整備室はやはり薄暗くて縁起悪そうな場所である。中央にはベッドが一つ置かれているだけの小さな部屋。周囲には何かの機械がいくつか置かれている。
 マスターが無言のまま手でカイコにベッドに行くよう指示。カイコは恐る恐るベッドに腰をかけた。とても居心地の悪そうな表情で不安げに、遠慮がちに座っている。
「そう固くならなくて良いよ。もう来るから…」
 マスターがカイコを見ずに言った。マスターの予告通りすぐにドアが開いて隊長が入室してきた。腕にはぐったりとしたカイトのオリジナルが抱かれていた。マスターが隊長にベッドに下ろすよう指示すると生気のないカイトのオリジナルが全く動く気配を見せず横たえられた。
「これが君のオリジナル。覚えているかな?ほら、ここの傷は特徴的だね」
 マスターがカイコの隣にやって来て、ただの人形と化したオリジナルを解説し始めた。
「この体に戻ったら、君はどうする?こんな所を抜け出して、どこか別の場所へ行くかい?野良ロイドには世知辛い世の中だ、すぐに追い出しはしないけれど新しいマスターを探すならそこの端末から登録すると良いよ。本来は私がやる事だけど、自分でやりな」
 マスターは感情のない平坦な声でこの先の手順を説明した。
 アンドロイドは今やペットと同じ扱いである。マスターは所有するアンドロイドに責任を持たなければならない。時折身勝手なマスターによって登録抹消の末捨てられたアンドロイド達が野良ロイドと呼ばれ苦しい路上生活をしているがこうした野良ロイドの末路は野良犬や野良猫と同じである。
「さぁ、やろうか?私も別に暇じゃないんだからサクサクやろう。隊長、ちょっとオリジナルをそこの椅子にでも座らせておいてよ。カイコ、ベッド空いたら横になりな。スリープモードに移すから暴れたりしないでね?」
 マスターはほとんどカイコを見なかった。カイコをスリープモードに切り替えて工具を用意して、結局カイコは何も言えないまま意識を失った。

移植後―――
 カイコはカイトに戻った。
 カイコがカイコであった中核、記憶や個体を識別する部分をカイコから取り出し、椅子に座らせていたオリジナルに移植する手術だ。この手術はかなり難しく、マスターの腕の良さが分かる手術である。中核とはとてもデリケートなパーツで失敗すれば核は記憶や個体識別機能を失いリセットされる。最悪は機能を停止してまったく動かなくなると言う代物だった。
「?マスター、起こしますか?」
「いや、そのまま寝かせときな。私の手術が失敗したと思うなら起こしても良いけど…」
 マスターが移植後のカイトの再起動を待たずに部屋を出ようとしたので隊長がカイトを無理矢理起こすかと聞いたのだが、マスターは遠巻きにそれを制した。カイトの再起動フラグはもう立ててある。手術が成功ならば後は勝手に起き上がる仕組みだ。マスターはカイトを一瞬横目に見て部屋を出た。

身内用ブログ―――
 ○月×日
  もう何度目かの失敗。やっぱり私では魂までは造れない。これはただの入れ物だ。
 ○月○日
  彼に「誕生日何が欲しい?」って聞かれた。私は無理なお願いと知りながら「太陽のように明るくて爽快な心」と言った。「はぁ?」って言われた、ちょっとショック。
 ○月△日
  誕生日、彼は私に紅いメモリーチップをプレゼントしてくれた。こんな所まで私の好きな色に拘ってくれるちょっぴり気配りさんの彼。こっそり自慢。
 ○月◎日
―――――――――

リビング―――
 休日の昼下がり、本来ならテレビでも見ながらのんびりしている所なのに一騒動起きていた。
「てめぇ、カイコを何処へやった…!」
「全く、君は実に暴力的だ。少し落ち着いたらどうだい?」
 普段ならこの時間リビングでテレビを見ているはずのカイコが居ない。外に出た形跡もなく、部屋にも戻ってもいなかった。タイトが何か画策している事を知っていたアカイトはタイトに掴みかかって問い詰めている所だった。
「何の騒ぎ?…」
 いつの間にか騒動の場に出てきたマスターがケンカ中のアカイトとタイトを目撃して尋問が始まった。アンドロイドは基本マスターの言う事に逆らえない。
「マスター、こいつがカイコを…!」
「僕は何もしていない」
 明らかにタイトを犯人と決めつけたアカイトがそれでも余裕で答えるタイトに腹を立てて「まだ言うか!」と言う様子で更に強く掴みかかった。
「やめな、アカイト。つか、カイコカイコってうるさいな!あんたカイコの何なわけ?!」
 イライラとした調子で怒鳴るマスター。やはりマスターの様子がおかしい。アカイトはマスターのぎこちなさに気付いてタイトを掴んでいた手を緩めた。マスターもアカイトの様子に気付いて口角を上げた。
 話を聞こうと駆け寄るアカイトはマスターに突進する勢いがあった。その様はまるでマスターに襲いかかる野獣のようだった。運命の悪戯か、そんな時に限って第三者は現れる。
「アカイト!!」
 叫んだのはボーカロイドではない、人間の男性だった。
「リク…!」
 駆け寄ってアカイトとマスターの間に割って入りマスターを庇った男の名はリク。正真正銘人間の男である。
「お前、まだ居たのか…!」
 アカイトに掴みかかるリク。リクの様子は尋常ではなかった。
「待って、待ってリク!アカイトは…」
「黙れ!こいつは…こいつは壊れている!前に言っただろ!何でまだこいつが居るんだよ!」
 一見すると恋のライバルに嫉妬する男の図にも見えるのだが、半分ハズレである。実際リクはマスターの恋人だし、アカイトは他のボーカロイドとは違っていた。そもそもカイトタイプは一律でアイスが好きと言う設定である。そこから派生しても味覚が正反対になっているのはアカイトだけだった。
「リク、リク違うの!アカイトは、アカイトは…!」
 一生懸命リクに伝えようとするマスター。しかしマスターの伝えたい事がリクには伝わらない。
「あんたは毎度変わらねぇな!俺の顔見りゃ壊れてるかよ!いい加減にしろ!」
「聞き分けのない奴だ!何度でも言ってやる!お前は壊れている!お前のその態度が何よりの証拠だ!!」
 アカイトは今にも殴りかかりそうな状態のままストップした。
「お前は自分のマスターに逆らう事ができる。本来アンドロイドはマスターの命令に絶対服従、逆らうと言う事は壊れていると言う事だ!」
「!!」
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」
 機械の力を生身の人間が支えられるわけもない。振り下ろされた凶器からリクを守ろうと飛び出したマスターにアカイトの腕が襲いかかる。
 主に逆らうボーカロイド。緊急停止装置さえ働かない壊れた機械。そして襲う凶器は弱くて脆い生身の人間へと降りかかる。振り下ろす力を制御できない、庇う盾は逃げる事もできない。誰も望まぬ最悪のシナリオが赤いページを造り出そうとしていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

合成亜種ボーカロイド9

話がぶっとびすぎている気がしますが
『合成亜種ボーカロイド』シリーズ第九弾(´・ω・`)

さてさて、そろそろ終わらせたい気持ちで一杯の私なのですが…
ちょっと展開とネタに困りまして、急転回+ぶっ飛びが入りました事お詫び申し上げますorz
とは言え、この作品を見て下さっている方が居るかどうかからまず怪しいなんて思ったりするわけですが…(長いとか難しいとか意味不明とかあるだろうし…

もしここまで付き合って下さっている方いらっしゃいましたら嬉しく思います。本当にありがとうございます。
そろそろ終わりも近付いていると思うので是非最後まで見て行って下さいませ。

閲覧数:100

投稿日:2011/03/26 17:53:30

文字数:2,830文字

カテゴリ:小説

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