で暴力団事務所に乗り込むとは思いませんでしたよw ハクさん度胸も凄いなぁw
2011/10/30 21:39:49
レイジ
こちらこそ、面白いアイディアをありがとうございました☆
楽しく書かせていただきました。気に入っていただいてほっとしました^^;
ハクさんがホストクラブ行くところとか正直どうかな・・と思ったりしたり。。
んでも歌舞伎町といえば・・ということで^^;
ヴァンパイアの強さを表現するには暴力団と戦うのが一番かなぁと。
(なんとなく異形のもの、というイメージが沸かなかった&歌舞伎町を舞台にすると一番しっくりくる敵キャラだったってことも。。)
ではでは、お読み頂きありがとうございました☆
2011/10/30 21:49:24