人混みの中を早足に進みながら、ミクの気持ちは弾んでいた。
知り合ったばかりの友人に会いに行くからだ。
気の進まない結婚の憂鬱も、この時だけは忘れていられる。
その友人――メイコは、ミクにとって特別な友人だった。
彼女はこの国で出来た最初の友人であり、そして数多いミクの友人の中でも類を見ない人だった。
故郷の国での彼女は、いつも数多くの友人に囲まれていた。
その多くが音楽家だ。声楽家もいれば、演奏家も作曲家もいる。
みな比類ない才能の持ち主であり、そして秀でた才能を持ちながらも世に出られずにいた者ばかりだった。
そうした人間を見つけるたび、ミクは積極的に声をかけて交流を持った。
ミクはいつも彼らに惜しみなく援助をした。才能を生かす場所を設け、必要ならば資金も与えた。見返りに、彼らはすばらしい歌や演奏を聞かせてくれた。彼らは皆ミクに感謝と敬愛を示し、ミクも彼らに賞賛と激励を送った。それがミクと友人達との関係だった。友人とはそういうものだと思っていたのだ。
メイコに声をかけたのも、たまたま耳にしたその歌声に魅了されたからだ。
その時の彼女は、この港のそこかしこで流れる歌にあわせて口ずさんでいただけだったが、その伸びやかで張りのある声はミクの琴線に触れた。
きっかけを掴むチャンスとほんの僅かの後ろ盾があれば、彼女の才能は見出される。彼女は舞台に立ち、きっと最高の歌を聞かせてくれるだろう。
彼女がこの街の劇場に在籍してくれれば、これからここで暮らしていくミクにとっても心の慰めになる。
ほんの少しお膳立てを整えれば、すぐにメイコの歌声は彼らの目に叶った。ミクの推薦とブローチに刻まれたボカロジアの紋章もそれなりの後押しにはなっただろうが、それもまずは本人の資質があればこそだ。
チャンスを掴んだ彼女もまた、ミクに感謝とお礼の言葉を告げた。だが、その後も彼女の態度はずっと気安げなままで、ミクを崇めるように讃えることはしなかった。それはミクにとって新鮮な驚きだった。
メイコはそれまでの友人達とは決定的に違っていた。彼女はミクと会えば、その日一日の他愛もない話を語り、笑ったり愚痴を言ったりした。ミクの世間知らず振りをからかい、気に入らないことにははっきりと文句を言った。
何よりも驚いたのは、一人前の貴婦人である彼女を捕まえて、まるで年下の小さな女の子を相手にするかのような態度をとることだった。
「私、そんな小さな子供じゃないのよ」
ミクは少なからず彼女にそう言った。
「だって、そんな気がしてしまうのよ。ミクったら本当に箱入りのお嬢様なんだもの。時々、とても小さい子みたいな気がして、妹みたいな気がしちゃうの」
からかう様に笑う、メイコの眼差しは温かい。
「お兄さんが過保護になっちゃう気持ちが分かる気がするわ」
「別に過保護なんかじゃないわ」
「あんたの話を聞く限り、過保護じゃなくてなんなの。普通の兄妹は毎朝、食事の前にわざわざ部屋まで迎えに来たりしないし、お揃いのアクセサリーを作ったり付けたりしないし、夜会のパートナーだって毎回務めたりはしないわよ」
「そうなのかしら」
首をかしげるミクに、メイコは呆れたように頭を振った。
「これだもの、放っとけないのよねぇ」
仕方なさげにそう言って、また笑った。
「メイコみたいな姉様がいたら毎日楽しいわね。すごく元気になれそう。憂鬱なんて吹き飛んじゃうわ」
荷物を抱えて石畳を歩きながらミクは微笑んだ。
メイコと出会ってから、ミクは初めて知ることばかりだ。
新しく住み始めた街で耳にした噂話、生活の中のちょっとした知恵、故郷での田畑を耕すことの大変さと収穫祭の待ち遠しさ、どれもミクには珍しく聞き飽きなかった。
侍女のローラに頼んで用意して貰った林檎は、メイコのリクエストだ。故郷でよく作っていた、パウンドケーキを作ってくれるという。
『とっても簡単だから作り方も教えてあげる。不器用なあなたでも作れるわよ。どうせだから一緒に作りましょうか』
歯切れの良い彼女の口調を思い出す。
今日のおやつもお喋りも楽しみだ。
ふと見るとすぐ側を、似たような紙袋を抱えた少年が足早に通り過ぎた。紙袋を大切そうに抱えて、嬉しそうにほころんだ口元。きっと誰か大切な人が待っているんだろう。
今の自分もきっとそんな顔をしている。
少年の姿を見送り、ミクもまた林檎の入った袋を大切に抱きしめて微笑んだ。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【幕間】
ちょっと順番を差し替えました。幕間の小話になります。時系列としては、第0話の後に続く第0.5話と言ったところです。ここで入れておかないと、本編のどこにも入れられないことに気づいたもので。
いや、ホントにおまけですので、すっ飛ばしても全然良い話なんですが、めーちゃんの姉御気質とミク嬢の天然箱入りっぷりを、ちょこっと入れておきたかったもので。
シリアスな本編第6話に続きます。
http://piapro.jp/content/kkegbbaqhh349ss0
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