今日は、年に一度のハロウィーンの日。子供達は無邪気に笑っていたが、街の大人達は過剰なまでに何かに怯えていた。
“ハロウィーンの悪魔”。この街には、ハロウィーンの日に男女二人を殺す殺人鬼が毎年いた。現場には自分に繋がる手がかりを残さず、代わりに必ず黒猫の毛や足跡が残るという不思議な共通点があり、その正体は20年前に初めて現れて以来今だ謎である。
私服警官が毎年見回っているが、毎年必ず事件が起きてしまっていた。
俺は、街を見回る警官の一人。この街で生まれ、この街で育った人間だ。“ハロウィーンの悪魔”に友達と両親を殺され、奴を捕まえ復讐する為に警官になった。周囲を監視しながら建物の側で一服してると、黒猫の仮装をした二人の子供が駆け寄ってきた。
「trick or treat! おじさん、お菓子持ってない?」
気付けば、子供達からおじさんと呼ばれる歳になってしまったのか。苦笑しながら、俺は用意していたクッキーの包みを二つあげる。
「「ありがと、おじさん!」」
二人は、声をぴったりと揃えてお礼を言った。顔はフードで隠れて見えないが、姉弟なのだろうか。
「君達、姉弟?」
「「うん!」」
にゃあお、と二人は猫の鳴き真似をする。くい、と手もそれっぽく動かす念の入れようだ。
「じまんのひとみは空の青! あいにく見たことはないけど」
二人は高い声で歌い始めた。
「別に困りゃあしないのさ! だって、夜の国がお庭だもの!」
太陽の光に弱くて、昼間外に出られない病気があると聞いた事がある。彼らは、その病なのだろうか。
煌々と輝く月が、二人の黒猫を照らす。その姿と歌声に、一瞬既視感が過ぎった。だがそれは一瞬だけの事で、いつ見た誰なのかを思い出すには足りない。
「ハロウィンの夜に!」
二人のフードから零れる金髪に、ふと懐かしさが胸に溢れた。理由は、分からない。
「にゃあお!ボクら黒いネコ!」
二人はくるりと回って手招きをする。
「鏡のドアをとびこえるのさ!」
可愛らしいその様子に、俺は思わず笑顔になっていた。そしてふと、最初に“ハロウィーンの悪魔”の犠牲者となった二人を思い出す。
二人は姉弟で、双子だった。リンという名前の姉と、レンという名前の弟。
風邪で寝込んでいた二人に戦利品のお菓子を差し入れようとして―――当時10歳だった俺は二人が死んでいるのを、見つけた。両親が子供達にあげるお菓子を買いに出かけた、僅かな時間の出来事だった。
「ハロウィンの夜にかげだけのこすよ!」
双子の姉弟の歌は続く。そういえばリンとレンは歌うのが好きな子供だったな、と思い出した。
「待ちこがれた夜がくるよ、前夜祭の深い夜が!」
二人は俺を挟む形で並ぶと、両手を出す。
「カボチャのパイにキャンディーにケーキだって欲しいの!」
子供らしい要望に、また俺は笑った。クッキーを食べておいて、まだ食べる気なのだろうか。
「お・か・し・が・な・い・な・ら、こわいイタズラしちゃうかもね?」
「おいおい、まだ食べる気か? 俺もイタズラの対象か?」
一旦途切れた歌の合間に俺の言葉に、双子は楽しそうに笑った。
「おじさんはお菓子くれたから、イタズラしないよ」
「でもまだまだお菓子は欲しい!」
そう言った二人の瞳はフードが影を落としていてわからないが、多分キラキラと輝いているはずだ。
俺は見回りのため歩き出した。二人はその横をついて歩く。
ああ、と俺は気づいた。
この子達は、リンとレンに似ている。
本当に楽しそうに歌を歌うのも。
お菓子が好きなのも。
声を揃えて物を言うのも。
10年以上昔に死んだ、あの2人にそっくりだ。
「にゃあお! さあさ火をつけろ!」
二人はまたくい、と猫の真似をした。満月を背景に、二人は歌う。俺はハロウィンの街を見て回っていた。
・・・不審な人影は、なし。
「悪魔は、いつもボクらの味方だ!」
かつての友人に似た声で歌われる歌を、気づけば俺は足を止めて聞いていた。そこは少し開けた空地で、昔はよくこういったところで遊んでいた。
この家は、リンとレンの家のあったところだ。2人が死んで、両親もいなくなった。今ではただ、草が寂しく生えるだけ。俺は花束の代わりにとしばし目を閉じた。
「にゃあお! ボクらそうさきっと、」
「ウィルにだってなれるはずさ!」
ウィル・オ・ウィプス。
聖人すら騙し、天国にも地獄にも行けない悪人。ウィルになった所で、二人はどうしようというのだろう?と俺は考えた。
「・・・結局はまあ、歌か」
教会の人間が聞いたら卒倒しそうな歌だが、俺は熱心な信徒ではないので気にしない。
「空に届け! お月様も赤く赤く染め上げて、いつの日にかパパとママに届くよ!」
単なる歌の歌詞なのか、それとも二人に両親はいないのか、確かな判断はできない。
「おかしを頂戴! 他の誰にもあげちゃ嫌だよ!」
ニヤリ、と弧を描いた唇は少々怖い。
「と・ら・れ・ちゃ・う・ま・え・に、全部燃やしてしまおうか」
背筋が粟立つ。
その感情は、理由のわからない“恐怖”。
「高く鳴くよ、にゃーお! にゃーお! 届け届けいつかのように」
「今年もまたにゃーお! にゃーお! 赤く染める」
“赤く染める”という言葉に、“ハロウィーンの悪魔”を連想する。
首筋を刃物で、深く斬りつける手口。
「さあ、火を、灯せ! ボクらはウィルにだってなれるよ!」
二人は笑う。猫のように、悪魔のように、嗤う。
「にゃあお!」
「にゃあお!」
目の前にいるのは、本当に人間か?
馬鹿らしい、とは笑えない疑問が過ぎる。
今日はハロウィーンだ、何が起きても笑い飛ばせない。
「にゃあお! ボクら黒いネコ!」
ニィ、っと釣り上げられた唇。
「永久の国からやって来たのさ!」
永久の国。
死者の国。
ハロウィーンは死者が帰る祭。
この二人はきっと、リンとレンだ。
それを、否定できない。
「にゃあお! 夜も追い抜いて、パパとママに会いに来たよ!」
彼らは知らない。二人の両親は“ハロウィーンの悪魔”に殺された事を。
永久の国で会えなくて、こちらに探しに来たのだろうか。
「にゃあお! 燃える石はどこ?」
燃える石・・・石炭の事を指すなら、それはウィルを哀れんだ悪魔が与えた石炭の燃えさしのはずだ。
「悪魔がいつかくれるはずなのに」
それは永劫をさ迷う罪人になるという事に、恐らくこの双子は気づいていない。
「にゃあお! ボクらがウィルだよ!」
「早く、早く、おうちに帰して!」
“両親がいる家”に帰れない姉弟。悪魔と関わった彼らは、永久の国でも両親に会えない。
「にゃあお! ボクら黒いネコ!」
その頬に涙が伝っていた。家に帰れない子供たちは、ウィルになれるまで両親に会えないのか?
「いくら鳴いても届かないなら、」
そう、酷な話だが鳴いた所で届かない。悪魔らしいやり方だ。
「にゃあお! 赤く染め上げて、」
双子がフードを取った。赤く光る瞳のリンが、ナイフを出す。俺はその光景を、奇妙に薄い現実感の中で見つめていた。“ハロウィーンの悪魔”の今年の犠牲者。その1人は、俺だ。
「ここにいると分かるように」
「今年もまた会いに行くよ」
身長差も関係ない、と言わんばかりに首筋が斬られる。
俺が倒れ込むと、そっくり同じ顔の双子が見えた。
遠い日の友達で、最初に死んだ子供たち。リンとレンが、“ハロウィーンの悪魔”だ。街を血で赤く染めて、両親に気づいてもらおうとしている。
止めさせなければ、と思っても身体が動かない。
「trick or treat or please leave me go home!」
お菓子をくれなきゃイタズラするよ、でなきゃボクらをおうちに帰して!
その言葉に込められたあまりにも悲痛な響きを、俺にはどうする事もできない。彼らが早く家に帰れますように、と願いながら、俺は目を閉じた。
視界が暗転する中、最期に双子とアカイ月が嗤ッテいて―――
「にゃーお」
双子は首筋にオレンジのバンダナを巻いた二匹の黒猫の姿になると、前夜祭に湧く街の中に消えた。
自分達が殺めたのが、生前の友と気づかぬままに。
前夜祭の夜は、更ける―――
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ご意見・ご感想
アストリア@生きてるよ
ご意見・ご感想
零奈さん本当にお久しぶりです……!!
この歌良いですよね!私大好きです!この歌、というよりmayuko様が!
生前の友と気づかずに殺してしまう黒猫の双子……かわ(((ry
ハロウィンはネタもいいですがホラーも大好きです!零奈さんのお話はいつも面白いですね^^
あ、ブクマ報告です!貰いましたっ!
2011/11/01 18:37:06
零奈@受験生につき更新低下・・・
メッセージありがとうございます!
そしてお久しぶりです!
他で持ってるサイトに小説を上げてたらこっちが放置プレイになってしまいましたw
もうmayuko様愛してます・・・!
今年のハロウィン曲「前夜祭の悪夢」も素敵でした!
元々はハロウィンの日に出る殺人鬼を捕まえるべく巡回していたただの警官と黒猫双子の話の予定でしたが、結局こうなりました。
最初に見たのが本家でなくかわいらしいPVだったので、そのイメージが何気に強いです。
というか、その「かわ(((ry」って【かわいい」なんですか「かわいそう」なんですかそれとも他の何かなんですか!?
お褒めのお言葉感謝感激雨あられです!
ブクマ報告もありがとうございます!
今度は捜し屋の投稿の予定です。
これからもよろしくお願いします!
2011/11/02 00:16:05
ゆるりー
ご意見・ご感想
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお←
零奈さんお久しぶりです!
そしてこれホラーだ。
私も今月始めにハロウィン小説投稿したんですが…(速いよ
ホラーになりました(汗
ハロウィンにホラー書く人もあまりいませんよね(君は何を言っているんだ
2011/10/31 21:22:04
零奈@受験生につき更新低下・・・
はい、お久しぶりです!
ですが、実はユルカラインさんの作品(ギャグな大罪シリーズ)は読んでいました。
本当にあんな地獄でいいんでしょうか。
で、「前夜祭の黒猫」ですが。
ハロウィンネタならハロウィンに!と思った結果その日の授業中に隠れながら書き上げました。
もうハロウィンだと基本ほぼ=でホラーな人です。
私は去年「trick and treat」でハッピーエンドとホラーエンドを書きましたとも。
きっと来年もやるならホラーになりますね。
その前に受験でやれない可能性もありますが!
投稿してから30分とない速攻の感想、ありがとうございました!
2011/11/02 00:09:31