葛流市立博物館。地元の人間からは葛流の森と呼ばれており、東京ドーム十一個が収まる程の大きさだけあって森の名も伊達ではない。中には四季の木々花々を見て回れる公園や遊歩道。森の一割に相当する大きな池がある。また文化面での施設も充実しており、博物館、コンサートホール、古代家屋を復元した広場、工芸作製の窯場、バーベキュー広場にキャンプ場。ベッドタウンで家々が密集している葛流市民にとっての憩いの場となっている。
約束の日は、生憎心咲の家の都合で延期となる。その日は高校が入学式の為一般生徒は休みとなる日だった。部活動は全面的に休みとなるので、それを見越したフット同好会長の新垣の提案だったが、家の事情では仕方が無いと、次の日曜日の日となった。

召集当日。今日は風が穏やかだが日差しが強く、夏と思えるほど暑い。博物館の坂下にある石畳の広場は休日と言うこともありカップルや家族連れなど往来が多い。そんな中、一台のバスが停留所に止まるとゆかりが降り立った。今回の事件を焚きつけてしまった為に、仲介役として約束の時間よりも三十分早い時間に到着した。彼女はパープルのチュニックに黒のレギンスと、今日の気温に合わせて軽めの服装でやってきた。曲線の綺麗な足にブラウンのショートブーツが大きく見え、アンバランスでありながらもフェミニンさが強調され可愛らしさが溢れてくる。ブーツを鳴らしながら広場の案内掲示板にやってくると、一人ただずんで約束している二人を待った。
十数分後に来たのは心咲だった。白いカットソーにスカイブルーのブラウス。ボトムスにはタイトなスキニージーンズだ。長身で顔つきも大人びている事から、学校で見る彼女とは垢抜けた印象を受けた。
「心咲ちゃん!お疲れさまー」
ゆかりが手を振り挨拶をすると、近づいてくる心咲も返した。
「ゆかりさん、お疲れさま」
天気の話題、服の話題などで軽く盛り上がっていたが、その数分後に話を遮らなくてはならなくなった。ズボンのポケットに手を突っ込みながら大智がやってきたのだ。大智は締まったボディラインが浮き出んばかりのネイビー地のシャツ。ボトムスには白の膝丈パンツを着用して、彼らしいスタイリッシュでスポーティーな装いだった。二人の間には緊張が走った。
「お、お疲れさまー」
先ほどの心咲にしたような軽やかさはなく、緊張のあまりぎこちなささえ感じられるような挨拶だった。
「おっす」
頭を軽く下げて言った。元々目付きが悪い上、無愛想。ゆかりにしてみれば眼を付けられている相手でもあるので、やはり距離を詰めにくい相手だと感じた。
「休みのところごめんね」
「ああ、いいよ。別に」
いつにもましてぶっきらぼうな節があるが、言葉数が少なく、どことなく照れているのではないかという節も見受けられた。
「・・・」
心咲はと言うと、大智に対して申し訳なさと恥ずかしい想いでいっぱいだった為か、言葉が出なかった。挨拶も頭を軽く下げるだけ。言葉もゆかりが代弁してくれているので喋りたくなかったし、長身にも関わらず、ゆかりの後ろに隠れてしまいたいくらいだった。
「心咲ちゃん?」
うつむいたまま微動だにしないのでゆかりが思わず声を掛けた。
「三波、大丈夫か?」
ゆかりに続いて大智も心配するが、そんな気遣いに益々緊張が高まってしまう心咲だった。
「あ、うん!大丈夫、大丈夫!」
作り笑いで何度もうなずいて見せるが、その焦り方はどうみても大丈夫ではない。それを察したゆかりは大智にわざとらしさを残し、少し声を張って言った。
「大ちゃん、先に行っててもらっていいかな?」
「え、でも三波が・・・」
心咲を心配しているのは分かっているが、ゆかりは大智の言葉を遮って、微塵の威圧を込めながら改めて言った。
「お願いだから。うちらは休んでから行くよ」
「お、おう」
ゆかりの想いまで伝わったかは怪しいところだが、ここにいてはいけない感覚を植え付けたのは成功したようだ。
「池のテラスで待ってる。二人とも無理しないようにな」
二人に背を向け、大智は池の方へと消えていった。
「ちょっと休んでからいく?」
「足が震えちゃったよ・・・」
今の心咲はゆかりが思っていたよりも過剰には見えてはいるが、小心者で引っ込み思案の人間だ。そんな彼女が自分の言葉を信じて起こした行動に責任を感じずにはいられない。ベンチの所まで連れて行くと、とりあえず心咲を座らせた。呼吸を整えながら心咲は自分の不甲斐なさを嘆いた。
「ああ、やっちゃった。私って緊張しいだからダメね」
「そんなことないよ。彼に告白したって聞いた時はビックリしたもん」
「あれは・・・買い物に行った時、回ったお店の先々で出くわしてたら、一緒にお昼食べないかって誘われて、そのまま告っただけなんだよね。まあ結果はご存じの通りなんだけど」
「そうか。でも私にも相談して欲しかったよ」
「ごめん・・・」
「なんて言われたの?」
「実は早良くん、今月からサッカー部に復帰するんだって」
「え!なにそれ!初耳なんだけど!」
確かにその話は事実であったが、知っているのはフットの会長をはじめとする役職者のみだった。
「無用な混乱を避けるために、皆には言わないよう口止めはされてたんだけどね」
ゆかりはその話を聞いた時、つばさは知っているのかが気になっていた。
「それは前から言われてるから、別に混乱はしないっしょ」
「私もそう思ったんだけど、早良くんは女子フットにもマネ監として残りたいんだって」
「え!マジで!」
自分と同じ境遇になるので、今までの叱咤に対して軽減か反攻が打てると一瞬期待した。
「ゆかりさんが早良くんの事どう思ってるか知ってるよ。私も今まで一緒にいて止めて欲しいなって思ってた。でもランチの時にゆかりさんの話題になったんだけど、彼はメンバーと共に、チームで出来るフットサルをして欲しいって言ってたんだ」
「チームで出来る・・・か」
この間の紅白戦の時のゆかり中心のマークは、てっきり自分へのいじめだと思っていた。だからこそ闘争心をむき出しにして点を取ろうと躍起になっていた。
「ゆかりさんの才能なら早良くんも分かってる。それに輪に掛けたような自由奔放でわがままっぷりが許せなかったみたい。早良くんは努力の人だからこそ、何でも出来ちゃうゆかりさんが羨ましかったのかもね」
「そんな・・・」
「いままであなたのサポーターだったけど、本音を言うとフットに打ち込んでもらって、成部一年目で全国制覇を目指して欲しい」
「勝負は時の運だよ」
「そうだね。でもゆかりさんがいればそれも夢でないような気がする」
べた褒めされるもどかしさ。今までの自分では想像すら及ばなかった過大評価に戸惑っていた。
「でもこの数ヶ月間ゆかりさんと行動を共にして思った。自由奔放でわがまま。自分のやりたいようにする。だからフット部だけで縛り付けるのは、結月ゆかりじゃないような気がする」
「・・・うん」
「早良くんのことはあるけど、ゆかりさんのやりたいようにやるのがいいと思う。どんな結果であれ応援する」
励ますつもりが励まされ、大智の擁護かと思いきや自分も擁護されていた。今まで見守っていたつもりが自分もしっかりと見守られていたことが嬉しくもあり恥ずかしかった。
「ゆかりさん、博物館のダイヤモンド見に行きましょうよ!高校生まで無料なんだし!」
心の整理が付き、気を取り戻した心咲に手を引かれ、石段を登っていくと博物館の中へと入って行った。入り口で学生証を見せると、そのままチケットの半券を渡され中へと入って行った。中々お目に掛かれない巨大なダイヤモンドを一目見ようと見学客で賑わっている。半券を握りしめて列に並び、二階の特別展示室の巨大なイエローダイヤモンドの前にやって来た。月の雫の展覧にはガラスで囲まれたケースが角筒状の卓に安置してあった。周囲一メートルには立入りを制限する縄で囲まれており、その両隣には筋骨隆々の警備員二名が立っていた。
「うわぁ。ダイヤモンドなんてお母さんの婚約指輪で見たくらいだけど、比較にならないわ・・・」
心咲は生活感溢れる感想を述べ、隣のゆかりを見てみると自分以上に感動している様子だった。だがそれはこの場に相応しくない感動であると分かった。
「ゆかりさん・・・?」
彼女の呼びかけで我に返った。
「なんか吸い込まれそうになっちゃったよ」
「ゆかりさん、もしかしてアレが欲しいだなんて思ってないよね?」
「ま、まっさかぁ~」
冗談めかしていうが、ゆかりの返事がまんざら冗談っぽく聞こえなかった。
「え、何その上辺だけのかるーい返事」
「いやいや、無理でしょう。強そうな警備員のお兄さんがいるんだし、あそこ」
ゆかりが指さした先は赤いカーテンの影となっているところだったが、そこには監視カメラがレンズを光らせている。それを聞いた心咲はゆかりの両手首を力強く掴み、大きな声で言うのだった。
「あのね!盗みはダメだよ!」
正義感が沸騰し、思わず大声になってしまう。すると、警備員を含め周りの目線を一斉に集めてしまった。二人は、しまった、と自責と羞恥の念に駆られていたが、そこへまさかの救世主が現れた。二人が良く知る人物ではあるが、それはゆかりの誤算でもあった。
「こらこら!こんなところでしょーもないコントしないの!」
背の低い彼女は自分より長身の二人の腰を押しのけ、順路の出口に追いやった。
「桐間・・・さん?どうしてここへ」
つばさはハイウェストの花柄ピンク地のロングワンピース。トップスはデニム地のブラウスだがワンピースと縫合して一体感がある。頭にはちょこんと乗っかったようなブリムの広い麦わら帽市を被り、春らしく、且つ可愛らしい服装であった。
「それは落ち着ける場所に行ってからの方が良さそうだな」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん! THE PHANSY #6【二次小説】

4.月の縁に導かれて 前編

本作は以前投稿した小説怪盗ゆかりんの前日譚にあたる作品で、
主人公が怪盗になる経緯を描いた物となります。

ご本家様5万再生おめでとうございます!
遅くなりましたが作品執筆に影響が出なくなるであろう頃に、
新作の「探偵IAちゃんVS怪盗ゆかりん」を拝見しました。
多「え・・・ゆかりん八重歯・・・だと!?」
多「桐生ポニーテール!ショートカットじゃなかったんかーい!」
と別の驚きで一人夜な夜な騒いでおりました。
全体的に賑やかで楽しい雰囲気が好きですね。
今後のゆかりんワールドが楽しみです。
そして百合要素は不可欠なのか(困惑)

作品に対する感想などを頂けると嬉しいです。

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 ※※ 原作情報 ※※

原作:【結月ゆかり】怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風オリジナルMV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm21084893

作詞・作曲:nami13th(親方P)
イラスト:宵月秦
動画:キマシタワーP

ご本家様のゆかりんシリーズが絶賛公開中!
【IA 結月ゆかり】探偵★IAちゃん VS 怪盗☆ゆかりん!【ゲームOP風MV】
http://www.nicovideo.jp/watch/sm23234903
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【※※ 注意 ※※】
当作品は動画「怪盗☆ゆかりん!」を原作とする二次小説作品です。
ご本家様とは関係ありませんので、制作者様への直接の問い合わせ、動画へのコメントはおやめ下さい。
著者が恥か死してしまいます。

閲覧数:331

投稿日:2014/05/02 22:54:10

文字数:4,025文字

カテゴリ:小説

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