――――――――――#7
猫村いろはは垣を見上げた。なんとも無粋な、信長の気持ちが分かるような戦いを舐めた造りだ。
「これは、面白い趣だな」
一人ごちたのを、巡音が耳聡くして返事をする。
「ここの主人は何分、変わり者ですから」
「左様か。見れば分かる」
猫村はぶっきらぼうに返事をする。呼んで置いて旅館の造作は知りませんとのたまう凡庸ではないのだし、皮肉を殊更に押し通すのもバツが悪い。
「何が!?料亭だろ!?」
「亞北准将はいいですから」
竹垣の、僅かに斜めってる竹垣の上の方に、斜め切った竹が銃眼を作っている。神威の奴なら、「あれは防御の役に立とう」とか言いそうだとか思った。無作法な奴だが、刺身でも食えば機嫌が直るような奴だから、今の時点でちょっと待たせているのを含めても、十分にまだ大丈夫だ。
「でもこの竹垣、結構強そうだな」
「は?」
亞北ネルと弱音ハクが掛け合いをしているが、猫村いろはは加わらなかった。何故なら、同類とは思われたくなかったからだ。巡音ルカが解説を始めた。
「この竹垣の造りは、この料亭『竹櫓』の主人が考えた趣を反映しています。もしもの戦のために、防御の拠点として不足を取らない為の竹垣だと聞いております」
「すげえな!この料亭、通りで隙が無いと思ってたんだ!」
「止めて下さい。料亭なんですよ」
「だろうな。使えるかもしれないとは思っていた」
「猫村司令!?」
弱音ハクが素っ頓狂な声を上げる。だけれどもちょっと、軍人として興味を惹かれないかといわれれば、ちょっと以上にはある。
「いうてもなー。料亭の名前も『竹櫓』やろ?狙ってるやろー」
門をくぐりながら、油断無く内側に目を走らせたが、この距離は間違いなく空堀の効果がある、分かってる奴の指図や。
「この料亭の亭主は、何もんや」
「……、元は攻響兵です」
「ほぁーっ、立派になりよったな!」
言いながら、いろはは考える。巡音、結論から出しよって、それ以上聞かれんやないか。この巡音からして元攻響兵やのに、突っ込んで聞かれへんで。それも巡音は計算しよる。これはあかん奴や。
「リムジンだけで終わった人とは、偉い違いやね。いや、立派や思うよ?」
「うぐ……」
こいつ、選挙の資金を親の実家から出して貰ったらしい。聞けば親がこそばゆい経緯で実家と縁切ってたのを、リムジン騒動で親に頭を下げさせたと、噂で聞いている。
「お前らは私に嫌味を言って何が楽しい!」
「別に亞北准将の事なんか言ってませんよ、とりあえず、今日は飲みましょう!」
この面子の中で一番可哀想な人が吼えてはるので、ちょっと遠慮しようかという気持ちを起こした。その時、女将が戸口を開けて出てきた。
「お待ちしておりました。お先に来られた方は別室でお茶立てさせて頂いてます。お座敷にご案内しますので、どうぞ履き物はそのままで」
「やはり神威殿は着いていましたか。少々道が混んでいたもので」
「ええ、ご立派な方ですが、御戦友の方ですか?」
「直接は知らないのですが、神威殿はこちらの猫村殿が親しいと聞いております」
「はあはあ、これは猫村様。お久しぶりです」
お久しぶりです。その言葉に、場が凍りついた。忘れる筈もない顔と、隠す気のない赤毛。見た瞬間に分かったけれども、それは猫村だけの話で、なんで他の奴等が知っているかどうか、探りを入れないのだろう。
「ああ。黙っていればいいものを、なあ。メイコ、久しぶりだな」
「お待ちしておりました。今、仲居に案内させますので」
皆が呆然としている気まずい空気を置き去りに、メイコは忙しそうに去っていった。あいつ、今も予備役だった筈だ。いつか呼び戻してやる。
「ハク」
「ご存じなかったので?」
「あいつが勝手に退役してから、一切関わりはない」
くそ、やられた。あいつは三十六連環計とか揶揄された、策略の天才なのだ。
「どうせ、商売人が軍に関わると変な噂が立つから振れ回るなとか、そんな事を私が言ったんだろう?」
「まさか」
「あいつを見るのは、退役してから今日が初めてだ!話すのもな!」
いけしゃあしゃあと、よくも店など出していたものだ。本当にいつか召集してくれる。
仲居が戸口の向こう側に見えた。メイコはともかく、とりあえずはご馳走によばれなければなるまい。巡音をほぼ押しのけるようにして、いろはは中に入っていった。
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