ヒュオォ・・・
寂しげに少し冷たい風が通り抜け、思わずリンはブルリと震えた。声はもう聞こえなくなった。だからもう、レンの元へと帰りたいのだが、体がそれを許してくれなかった。何かに操られるかの様にリンの体は一歩、また一歩と歩みを進めていく。そして階段を上り終え、目の前に少し錆び付いた扉が現れた。開けるな、心の内で誰かがそう言った気がした、けれどリンの体は糸にでも操られている人形の様にフラリと前へ歩み寄っていき、キイ、とその扉を開いた。
扉を開くと其処は屋上の様で、何も無い殺風景が広がっていた。コンクリートの床に鉄で出来た柵。空には満天の星空が広がっていた。
[待ッテタヨ・・・]
声が聞こえ、その方を向くと、誰もいなかった筈なのに、目の前の柵に腰掛けるような形で薄水色のワンピースに身を包んだウェーブがかった栗色の髪を持つ少女がニコニコと笑みを浮かべながらリンを見ていた。
「貴方が・・・私を呼んだの?」
リンが問うと少女はコクリと頷く。
[だってそうしろって言われたから]
「誰に?」
首をかしげ、リンが聞くと少女はおよそその年らしくない苦笑いを浮かべ、[そんな事を聞いても、無駄なだけだよ。貴女には、ね]と言った。
「私には無駄って・・・何よ、それ」
プウ、とリンが頬を膨らませると少女はその様子を見てクスクスと笑った。
[だって貴女が聞いたって分からない事ですもの。人にはそれ相応に見合った“コトガラ”があるんですもの。譬えそれが、]
そこで少女はニヤリと獲物を前にした蛇の様に笑った。その顔に思わずリンの顔は強張った。
[“ニンゲン”じゃ無くてもね・・・]
「あ・・・」
カクン、とリンの膝から、力が抜けた。操り人形の糸が切れた様に、その場に崩れ落ちる。それを少女は音も無く柵から降りるとリンの体を支えた。その体は、少なくとも、生きているモノの体温ではなかった。
[サァ・・・コレデ準備ハ整ッタ・・・。コレデ私ノ役目ハオ仕舞イ・・・。後ハ貴方ノオ手並ミ拝見トサセテ貰ウワヨ・・・]
先程までの少女の年相応の声ではなく、しわがれた、老人の様な、それでいて若々しい青年の様な、年が分からない声で少女は呟く。そして、闇に覆われている何処かを見た。その何処かにいたモノは少女の言葉にコクリと頷いた。
「此処だ・・・っ!」
バァンッと屋上への扉を思い切り蹴飛ばし(その衝撃で扉は壊れてしまったが)、蒼達は屋上へと辿り着いた。
「主、何だか嫌な予感が致します。此処は私にお任せを」
式が言うと蒼はコクリと頷いた。ス、と一歩前に出て、両腕を真っ直ぐに伸ばす。そして何か呟いた後、しゃがみ込んで両手を地面に付け、
「波」
と小さく呟くとその両手から ブワリ、と風が巻き起こった。風、と言ってもそれは式の髪をフワリと数秒の間宙に舞わせる程のモノだった。
パアァ、と地面が微かに光り、パリパリと空中で小さな雷が踊っている様なモノが現れ始めた。
「来たね・・・」
「うん、来た」
「うん、とても強いモノが」
ス、と指の間に数枚の呪符や護符を挟み、蒼や銀、金は臨戦態勢に入る。「来ますよ」と言う式の声と共に蒼達を取り囲む様にして、黒い影が現れた。
「悪霊退散! 厭驚恐鬼符、急々如律令!」
影が襲い掛かると同時にパッと呪符を飛ばす。ジュウウ、と言う音と共に影達は次々に消えていく。その様子から、蒼は何か気付いていた様だ。
「可笑しい・・・。さっきまで感じてた気配・・・この中にいるのからは感じられない・・・」
「感じられない・・・? それって如何言う・・・」
[こういう事だよ、小さき陰陽師達、そして、護身龍さん。それと・・・ボーカロイド、だっけ? 最近の子供は贅沢だねぇ・・・人間そっくりなこの子をその手元に置いておけるなんてね・・・]
後ろの方から声がして、振り返る。その扉があったその建物の上に、ユラユラとスラリとした足をぶらつかせながら、少女がニコニコと笑っていた。そして、その隣には・・・・・・
「リン!」
生気の無い目をしたリンが少女の肩に寄り掛かっていた。“この子”って・・・レンの事じゃなくてリンの事だったのか・・・! と蒼は己の愚かさにグ、と下唇を噛んだ。
[落ち着きなよ、えーと・・・レン君、かい? 大丈夫、この子・・・リンちゃんか、は死んでないから。いや、機械に“死”なんて無いんだっけかな?]
クスクス、と年に似合わぬ笑い方をすると、少女はリンをそのか細い片腕に抱き、スックと立ち上がった。
[私の役目は君達の内、どっちかを此処へ誘き出す事。それがどっちかなんて、確率は二分の一。今回はリンちゃんになっただけ。もしかしたら、レン君になってたかも知れないけど・・・。あぁ、そうはならなかったのか。成程? 祓う“チカラ”が強いのか、レン君は・・・。確かに、少し距離が離れてるだけでも気分が悪くなってくるよ。あれ、死んでるのに気分なんてモノがあるのだろうか? クスクス]
さも楽しそうに少女は笑うとストン、と少女は音も無く地面に着地する。そして、レンの方に近付き、リンを[ハイ]と手渡した。驚きながらもレンはリンを受け取った。その時に触れた少女の腕が恐ろしい程に冷たかったのを、レンは今でも忘れずにその感触を思い出す事が出来る。
[私はあまり戦いを好むモノじゃ無いのでね。余り悪い事もしない。それだけは分かってくれよ? 護身龍さん]
レンに触れた腕を痛そうに摩りながら少女は蒼の方を向く。蒼は無表情のままコクリと頷いた。
「霊だって悪い輩ばかりとは限らない、て知ってますからね・・・。早めに退散した方が良いんじゃないんですか? 此処にいる三人は皆、邪気を祓う“チカラ”に長けてますから・・・」
[言われなくともそうさせてもらうさ。さっきからレン君に触れられた部分が痛くて痛くてね・・・。こりゃ当分、こっちには来れ無さそうだ。あ、そうそう。君達が追っていたであろう巨大な影の事だけどね、]
ふと思い出した様に歩きかけていた足を止め、クルリと少女は蒼達の方を向く。
[私が祓ってやったよ。跡形も残さずに、ね・・・]
「な・・・。れ・・・霊が・・・同属を消した・・・? そんな事・・・」
[私には出来るのだよ。生前はそれを生業としていた。今では昔の話だがね]
再びクルリと背を向け、少女は歩み始めた。その後姿を見て、レンは微かな声で問いかける様に呟いた。
「貴方は・・・誰ですか?」 と。
するとその声が聞こえたかの様に少女は再びクルリと振り返り、レンの方を見て、こう言った。
[私の名を聞いて、驚くモノは驚くし、信じないモノは信じないだろう。けれど、此れが真実だ。私の名は、安倍晴明。元、陰陽師だ]
クス、と人を笑う様に少女は笑うとその姿は闇の中へと消えて行った。
「安倍晴明・・・って・・・女だったの・・・?」
呆然としながら蒼は呟いた、がハッとすると皆の方を振り返り、「それじゃ、帰ろっか」と言った。
数日後~
「何か何も覚えてないんだけど・・・」
「そりゃあねぇ・・・しょうがないよ、リン。殆ど操られてたみたいだからさ」
「む~・・・」
リンは自分が何も覚えていない事と自分だけ何も見えなかった事に不服を持っていた。
「それに、視える、視えないはその人の体質でもあるんだから。視えない人は視えないし、視える人は視える。視えて良い事ばっか、て訳でもないんだから。むしろ見えなくて良い、て時もあるんだから、さ」
「はぁ~い・・・」
まだむくれてはいたが、渋々と言った形でリンはスゴスゴと引き下がった。
「まぁ、何よりも、平和が一番だ、ね、レン」
「ハイ」
蒼に問われ、レンは少し苦笑しつつもその言葉を肯定した。
お仕事です! 3
終わりです。こんなに長くなるとは思いもしなかったよ・・・。
取り合えず阿部清明の漢字が間違ってないかが怖い。そして女の子(?)にしてごめんなさい。良いじゃん、アーサー王を少女で書いてる小説だってあるんだから(それと此れとは話が違うだろ
何か本当に余り自分が陰陽家とかについて余り詳しくないので(好きなんだけどね・・・)かっこ良く書けなくて残念です。うに~。
それでは、読んで頂き有難う御座いました!
追記:やっぱり漢字間違ってました; 阿部清明→安倍晴明に変更
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