「そうなんだ・・・俺は長男だからいずれ伯爵位を継ぐことになるけれど・・・でも、陸軍兵としても働きたいって思っているんだ。」

 そう言って目の前の青髪の彼はこちらを振り返った。煌めく瞳を向けられて、自分の心臓がどくんと跳ねる。

「だからね、どっちも頑張ろうって思っているんだ。どっちかだけを頑張るよりも・・・大変なのは分かっているけれど、でも、どっちも頑張りたいから。」

 この時期に良く似合う眩しい笑顔を浮かべながら、貴方は自分の夢を語ってくれた。

「・・・困難な事は、多いと思いますが。」

 向けられた視線を受け止めながら、こちらからも彼を見つめながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「カルロス様なら、きっと出来ると思います。頑張って下さい。私は、カルロス様の事を・・・ずっと応援しています。」


 貴方のお傍で、貴方の夢を支えたい。その本心は伝えられずに、ただ、彼の夢の成就を願う言葉を口にのせた。


 ***


 カルロス様と初めてお会いしたのは、私が八歳で彼が十一歳の時だった。

「「ワールズエンド伯爵?」」

 お仕事から戻ったお父様が口にした名を・・・二つ上の大好きな姉、ルカリア姉さまと一緒に復唱する。二人分の声を聞いたお父様は、にこにこと笑っていた。

「ああ。伯爵は国境沿いを治めているから、普段はそちらにいるんだが・・・用事があって王都に寄ったので、挨拶したいと言って来てくれたのだ。」

「そうなのですね。」

 海軍大将である父にはたくさんの貴族の知り合い及び友人がいる。なので、王都に来たからと言って本邸の方に挨拶に来る方も少なくはなかった。

「では、わたくし達もご挨拶した方がよろしいですか?」

 ルカリア姉さまがそう尋ねると、お父様は『そうだな。お前たち二人も準備をしてきなさい。』とおっしゃった。なので、支度をするために二人で屋敷の中へと戻った。


 ***


「初めまして。カルロス=アール=ワールズエンドと申します。」

 涼しげな色合いの少年が姉さまと私に向かって笑いかけた。そして、少年・・・カルロス様はそのまま手を差し出した。

「・・・?」

 向けられた手の意味が分からず首をひねっていると、隣にいた姉さまがすっと動いて、差し出された手を握り返した。

「・・・初めまして、ルカリア=デューク=コーンフィールドと申します。ようこそおいで下さいました。」

 私は、二人が握手しているのをぼんやりと見上げていた。そうか、この少年は握手を求めていたのか・・・。

「カルロス様、でよろしいですか?」

「はい。ええと・・・貴女がルカリア様で、隣の方がミリア様、ですね。」

「同じ年頃ですし、もう少し砕けた呼び方でも構いませんよ・・・そうだわ、ミリア、ご挨拶を。」

 そう言った姉さまの柔らかい視線に後押しされ、こちらも自己紹介をした。

「ミリア=デューク=コーンフィールドと申します、宜しくお願いします!」

 そう挨拶して、ドレスのすそを摘まんで膝を折った。なかなか上手く挨拶出来たと思ったのだけれど・・・目の前のカルロス様は不思議そうな顔をしている。

「え・・・挨拶なら・・・。」

 そう言って手を差し出そうとしたカルロス様に向かって、姉さまが話しかけた。

「カルロス様、淑女の挨拶とはこういうものです。何も不思議な事はありませんよ?」

「・・・そうなのですか?」

「はい。てっきり・・・先ほどは、わたくしが海軍に出入りしているから、挨拶の仕方をそちらに合わせて下さったのだろうと思っておりましたが。」

 その瞬間、カルロス様が驚いたような表情になった。そんな事考えてもいなかった・・・そんな表情だ。

「あ・・・すみません! 挨拶に男女の違いがあるなんて、知らなくて・・・。」

 慌てているカルロス様をちらりと見た姉さまが、くすりと控えめに笑った。そんな事だろうとは思ったけれど。そんなつぶやきが聞こえてくる。

「いいえ、握手の方が挨拶にふさわしいと思いますし、お互いまだ成人していませんもの。社交界にも出ておりませんから、問題ないですわ。」

 慈愛に満ちた表情で、よどみなく話す姉さま。姉さま自身まだ十歳なのに、そう話しかける様子は既に大人のそれだった。

 そんな姉を憧れの眼差しで見つめていると、『あの・・・』と控えめに声をかけられた。

「良ければ、君も・・・。」

 声の主はカルロス様だ。先ほどのように・・・自身の手を、私の目の前に差し出している。

「握手、してもらえますか?」

 はにかんだ顔でそうおっしゃったカルロス様。差し出された右手を、どこか浮足立った心地で握り返した。


 ***


『コーンフィールド家の誰かとワールズエンド伯爵令息との婚約話』


 ・・・が持ち上がっているのだという話を耳にしたのは、私が十一になろうかという時期だった。今月の暮れに行われる私の誕生パーティーの準備をしている際に、指示を受けにいったメイドの一人がお父様に聞いたのだと言って教えてくれたのだ。

「メリア様は婿君を取られるお立場ですし、リリア様はまだ三つですし・・・ルカリア様かミリア様だろうと思うのですが。」

 当日の衣装を決めるために、ドレスや髪飾りを出し入れしているユリカがそう言う傍らで、同僚のイリアが頷いていた。イリアの方は、しまいこんでいた小物に虫食いや破損がないかを確認している。

「まぁ・・・年を考えたらそうなるわよね。」

 年だけなら、ね。確かにどちらも釣り合うだろう。

「ミリア様、これはチャンスですよ!」

 私の髪に櫛を通して、実際に髪飾りを当ててどれがいいだろうかと思案していたライナが声を張り上げた。櫛をぎゅっと握りしめて、勇ましい顔をしている。

「チャンス? どういう事?」

 ユリカとイリアが不思議そうな顔で問う。そんな二人に向かって、ライナは人差し指を立てながら得意げな顔で答えた。

「だって、ミリア様がカルロス様と結婚なされば・・・ミリア様が幸せになれますもの!」

 きっぱりと言い切ったライナ。一方、二人は未だに首をひねっている。

「確かに・・・伯爵であれば・・・こちらとも釣り合うとは思いますが。」

「ワールズエンド伯爵領は経営も安定しておりますし、嫁ぐのに支障はないでしょうが・・・。」

 そう呟く二人に向かって、種明かしをするようライナに言いつけた。嬉々として話し始めたライナと驚いている二人を尻目に、私はテラスの方に出る。

「そう。年と家柄だけなら・・・私でも、カルロス様と釣り合うけれど・・・。」

 胸に苦いものがこみ上げる。そうなればどんなにいいか。そうは思うけれど、ルカリア姉さまも候補の一人なら・・・そうならない可能性の方が高い、だろう。

「だって、私は、軍の事や領地経営なんて、何にも分からないもの・・・。」

 海軍の方とはいえ、ルカリア姉さまはお手伝いをしているから軍に詳しい。軍で働く助けになるだろうから、と言って・・・メリア姉さまに匹敵するレベルの勉強もこなしている。おまけに、あの美貌だ。二つしか違わないのに、姉さまはとても大人っぽいのに、一方の私の方は・・・。

「カルロス様は軍の仕事も領地経営もどちらも頑張りたいとおっしゃっていたわ。そのパートナーとなるならば、そんなカルロス様をお傍で支えるというのならば、絶対、私よりも・・・。」

 分かりきった結論に、それでも受け入れがたい事実に・・・ひとりでに涙がこぼれた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

【カイミク】 公爵令嬢の回想

個人ブログで連載している『海賊将校と運命の花嫁』という話の中に出てくる、ヒロインルカリア様の妹、ミリア様のお話です。今年のミク誕小説としてブログ等に投下していたのですが、こちらにはまだだったので・・・。

作中ではすでにカルロス様と婚約していて婚約式もあげたミリア様。その二人の出会いと婚約までのお話です。

前のバージョンに続きがあります。確かあと二つくらいあったような・・・。


『作中キャラのモデル一覧』

ミリア・・・初音ミク
カルロス・・・KAITO
ルカリア・・・巡音ルカ
メリア・・・MEIKO
 ↑すでに本文中にも登場

イリア・・・IA
ユリカ・・・結月ゆかり
ライナ・・・Rana
 ↑今のところ今作のみ

閲覧数:414

投稿日:2015/11/12 18:07:24

文字数:3,115文字

カテゴリ:小説

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