いつから自覚していた?

自分が他人と同じだと。


自分は普通だと、なぜそう信じていた?


どこから狂い始めた?

人生の選択は。



自分は他人と何ら変わりはない。

その主張が間違っていると気づいたとき、自分はとても愚かだったろう。



人を助けることは善いことで。

人を見捨てるのは悪いこと。


人を生かして希望を与えるのは正義で、

人を殺して絶望を植えつけるのは邪悪。


絶望に生きる人に光を見せ、沼の底から救い上げる。

そんなことはたくさん起きている。表側の、ニセモノの世界では。

美談として、人々の間に語り継がれることもあるのだろう。

それは正義なのだと。


だが、希望を奪い、嘘で塗り固めた言葉で囁いて騙すことは。

自分の利益のために、人々を踏みにじって願いを掴み取るのは。

それは悪魔の所業だと、誰かの陰で話される。

世間一般の認識では、間違いなく「やってはいけないこと」になる。


どうして?

それも、正義ではないのか?

何故、世間というものだけで、決め付けられなければならないのだろう。



世間のルールは変えられない。

誰かが、たとえ国の権力者が声高に叫んだとしても、大多数によりもみ消される。


嗚呼、馬鹿げている。

「悪いことは駄目、善いことをして人の役に立て」

幼くまだ自我の薄い子供にずっとそう言い聞かせ、社会の都合の良い道具に育てる。

世間的に『悪人』と呼ばれる人物が、自分の手先となるように幼い頃からそう育てる。

セカイでは、後者のほうが真っ先に批判され、切り捨てられる。

だが俺からすれば、どちらも変わらない。どちらもただの洗脳だ。


いい子悪い子普通の子。

いいことをした子には褒美を、悪いことをした子には罰を。

学校という政府の機関で、お遊戯のように、ひたすら『社会の役に立つ知識』を学ぶ。

その様子は、俺にはとても不思議な姿に見えた。



そんな自分が他人と違うことに気づいたのは、胸に病気を抱えていたと知ったとき。

自分以外の存在が、やけに恐ろしく思えて。

恐怖と嫌悪感が心を占め、奥底でがたがた震えている。


そんな気持ち悪い怪物になった…いや、元からそうであったのだろう。

そんな自分が、他人とは違うことが、とても嫌だった。

自分が異常であることを知られるのが、酷く恥ずかしくてたまらない。

だから羊の皮を被った。道化のように笑みを顔に貼り付け、普通のように演じ、世間を騙していた。


教師という職業を選んだのに、これといった理由はなかった。

子供達と触れ合って、自分の心を普通にしたい。

多分、それだけだったと思う。


大切な人を作るつもりもなかった。

もし誰かを好きになってしまったら、壊してしまいそうだったから。

自分の感情は異常なのだ。

家族以外とは、全て『演技』で接した。


全部偽って、人生を傍観するだけの日々を送るつもりだった。


それなのに、俺は、罪を犯した。

『人を好きになること』。


それがどれだけ危険なことか、自分でもわかっていたというのに。

こんな自分が普通に暮らすなど無理な話だというのに。


俺は…、あの日、消えない罪を背負ったから…





< Another side:memory >

『 Memoria 』






一応、理性というものが俺にもあるらしく、それで様々な感情を押さえ込んでいた。

例えば…そう、極端な例では『殺意』

時々、ふとした衝動で、誰かを手にかけたくなることがあった。

なんの理由もなく、ただその場だけの考えで。


なんとか普通に見えるように、周りに合わせて演じ続ける。

そんな自分が、恋愛をしたら?

間違いなく、相手を不幸にさせてしまう。

恐らく、彼女を苦しめることになるだろう。


年を重ねるごとに、そんな気持ちが募る。

だが反対に、『自分は本当に怪物なのだ』という現実も、重くなっていく。



早く消えてしまいたかった。

気持ち悪い自分が、当たり前のように存在していることが嫌だった。

誰にも道化だと気づかれないように、なるべく自然な形で死にたかった。

自殺では駄目だ。少しでも躊躇ったら、死にたくても死に切れない。それは地獄だ。



恋愛をしたくなかった理由はもう一つ。

大学時代、ある経験をしたからだ。


名は一応覚えてはいる。

傲慢で、常に誰かを見下しているような奴だった。

俺だけでなく、周囲からも明らかに嫌われていた。


そんな奴と、講義の話で、奴の家で話し合ったときのことだ。

俺が言うことではないが、奴はなかなか偏見があり、気に入らない意見は力でねじ伏せる。そんな奴だった。

その日、互いに意見がぶつかって口論となり(と言っても、奴が一方的に怒っていただけだったが)、奴は関係ない話まで持ち出したのだ。

それも、俺が一番見抜かれたくなかったこと――『偽っている』ことを。


結構ボロクソに言われた。

奴は誰に対しても暴言を吐くような人間であったが、言われたくなかったことを言われた俺の心に、それは深々と突き刺さった。


最も、普通の人間なら、怒り返すだけで済むだろう。

だが生憎、俺は異常者だった。

その時の行動は衝動に任せてしまったものであった。




「…ふざけるな」

机の上にあった、銀色の何かを掴む。

「お前は永遠に一人?ただの偏見で何が言える?」

そいつの胸倉を掴んで思い切り突き飛ばした。ごき、と何かが折れる音がしたが、構わず近寄った。

「ふざけるな、わかったような口を訊くな」

鳩尾に蹴りを叩き込み、踏みつける。奴が咳き込むが無視する。

「俺が今までどんな気持ちで生きてきたか、お前にはわからないさ。わかってもらう気もないけどな」

獲物を構え、明らかな敵意を向ける。

「偽りの仮面?中途半端な道化?そんなもの、好きでやってるわけじゃねえんだよ…」

振り下ろす。

「俺だって、普通の人間だったらどんなに楽か」

何度も何度も。

「お前に俺がわかるか?違うな、誰だって大多数の人間は理解できない」

まるで学習しないように。馬鹿の一つ覚えみたいに。

「勝手に他人を評価して早とちり。挙句の果てにはありもしない嘘を信じ込む…滑稽だね」

一箇所だけに留まらず、複数の場所に。

「気に入らないね…ふざけるなよ…」

止まらない。

狂気が持つ怪しい音色は、時として無自覚に人を魅了し、他人の音を歪ませる。



「…ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな―――」




『お前如きが』

俺ヲ見ルナ。

不愉快ダ。


ジャアサ、ソンナニ嫌ナラサ。


…壊シチャウ?



    ――壊す?




壊せばいい。

気に入らないなら全部、全部全部、この世から跡形もなく、壊してしまえ。


壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ壊せ







 …消えちゃった?











…正気に戻ったときには、俺は血の海のど真ん中に立っていた。


視界が悪い。眼鏡は酷く汚れていたので、赤い水溜りへ投げ捨てた。元々視力は悪くないし、伊達だったから。

両手が濡れている。何かが左手から落っこちた。拾い上げると、それは手術に使うメスだった。倒れているこいつの…いや、かつてそうであったモノの、所有物だった。

そこまで見たところで、ソレから目を逸らす。


やけに冷静な頭は、状況を理解するのが早かった。

あぁ、そうか。ただの塊になったそいつよりも、もっと滑稽な話じゃないか。

怪物は、また罪を犯したのだ。



「…っ、そうか…俺は、」


禁忌とされていたことを、


『殺人』を、


この手で…。






胸ポケットから取り出したそれを咥え、小さなライターで火をつける。

ほとんどオイル切れではあったが、かろうじて日はついた。

ため息と共に煙を吐き出しながら考える。


「さて、どうしたものか…」


取り返しのつかないことをしたというのに、不思議と気持ちは静かだった。

胸を突く後悔もどす黒い悦びも、どうしようもない罪悪感さえも湧いてこない。

それどころか、何の感情も感じない。

やはり俺は、とんでもない怪物なのだろう。


人として当たり前の感情でさえ、俺は失ってしまったことを知った。

もう人じゃない。

ならば…せめて、社会のルールに則って、法に裁かれよう。

怪物が、理性を失くさないうちに。


再び、過ちを犯さないように。



空虚で曖昧な心が意思を持つ。

その瞬間、煙を吐き出し続ける無自覚の『意識』が、水面に落ちた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Memoria --『Preludio』--

【Preludio】イタリア語で『前奏曲』。プレリュード。
他の組曲の前に演奏される器楽曲。

「止まらない、狂気が奏でる独奏歌」


というわけで、ちずさんの「ヤンデレな白衣がっくんが見たいです!」な話です。
パラレルワールドの話なので、本編とはほとんど関係ないです!
え?まだヤンデレじゃない?
ごめんなさい、ただの精神異常な話になっちゃいました。

…で。
今回は前奏曲。
ならば、次に演奏するべき曲は?

閲覧数:511

投稿日:2014/03/06 22:24:02

文字数:4,173文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • しるる

    しるる

    その他

    前半のをみると、悟ってるなーって思ってしまう
    結構、同意なんだよなー
    所詮、善悪は価値観だし

    「天使と悪魔の置物(10)」
    *近所の骨董市で売られていた廃ひ……わかる人にはわかる一品

    2014/03/14 01:24:51

    • ゆるりー

      ゆるりー

      だいたい価値観で決まっちゃいますよね。世間も評価も。

      ようするに、あまり理解されないと…w

      2014/03/14 21:30:05

  • みけねこ。

    みけねこ。

    ご意見・ご感想

    読んでてビックリしましたけどコメント読んでほっとしました。
    パラレルワールドかあ・・・。
    あ、面白かったです!

    2014/03/08 12:49:21

    • ゆるりー

      ゆるりー

      パラレルワールドでないと成り立たない話ですからね。

      ありがとうございます!

      2014/03/09 01:18:43

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