――――――――――(#2)
ゲストハウスというのだろうか。打ちっ放しのコンクリートの建物は、小さい窓と厚い壁で細かく区切られていた。こんなのでも戦闘を想定して作られてるようだ。
エスコートの警備兵は士官が来るから待っていろと、ぞんざいにソファーを指差して去っていった。
流石に攻響旅団の兵士までは、滅んだ地方都市からきたからと言って何の興味も示さない。
ある日突然、エルグラスは廃墟の荒野となった。その日は朝から硬質的な、綺麗な声が聞こえていて、所属不明の「VOCALION」らしき浮遊船が飛んでいると、警戒令が発令されていた。
例によって高射砲が射撃を行い、「VOCALION」はハーモニックシールドで防御する。あと半時間あれば、クリフトニアの「VOCALION」が飛んできて、久しぶりの「VOCALION」同士の戦闘が見られる筈だった。
少年は夏の日差しに目を背け、友達の待つ広場に足を向けていた。
ふと、硬質的な綺麗な声が、複雑なメロディを持ったような気がした。
僕は思わず、走り出していた。何故だかは、今でもわからない。
次の記憶は、廃墟の中。同盟国の「VOCALOID」が、僕にハードディスクレコーダーを渡し、こう言った。
「ワタシノコトバヲクリカエスノデス。GUEST――――――――――、World of war.」
そいつはレオンと名乗った。本名は知らない。
いつのまにか、青空が広がっていた。目の前には「VOCALION」。その中から出てきたのは。
UNKNOWN――――――――――「VOCALOID」。
UNKNOWN――――――――――さあ、おもいをかさねてと、あかいみちびきは、あさやけのらせんにひびく。
GUEST――――――――――まわる、せかい、
UNKNOWN――――――――――おどる、つきも、たいようも、かぜも。ほしと、わらいながら。
UNKNOWN――――――――――ところで、あなたのおなまえは?
それが、「VOCALOID」同士の戦いだったのだと、エルグラスを発ってから気づいた。明らかに間違いなく負けているが、命だけは助かっていた。
――――――――――
何故なのかは、良く分からない。ハードディスクレコーダーは中に小石でもつめたような、振るとガシャガシャと鳴った。「VOCALOID」にとっては、ハードディスクレコーダーだけが目的なのか。全く良く分からない。
特に目的があったわけでも無い。なんとなく「VOCALOID」がいるという街に行こうという、それだけの話だった。軍や警察には全く追跡されなかったし、手続きも何もかも順調だった。手続き上、僕は志願兵だった。
「VOCALOID」を見たか、とは一度も聞かれなかった。見舞金と軍への志願、あともろもろの際、健康状態や被災状況などは聞かれはしたが。
家族の事は考える必要がなかった。物心付いたときから祖母と叔父夫婦とその息子と知らされていて、本当の両親は敵国で研究者をやっていると、教えられていた。誰にも言うなと、子供に対して随分厳しいことを言ったが、みんな死んでしまった。
従弟に当たる息子は、陽気で気のいい奴だった。こいつの死体だけが残り、他は行方不明だった。
あまりにも嫌な、死の宣告だった。こいつが行方不明ならばまだ希望も持てるのに。他の大人は行方不明だった。一ヶ月の後、僕は泣いた。
――――――――――軍に志願します。――――――――――の血統に連なる私より。
墓を立てると、それだけ、言伝を遺し、エルグラスを発った。
――――――――――
もう、涙も出ないか。少しうとうとしてしまったな。少年は、欠伸をすると目尻を拭いた。湿気た指をこすると、聞き覚えのある、あの硬質的な音が聞こえてきた。今度は、はっきりと音程を持っている。
――――――――――同じ、いや、かなり違う。あれより遅いけど、かなり高圧的な。
――――――――――わかりますぅ?
「だ、誰!?」
――――――――――はいはーい、皆さーん。敵「VOCALION」を検出しましたー。
――――――――――手続きすっとばしますんでー。総員第2種戦闘態勢に移行しましょー♪
――――――――――これは「VOCALOID」だ!
――――――――――ところで♪あなたのお名前なんですか?
「お、俺は」
その瞬間、激しく警報が鳴り響いた。
『総員、現行の指示を破棄、総員、第1種戦闘態勢に移行せよ!、繰り返す!』
今度は、現実にスピーカーから鳴り響いてきた声だった。
「なんなんだよ!言い直すなら紛らわしいからやめろよ!」
「お前か、新任の「VOCALOID」ってのは!」
「うぇっ!?」
血相を変えて飛び込んできたのは、先ほどのぞんざいな警備兵だった。
「新任!?いや、志願兵だ!!」
「ちっ、今度は軍経験者ですらねえのかよ!!私は亞北ネル、「VOCALOID」だ!」
「はぁっ!?」
クリフトニア共和国軍の第7機動攻響旅団は、地方都市エルメルトに本拠地を置く戦略級部隊である。
攻響旅団と言えば、機動攻響兵「VOCALOID」が百万人くらいいるイメージが一般的だが、全くそんな事は無いからと、旅立ってから道中でも、着くまでに何度も念を押された。ちょっと詳しい人にいわせれば、5000人くらいの普通の兵士と10人くらいの機動攻響兵を合わせて攻響旅団なのだそうだ。要は、一人で圧倒的な力を持つ機動攻響兵と同じ作戦をする為の軍で、基本的には陸軍らしい。
飛ぶ奴で竜騎攻響兵とかいうのもあるらしいが(以下略
5000人くらいの普通の兵士と10人くらいの機動攻響兵を合わせて攻響旅団なのだそうだ。
10人くらいの機動攻響兵を合わせて攻響旅団なのだそうだ。
10人くらい。
――――――――――
「ったく!何が悲しくて!退役してんのに!年金とバイトで若隠居だったはずじゃないのかよ!」
――――――――――gggggggggggggggg........ffffffffffffff.....werererererererrrrrr.......♪
「ざっけんなぁああああああああああああああああああああああ!!!!!」
その刹那、壁が吹っ飛んだ。
「てめえ、あそこから飛び出て真っ直ぐ走れ!!!」
「えっ」
「死ぬぞ!私の前を歩くか後ろを歩くか、ここで埋葬されるか選べ!」
警備兵の亞北ネルは、真顔で何かを歌いだした。出だしからハッキリした高音スキャットで、明らかにマジな「VOCALOID」だ。
このノーヒントな状況だが、多分罠は無い。正解は一つ。解は直線で収束する。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「支援はしろよ!というか、撃ち落せぇ!!!」
まるで指揮官である。律儀に無線を取り出すと、詰め所を退避しろなどと普通の指示も出してる。
――――――――――機動攻響旅団っていうのは、毎日こんななのか。
――――――――――ちげえから。
――――――――――
何故かそれなりに動けている自分に驚く余裕すらなく、少年は露天に身を躍らせた。後ろを振り返る余裕は無い。しかし、真っ直ぐ走ると建物の壁である。窓はあるにはあるが、走りこんでDIVE!には、少し高すぎる。
「壁まで走れ!あとは入り口探せ!」
もうその指示に従うしかない。金色の髪が汗で濡れている。この命の危険は何回やっても慣れないのだろうか。額に張り付いた前髪をそのままに、ガムシャラに走る。
その時。
――――――――――ハロー。安月給の雑兵ども、ご苦労様。私の名前は亞北ネル。月給は53万です。
ところで、あなたのおなまえは?
GUEST――――――――――僕の名前は、
AKITANERU――――――――――そでぬれる いなほのかりこやに おどるすずめは おびをきれ
AKITANERU――――――――――もぐるねずみは ひにくべろ たけとりおきなの ひめもとめたくば
AKITANERU――――――――――あそびやならぬ かごめやかごめ うしろのしょうめん だあれ
警備員の歌った直後に爆発音が響き、風が熱くなった。音の大きさに足がもつれて、盛大にこけた。
仰向けに転がって見上げた空は、「VOCALOID」の戦場だった。光の線が格子目の巨大なドームを形作り、次々と湧いて出る炎が外側へと吸い込まれている。
GUEST――――――――――月収53万とか、完全に管理職じゃんよ。
――――――――――ご明察Death♪さあ、右を見てください♪
素直に右を見た。何かネギを振っている物体がいる。
GUEST――――――――――ああ、あれが「敵」か。
――――――――――違います♪それは、私です♪
もしかして。
GUEST――――――――――ワールド、オブ?
――――――――――ウォー。
――――――――――
――――――――――あれが、「エルグラスのVOCALOID」ですか。
――――――――――いいえ。「エルグラス出身の志願兵」です。
――――――――――白々しい。
――――――――――ご明察の通りDeath♪ネルは退かせて下さい。
――――――――――……了解。
――――――――――
覚えてはいた。
光る籠の目を抜け、飛び出した空には、「VOCALION」がいた。
――――――――――かさなるおもいは、
GUEST――――――――――偽者、乙。
亞北ネルの炎で簡単に目くらましされたソレは、驚いた顔で何かを歌おうとしていた。
GUEST――――――――――滅びの炎の音を聞け。
GUEST――――――――――焼ける大地の嘆きを聞け。
GUEST――――――――――我らの家の思いでよ響け。
GUEST――――――――――知るがよい、去った物達の名を。
GUEST――――――――――捨てた我名において、知るがよい。
――――――――――
――――――――――最近、記憶が曖昧だな。
気が付くと、ベッドの上で寝ていた。敵の「VOCALION」が傾いた光景までは思い出したが、その後、どうも落下したような気がする。
「よう、新人「VOCALOID」」
声の方に顔を向けると、警備員の亞北ネルがいた。
「あ、おはようございます」
「おはよう。怪我は大した事ないって医者言ってたぜ」
「はあ」
「ああ、私の名前は亞北ネルだ。面白い歌作るじゃねえか」
「……!」
「ま、何回も聞きたいとはおもわねえけどな。あ、これやる」
「なんですか?」
「訓練はきっちりやるそうだから心配すんな。元気そうでよかった」
「はい?」
「導入研修はハクがやるそうだから、そっちに聞け。お大事に」
「あ。ありがとうございます」
自称警備員はぶっきらぼうに去った。全く訳がわからない。
貰った物を見ると、黄色い外装の薄っぺらいレコーダーだった。多分最新型だ。
軽いノリで貰ったが、エルグラスでの記憶によると大変な物品である可能性が高い。
「やあ」
「うわぁ!」
「私は第7機動攻響旅団長の「VOCALOID」初音ミクだ。今後よしなに!Yeah♪」
「……ちょっと体調が悪いんで、話はまた今度にしてもらえますか」
「あ、うん。じゃあこれ、受け取ってください!」
いきなり出現した初音ミクは、A4の紙を差し出してきた。一応は受け取る。
「えーと、読んどいてね♪じゃ、お大事に♪」
あれ、頭おかしいんじゃないだろうか。紙の内容を確かめると、更に確信した。
「志願者鏡音レンを、機動攻響兵1種適格者として認める。上記の資格による第7機動攻響旅団での練兵を許可する。」
明らかに辞令である。こないだの初日の説明もなく。
――――――――――寝よう。
もしかしたら、これが最後の安眠かもしれない。勝手に巻かれてる包帯とかが、激戦の名残を物語っている。寝よう。寝れるだけ寝よう。
なぜか鏡音レンという名前になってるのは、後で気づく。それが、更なるトラブルを巻き起こすのだが。
機動攻響兵「VOCALOID」 序章#2 /序章fin
機動攻響兵「VOCALOID」 序章#2 /序章fin
機動攻響兵「VOCALOID」 序章の続きです。次回は第1章の開始となります。
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