【ミク】


 今日も天気が良い。
 暫く晴天が続いているな、と思うとなんだかうきうきとした気分になる。特に春は、晴れている方が良い。
 町の広場は今日も人がいっぱい居て賑わっている。
 昨日は一人で居ると考え事をして歌えなかったけれど、今日はちゃんと歌いたい。昨日カイトさんと歌った所為もあってか、気分は明るい。
 声を出して、気持ちを乗せて、みんなを楽しくさせるように、あたしも笑おう。
 何人かの人が立ち止まって聞いてくれる。一人で歌うときは、ちゃんとお客さんの事も見ていられるんだけど。カイトさんと歌う時は、二人で歌うことに夢中になってしまう。これを仕事としている身としては、ちょっと駄目かも知れない。
 歌い終わると、レンくんが声を掛けてきた。
「こんにちは、ミクさん」
「あ、レンくん!」
 いつもと変わった様子は無い。昨日のあれっきりだったらどうしようかと思った。
「良かった、昨日急に居なくなっちゃうし、あたしとカイトさんだけで歌ってレンくん放っておいたから怒っちゃったのかなって、思って」
「そんな事で怒りませんよ。すみません、昨日は急に用事を思い出して、ミクさんもカイトさんも楽しそうに歌っていたから、声を掛けずにいったんです。心配かけてごめんなさい」
「ううん、それならいいの。良かった、嫌われたらどうしようって思ったから」
 カイトさんの言った通りだ。用事があっただけだというのなら良かった。怒って帰っちゃったんだったりしたら、それこそショックだ。レンくんは、そんな子じゃないと思うけど。
 それは、カイトさんもよく解かってるんだろう。あたしよりずっと付き合いは流そうだし。…あたしより、カイトさんのこともよく知ってる、よね、多分。
「ねえ、レンくん」
「はい?」
「レンくんから見て、カイトさんってどんな人?」
 急にそんな事を問いかけられた所為か、レンくんが困ったような表情を浮かべる。まあ、当然かな。それでもちゃんと答えてくれた。
「良い人だと思いますよ。召使の僕にも優しくしてくれますし」
「そっか、うん。そうだよね」
 あたしだって、そう思うし。そう、なんだよね。
「ミクさん?」
「……緑の国では、カイトさんはすごい、女たらしだって、有名だから」
「…女たらし?」
 レンくんが驚いて尋ね返してくる。本当に、意外に思ってるんだなって事がよく解かる。暫く考え込んだ後、レンくんが口を開く。
「カイトさんは、女たらしというよりは、人たらしだと思いますけど」
「…人たらし」
「あ、ジョセフィーヌにも好かれてるから、生き物たらしなのかな?あ、ジョセフィーヌっていうのは、うちのお嬢様の馬のことですが」
「生き物たらし…?」
 馬にまでって。生き物たらしって、凄い表現だな、と思う。具体的にどんな感じかは想像できないけれど。
「うーん、つまり、カイトさんは生き物なら人間でも動物でも、何にでも好かれてしまう、という事でしょうか。多分、女性の場合はそれが顕著だから、女たらしなんて言われてしまったんだと思いますよ。…お父さんが貴族のお嬢さん方の相手をさせていたこともありますし」
 生き物なら人間でも動物にでも好かれてしまう…か。何だか昔聞いたお母さんの話を思い出す。お祖母さんが居た旅の一族には姫と呼ばれる家系の人が居て、その家系の人はどんな生き物にでも好かれてしまう、不思議な力を持っているんだって。
 その人と、何だか似ているのかも知れない。ただ、そのお姫様は女系らしくて男の子は全然生まれないらしいけれど。
 それにしても。
「でも、貴族のお嬢さんの相手をするのが嫌なら、断っても良かったんじゃない?」
「やっぱり、断りにくいんじゃないでしょうか。カイトさんは養子だそうですし」
「え…養子?」
 そんなことは、一言も言っていなかった。
 実の親子じゃないから。だから、止めたくても止められなかったんだろうか。今まで。だったら、あたしは、本当に酷いことを言ったんだ。今更言ったって、きっとカイトさんは気にしてないと笑うだけなんだろうけれど。
「子供の頃に養子に貰われて来たんだそうですよ。詳しいことは解かりませんが」
「そうだったんだ…」
 じゃあ、三日前に会ったあの妹さんも、カイトさんと血は繋がっていないんだろうか。睨みつけられたのを思い出して、ひょっとしてあの人も、カイトさんのことが好きなんだろうか、と思う。兄妹としてじゃ、なくて。
 だから睨まれたのかな、と思うと納得いく気がする。
 誰にでも好かれてしまう、っていうのはそういうことなのかな。
「二人とも、どうしたの?難しい顔して」
「っ!」
「カイトさん!」
 考えていた当の本人に声を掛けられて、あたしもレンくんも思わずびくっとなった。うう、何かあると言っているようなものだ。
 カイトさんはあたしとレンくんを交互に見つめて首を傾げている。
 だけど、とても話していたことを正直には言えない。
「どうしたの?」
「あ、いえ…ちょっと、ね?」
「は、はい」
 そして問いかけられても誤魔化してしまう。
 納得はされないだろうけど。でも、カイトさんはそんなあたしたちの様子を見ても大して気にした風でもないようだった。
「まあ、話したくないならいいけど」
 その一言に思わずほっと胸を撫で下ろす。
 追求されたら、きっと話してしまう。きっと、それでもカイトさんは気にしないんだろうけど、だけど、何だか口にしちゃいけない気がする。
 もしかしたらまた、カイトさんの表情が曇ってしまうかも知れないから。
「そういえば、レンくんはいつまでこっちに?」
「あ、今日、正午の馬車で帰る予定です」
「え…?じゃあ、もう行った方がいいんじゃないか?もう十一時半を過ぎてるよ?」
「えっ!?」
 レンくんが慌ててポケットから懐中時計を取り出す。随分、高そうな時計だ。働いている先の家で貰ったんだろうか。
 実際、もう随分日が高くて、お昼時だ。あちこちから昼食のいい匂いがしてきているし。
「本当だ!すみません、じゃあ、僕はこれで!」
「うん、気をつけて」
「慌てて人にぶつからないようにね?」
「はい。じゃあ、失礼します」
 つい初めて会った時のことを思い出して言ってしまう。レンくん、あたしなんかよりよっぽどしっかりしているんだけど、でも年下だし。
 走り去るレンくんを見送ってカイトさんと目を合わせる。
「間に合うかな?」
「まあ、今から走れば待ち合いには十二時前に着くと思うし、大丈夫だと思うけど」
「そうですね」
 だったらいいけど。正午なら高速馬車だろう。日に一本しか出ないから、乗り遅れたらまた明日になってしまう。
「そういえば、今日はもう歌ったの?」
「はい」
「…そっか、聞き損ねたな、残念」
 本当に残念そうに言われて、思わず笑みが浮かぶ。その顔が、何だか子供っぽくて可愛かった、なんて言ったら失礼だろうか。
「お昼御飯を食べたら、また歌いますけど」
「…うん、流石に昼まで抜け出しているのはバレるからまずいなあ」
 困ったような顔をして言う。というか、また抜け出して来たんだ。意外とアクティブというか、なんというか。
「そんなに言ってもらえるのは嬉しいですけど。明日もまた歌うんですから、明日聞きに来てください」
「うん、そうする」
 そう言って笑う顔が好きだと思う。
 優しくて暖かい声も、眼差しも何もかも。
 あなたがあたしに、あたしの歌を聞きにこうして会いに来てくれるのは何故ですか?少しでも、あたしの事を好きでいてくれるからですか?
 聞きたいことはあっても、声に出す勇気は、無い。あたしも、この人に惹かれてしまうたくさんの人たちと同じだったら、それだけで悲しいから。
 だから、聞けない。ただ、また会う約束が出来るだけで、今は満足だから。



 その翌日は、曇り空だった。
 こういう日は、何となく気分が沈む。
 広場までの道を歩きながら、今日はお客さんも少ないだろうな、と思う。でも、カイトさんとも約束したし、会いたいからそこまで行ってしまう。
 広場に着けば、やっぱり人通りが少ない。今日は歌ってもあんまり稼げそうに無いな。
 噴水の前のベンチに腰掛ける。
 カイトさんが来るまで、待ってみようかな。昨日は歌を聞けなかったのを残念そうにしていたし、それなら、今日みたいに人が少ない日は、カイトさんが来るのを待ってから歌ったって別に構わない。
 そんな事を考えていると、ふと目の前に見知らぬ男の人が二人立った。腰に剣を下げているから、何処かの貴族の衛兵なのかも知れない。
「あの…?」
「少し、話があるので来ていただけませんかね?」
「話…?」
 一体、何の話があるというのだろう。強面の男の人が二人、見覚えも全く無い人に呼ばれる用なんて思い浮かばない。
「ここじゃ、出来ないんですか?」
「ええ、内密な話なのでね」
「お断ります…って言ったら?」
 何処へ行くのか知らないが、人通りの無い所に行くのはごめんだ。此処もいつもよりは少ないにしても、人通りがある。此処で出来ない話なんて尚更、心当たりは無い。
 しかし、そもそもあたしに決定権は無いらしい。男のうちの一人が、カチリ、と剣を鳴らした。今すぐここで切ってもいいんだぞ、という脅し。流石に、それは嫌だ。
「…解かりました」
 怖い。
 怖いけれど、それをこんな人たちに見せるのは嫌だ。

 男たちはあたしが逃げ出さないようにか、両脇について歩いていく。促されるように広場を出て、どんどん人気の少ない所に行く。
 そして、路地裏の、本当に人通りの無い所に連れて来られた。
「一体、何の用ですか?」
「そうですね、あなたの命に用があります。今すぐ奪え、という意味で」
「あたしを、殺すってこと、ですか?恨まれるようなことなんて、した覚え無いですけど」
 じり、と一歩後退る。この先に行っても袋小路だ。そんなことはきっと、この男たちも承知の上だろう。剣を抜いた男たちの間を擦り抜けていく勇気も無謀さも無い。そもそも、本当に恨みを買った覚えなんて、全く無い。
「あなたには無くとも、うちのお嬢さんにはあるんですよ。ご命令には逆らえないもんで」
「…お嬢さん?」
 貴族の家の、お嬢さんの命令、という事だろうか。
 それで恨まれる覚え、なんて……。
 ひょっとしてカイトさん絡み、かな。ひょっとして。だとしたら筋違いもいい所だと思うんだけど、言ったって無駄なんだろうな。
 でも、死にたくない。どうしたら良いんだろう。
 足は竦んで動いてくれない。にぶく光る刃が恐ろしい。
「では、御機嫌よう」
 そう言って、男の一人が剣を振り上げる。
 嫌だ、死にたくない。
 だけどどうしたら良いかなんて解からない。解からないまま、あたしは無我夢中で叫んでいた。
「嫌!カイトさん!カイトさん、カイトさん!!」
 そんなあたしの叫びも、男たちは気にも止めず、剣を振り下ろす。あたしは思わず屈み込んで目を閉じた。
 キィン、と金属がぶつかり合う音がして、暫く経っても何の衝撃も来ない事でようやく、目を開けた。
 目を開けた、その先には。
 短刀で、男の剣を受け止め、あたしを背に庇うようにして立っているカイトさんが、いた。
「カイト、さん…」
 信じられない、という気持ちでいっぱいだった。
 叫んだところで、本当に来るなんて、思っていなかったから。
 カイトさんは、あたしを振り返らずに、男たちと対峙する。
「あなた方には見覚えがあります。大臣の家の衛兵ですね。お嬢さんの命令ですか」
 思いがけず、低く押し殺した声。あたしからは背中しか見えないから、そんな顔をしているか解からないが、男たちは一瞬怯んだようだった。
 カイトさんは短刀で男の持っている剣を押し返し、振り払う。そこで男たちの視線が、短刀に集中しした。
「それは、まさか…」
 呻き声に近い声が漏れる。あたしも、その短刀を思わず凝視する。菖蒲の印を刻んだ、鮮やかな青い色をした短刀。信じられないものを見るような目で、あたしも、男たちも、カイトさんを凝視する。
 それは、青の王家に伝わる、宝。
 王家の人間のみが許される、証。
 それを手にしているということは、即ち、彼は。
「青の王家を敵に回したくなければ、二度と彼女には手を出さないことです」
 決然と言い放った言葉は、威厳に満ちていた。
 そして、本当にあたしは、カイトさんのことなんて何も知らなかったんだと、改めて実感した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第十二話【カイミクメイン】

ヒーローはヒロインのピンチには助けに来ないと!
さて、これからどんどん複線回収していきます。

閲覧数:455

投稿日:2009/04/30 21:21:10

文字数:5,148文字

カテゴリ:小説

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  • 甘音

    甘音

    その他

    >エメルさん
    こんにちは。
    はい、マイペースでどうぞ。

    必ずとは言いませんが、ヒロインのピンチに来てこそのヒーローかと。王道大好きです。
    好きだと言っていただけて嬉しいです。

    ヒロインの心理描写だけとは言いませんが、個人的にミク視点でカイト好きー!と言っているのを見るのは好きです。でもみんなの視点で見るのも好きですよ。
    私も分け隔てなくみんな好きです。どんなキャラクターでも書いていれば愛しくなりますね。

    そりゃ、嫉妬するでしょう。まず原因を調べて、それがわかれば排除する。そういう思考に行ってしまうのも無理はない、と思っています。好きな男に振られているところで涙を見せない、という点で「強い」という表現です。まあ、確かに方向は間違ってますけどね。
    カイトと青の国の関係もこれから書いていきます。ネタばれは控えたいので内緒ってことで。
    ミクも同様に。
    ともかくも、これからどんどん話が急展開になっていきますが、お付き合いください。

    2009/05/06 17:42:51

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    こんにちわ~
    心配おかけしてすみません。マイペースで読ませていただきますね。

    ヒーローはヒロインのピンチには必ず助けに来る、ですか。うん、王道ですね~
    中世風ラブストーリーには王道的展開は必須かと。こういうの好きですよ。

    むむ、みなさんヒロインの心理描写が好きなのですね。私は断然主人公の心理描写が好きです。男性であれ女性であれね。
    だからカイト視点が一番好きなのかな。でもミク視点も他の視点も好きだし・・・まぁ視点がある=主人公みたいなものですしね、分け隔てなくみんな好きということにしておいてくださいw甘音さんの表現が上手いから結局どれもこれも引き込まれちゃいますよ。

    あは、なんだ大臣の娘はやっぱり嫉妬してたんですね。カイトは「強いんだ」って思ってたみたいだけど強さの方向性がwww女の嫉妬はやっぱ怖いですね。これが国家権力を持った者なら・・・リン・・・やばすぎる
    カイトが王族だってことがはっきりしましたね。かくぽとは兄弟に当たるのかな。この先王族間同士という色合いが強くなりそうな気がします。もっともカイトとミクは王城から出された者だからリンが戦争を起こさない限り国家間問題まで発展はしなさそうですが。そういえばこの2人がどうして出されたのかはまだ分からないんですよね。どのような形で物語に影響してくるかこの先楽しみです。
    その前にルカの問題があるかなぁ。出来るだけ穏便に片付いてくれるといいですね。ルカも苦しんで欲しくないから。

    2009/05/06 13:14:22

  • 甘音

    甘音

    その他

    >自給310円さん
    王道ですか?
    はい、王道大好きです。はまるカップリングはマイナーの方が多いですけどw


    いつも感想ありがとうございます。
    ヒロインの心理描写ですか、そうなのかー、私はカイト視点を書いている時が一番楽です。なんか。ただ私も読むのはミク視点の方が好きかも知れません。
    カイトの謎のひとつが明らかに…なってない、かな。これからちゃんと説明も加えていきます。
    カイトが養子になった理由とかいろいろ、ね。これからの展開、怒涛としか言いようのないものになっていくので、何とかついてきて下さるとうれしいです。
    ルカに関しては…そのうちに。ルカさんも可愛いなあと思うんですが。
    続きも頑張って書きますね!

    2009/05/03 23:29:06

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    なんというww
    甘音さん、アナタどこまで王道まっしぐらなんですかwww

    というわけで、こんにちは甘音さん。今ごろノコノコやってきて読ませて頂きました。
    今回は、待ってましたのミク視点。カップリングものを読む時は、とかくヒロインの心理描写が楽しみで楽しみでw 読む側ってそういうものですよね、あれ、俺だけ?
    そんな調子で読み始めた今回のお話、まず何より言いたいのは。
    いやはやカイトめ。黙って見ていれば何事だ、白馬の王子様気取りか、て言うか本当に王子か、おのれw
    って事ですね。これは本当に急展開。カイトが王子か……にわかにリンレン達との繋がりが色濃くなりましたね。あ、ミクもそうか。絡まりが見え始めた王族たちの運命の糸、本当におとぎ話のようですね。これからの展開が楽しみです。
    これからの展開と言えば、これにルカがどう絡んでくるのかも個人的に楽しみだったりします。ミクがちょっと気にしてましたし、2人が対峙するのもそう遠くないのかな?
    とにかく! 今回も大変ごちそうさまでした(ぇ 次回も楽しみにしています!

    2009/05/03 11:15:12

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