目覚めは明け方近くのことだった。
小さく咳き込む呼吸に、浅いまどろみの中にいたカイザレは飛び起きた。
良く出来た人形のように身じろぎひとつしなかった少女の睫が震え、うっすらと瞼が開く。
「ミク!」
「お兄様・・・」
カイザレの呼び掛けに、かすれ気味の声が応えた。
ぼんやりと煙る碧の瞳が、まだ薄暗い部屋を見回す。ややあって、故郷の離宮だと気付いたらしい。
「ここはボカリアね・・・。良かった・・・シンセシスの王宮に運ばれたら大騒ぎだったもの」
ひどく弱弱しい微笑みに、カイザレは衝動的に伸ばしかけた手を、きつく握り締めた。
「・・・こんなことに使うために指輪を渡したんじゃない」
絞り出すような声が震えた。語気を荒げてしまいそうになるのを必死に抑えこむ。
自制していなければ、今にも弱りきった少女を掻き抱いて、身の内で荒ぶるやり場のない激情をぶつけてしまいそうだった。
「ひとつ間違えれば、本当に生命が危なかったかもしれないんだぞ。何故、時間を稼がなかった?少し時間を稼げれば、こんな危ない橋を渡らなくても、お前を助けられたのに」
「それだけの余裕がなかったの・・・。相手が殺気立っていたから、自殺したと思わせるほうが安全だと思って。それにお兄様が来てくれると思ってたもの。・・・あれからどうなったの?」
話しているうちに意識がはっきりしてきたのか、ミクが半身を起こした。制止の声を上げかけたカイザレに、意固地に首を振る。
思いの外しっかりとしたミクの声に、彼は深く息をついた。
「まだ賊は見つかっていない」
「そう」
「貴金属にも金にも一切、手をつけられていなかった。物取りの仕業じゃない。相手の顔を見た?」
「――・・・顔は隠してたわ。大柄な男よ。きっと誰かに雇われたんだと思う」
「その誰かが問題だ」
カイザレは、枕元のサイドテーブルから小さなナイフを取り上げた。
傍らの蜀台に小さな火が点されて、ミクが眩しげに目を瞬いた。
「随分うかつな暗殺者だ。武器を残していくなんて。よほど、こういう事態に慣れていないらしい。・・・問題はこの部分だ」
指先が、凝った装飾の施された柄の部分を示す。
「それは?」
「王族の紋章だ。クリピア王家のな。固有の意匠は双頭の鷲」
「双頭の鷲?」
ミクが、その顔に戸惑いを浮かべた。
「クリピア王家に、そんな意匠を持つ人はいないはずよ。先代も、先々代も。もちろん今だって」
「その通りだ。今や、クリピア王家の直系は王女を残すのみだが、彼女ならば意匠は薔薇だ。二輪咲きの黄金の」
カイザレの言葉にミクが頷く。
王族の家紋とは別に、王族の個々人が所有する紋章は、多くは男性が動物か武具、女性は花を意匠にしている。その中でも薔薇は女性の印章に最も多く用いられる花だ。
逆に鷲となれば通常は男性を示す。
だが、それはもはやクリピア王家には存在しないはずのものだ。
「クリピアは、争いの耐えない国だ。現王女の即位前には王位を巡って長く内乱が続き、即位の後にも周辺の他国への侵略を繰り返している。あの国の水面下でどんな不穏な動きがあってもおかしくないが、もし今回のことにあの国が関わっているなら・・・」
「どうするの?」
「さあ、どうしてやろうか」
はぐらかすように薄く笑い、彼はこの話題を打ち切った。そんなことよりも、今は目の前の少女の回復が最優先だ。
無理をする妹を横にさせ、労わるように頬を撫でる。
「お前は何も考えず、ゆっくり休むといい。すぐに始末をつけるさ。ここにいれば、もう何も危ないことも恐ろしいこともない」
世話をさせる侍女を呼び、カイザレは部屋を出ていった。
意識が戻ったばかりの彼女は、まだ長々と話をしていられる状態ではない。
つかの間ひとりになった部屋の中では、少女がじっと何かを考えるように部屋に飾られた花を見つめていた。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第6話】後編
第7話に続きます。
http://piapro.jp/content/9c2c0b504e70f9i3
勝手に個人の紋章とか作ってみた。
レン君の意匠が鷲なのは、某レン君の本気曲からです。じゃあお兄様は虎でしょうか。ちょっとそれは微妙かも・・・。
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