第四章 救出
身体に断続的に伝わる振動で目を覚ました。ズキリと痛む後頭部に顔を顰めながら重い瞼を開けるが、目隠しをされているようで視界は暗いままだった。動こうにも、当然のように手足は縛られているらしく、ほとんど身動きが取れない。
「父様」
最愛の息子の声が耳元で囁かれ、とりあえず発声できる状況に安堵した。
「アレン、ここは馬車の中?」
「はい、二人で箱に入れられました」
「君は目隠しされてる? 縛られてる?」
「目は見えるけど、手足は使えません」
当たり前か。手が使えるなら目隠しくらい取ってくれるだろう。それでも目隠しされていないと言う事は、とりあえずアレンを子供だと思ってくれているらしい。子供であることは否定しないが、レンならこの子にも必ず建物から出る前に目を塞ぐ。
「どこに向かっているのか、予想出来るかい?」
アレンの声はさっきから涙声だ。もちろん、たった十歳の子供がこの状況で全く堪えて無い方が異常の部類に入るだろう。ただそれでも、息子は動揺しつつもちゃんと冷静だったらしい。
「はい、最初馬車は東に向かって置かれていて、それからほとんど駆け足に近い速度で走って約七分後に北に曲がって……」
身体に掛る重力の向きで、どの方角に曲がったかは見極められる。そして速度と時間をちゃんと覚えていれば、精度はともかく大まかな位地くらいは掴めるのだ。
「北東側の王都郊外だね。憲兵隊の絶対数と屯所が一番少ない場所だ。敵ながら見事な選択だなあ」
呑気な声が出たが、もちろん見かけほど平気ではない。ここに居るのが自分だけなら楽しむ余裕すらあっただろうが、アレンが居るならとっとと脱出計画を立てる必要がある。
しかし状況は良くない、どころか最悪に近い。特に場所を移された事は致命的だ。この時点で、外部からの救出は全く当てにできなくなった。
「あ、イルとジンは捕まって無いよね?」
これを否定されたら素直に集団自決を提案したくなるが、アレンはしっかりと肯定してくれた。
「それは大丈夫です。この組織のお頭って呼ばれてた人が、なんで捕まえられなかったんだって、怒鳴ってたから」
「そりゃよかった。それで、アレンに怪我は無い?」
この密着空間で血の匂いが一切しないので後回しにしていたが、打撲と言うのも考えられる。
「ほぼ無傷です。父様、本当に」
アレンの科白が終わらない内に、入れられていた恐らく木箱の蓋が乱暴に開かれた。
「よう、親子の感動の再会は済んだかい?」
嗜虐心滴る下品な声にむかつきが走る。アレンが抱きあげられたらしく、短い悲鳴が走るが口を塞がれたのかすぐに詰まった空気音を残してかき消えた。
「おかげ様で、久々に息子とスキンシップ取れたよ。こんなサービスしてくれるって知ってたら、強引に招待されなくても喜んで来たのに」
飄々と言ってやると、癇に障ったらしく前髪を掴まれて引き上げられた。
「さて、その余裕をいつまで保てるかな?」
「どうだろうねえ。良かったら賭けようか? 僕の予想では」
最後まで言わせてもらえず、拳が鳩尾にめり込まれて息が詰まった。込み上げてくる吐き気を必死に飲み下している内に背負われて、どうやら室内に運ばれた。
一室に連れて行かれ椅子に両足を固定され、左腕を捻りあげられた。その状態のままようやく目隠しが取れて、震えているアレンに楽しそうに刃物を突き付けている髭面と、他十名前後が視界に入った。
「かなり本気に隠遁してたんだが、そちらの情報部は優秀だな。まさか存在を感付かれてるとは思って無かった」
悠々と煙草を吸いながら話しかけてきた、灰色長髪のこの男が「お頭」なのだろう。思ったより若く、レンとそう歳も変わらないはずだ。彼の薄青色の瞳に奢りは見えない。どのくらいの長さ気絶していたのかは定かではないが、イルとジンに逃げられた時点で即時場所の破棄を決断する度量といい、それなり以上に頭は切れそうだった。
「今日の午後、餓鬼二人がここを覗いていたと聞いて最初はすぐに殺そうと思ってたんだがな、良く見りゃ王と宰相の息子たちだったじゃねえか。本当に驚いたぜ?」
嘲りを含むその声に、アレンがひくりと嗚咽を漏らした。そしてレンの胸の内には、理屈を超えた怒りが脹らんでくる。下らねえこと今更言うなよ、くそったれ。
周囲と一しきり嗤って満足したのか、灰色頭からふざけた雰囲気が消えた。
「そろそろ本題に入るが、円滑に事を進めるために規則を設けたい。俺が訊いた事にはすぐに答えろ。下らん事を言えばその度に、可愛い餓鬼の指がへし折られると思え」
簡単だろ? そう言いながら顔を覗きこまれたが、最高の営業スマイルで答えた。
「心得ました、お頭」
挑発と取られたのか、背後で捩じりあげられている腕に更なる痛みが走る。
「いい返事じゃねえか、宰相閣下。じゃあ早速、来月にある緑の国との友好条約調印の場所を教えてもらおうか」
「国境沿いの、黄の国と緑の国共同の大使館ですよ」
タイムラグ無く返すが、相手は半信半疑と言ったところだ。本当は友好の証として、国境上の駅前に新たな共同管理の大使館が造られることになっている。
レンが話す事が真実であろうとなかろうと、過程が少々違うだけで最後の末路は決まっている。わざわざ本当の事を話してやる気は無かった。
「それを、どうやって証明できる?」
そして相手も、こちらの考えていることをある程度分かっているはずだ。
「そこは僕の誠実さを信じてもらうしか――っ」
左腕に再び加えられた、関節の稼働域を超える力にさすがに耐えきれず、言葉を途切れさせた。
「冷血鬼宰相閣下、それは無理と言うもんだ。あんたが誠実とは対極の位置にいるってことは、その仕事振りからも明らかだろ?」
「確かに、ね。でも実際、どうしたら信じてもらえるのかな? 王宮の人間に連絡して、予定表でも持って来させる?」
この間も、ずっと左腕は激痛に晒されたままだ。必死に噛み殺すも、脂汗が身体から噴き出し始める。
「そりゃ無理だ。そうだな、信用の証に王宮の隠し通路でも教えてもらおうか? それなら明日の朝までには確かめられるだろうし、その情報が正確であれば信じてやろう」
そこまで聞いて、ようやく腕の捩じりが少し緩められた。軽く息をついて、灰色頭の号令で用意された筆記用具を、誰に強制されるまでも無く自ら手に取った。
「やけに素直だな。そこまでされると返って不安になっちまうよ」
本気なのか冗談なのか、くつくつと嗤いながら金髪頭に触れられた。気持ち悪い。
「君も、息子ができれば分かるよ」
言いながらも、王宮周辺と隠し通路の道筋を書く手は止めない。恐らく、この男に言った言葉で真実を告げたのはこれだけだ。
「これだけか? もっとあるはずだろ」
いくつかの通路を書き示して筆記用具を置くと、不信極まる言葉が飛んできた。
「革命があってまだ十七年。貧乏で教育を受けている人間もほとんどいなくて、少数で必死に国を動かしてきたんだ。そんなものを探し始めたのなんて、本当につい最近だよ」
大嘘だ。多忙だったのは本当だが、レンは王宮に戻った直後から時間を見つけては隠し通路を探していた。しかし今までの素直な態度が実を結んだのか、灰色頭はそれを信じてくれたらしい。
「……いいだろう。おい、ここに人をやれ。憲兵隊に見つからんように慎重に行けよ」
レンが書いた紙を持ち、数名の部下がぞろぞろと出て行った。
まあ、全ての通路は嘘なんだけどね。
「さて、ちゃんと質問に答えてくれた事だし、明日の朝まではゆっくりと休んでくれ」
左腕が唐突に解放され、その代わりに後ろで縛られた。両足も拘束が外されて、強引に立ち上がらされる。そのまま拘束室に運ばれると思いきや、今まで武器らしい武器を持っていなかった灰色頭の手に、小さいが上質そうな小刀が握られていた。あそこまで小型だと小柄(手のひらサイズの小刀)と言っても良いかもしれない。
「なあ、宰相閣下。俺はこの仕事をするに当たって、あんたの資料を穴が空くほど読んだ。この国で一番に警戒するべきは、外務大臣でも国防大臣でもなくあんただったからな」
ディーに聞かれたら、また関係悪化しそうだ。そんなレンの心情に頓着すること無く、灰色頭は言葉を続けた。
「それとさっきのことだけどな、俺にも息子は居る。だからあんたの気持も分かるし、今夜くらいは息子と一緒にしてやりてえと思ってるんだ。最終的には、事と次第によっちゃ息子だけはちゃんと帰してやれるかもしれない」
息子が居た事は意外な情報ではあるが、今夜云々はともかくアレンを解放する気は絶対に無い。反抗心を抑えるための話術だろう。それとも、これも彼にとっては情けのつもりかもしれないが。
「それは素直にありがたいね」
一応そう答えると、灰色頭の口元には凶悪な笑みが浮かんだ。同時に左右から腕の拘束が強まり、更に右腕を拘束している男に、逆の手で顎も固定された。
「けれどな、逃げられると本当に困る。だから、こうしよう」
ものすごく、嫌な予感。反射的に逃げようとするが、もちろん身動きできない。
そして灰色頭は小柄を軽く振りかぶり、正確にレンの左目に浅く突き立てた。
アレンの悲鳴が上がる。レンが辛うじて叫び声を飲み下す事ができたのは、少しは格好を付けたい愛しい息子が目の前に居たからだ。
痛みを通り越して、熱い。心臓が左の眼窩に移動したように脈打っている感覚だった。
半分になった視界の中、アレンが泣き叫んでいるのが見えた。
泣かないで。
君が無く事なんて何もない。
僕は何もしてやれなかった、父親と言うにも足りない存在だった。
君に想われて、泣いてもらう権利なんてどこにも無い。そうだろう?
ごめんね。
こんなに怖い思いをさせて、守れなくて。
右目から涙が溢れるのだけは、堪えようが無かった。余りの激痛に身体が痙攣する。
「へえ、さすがは拷問吏と呼ばれていただけの事はある。その我慢強さに敬意を表して、息子と同じ場所に入れてやるよ。……連れてけ」
身体を動かそうとすると、それだけで引き攣るような痛みが走る。引きずられるように、アレン達が移動前の建物で捕まえられていたような地下牢に放り込まれた。
感心な事に、言葉通りアレンも同じ牢屋に入れられた。息子の啜り泣きを聞き柔らかい金髪の感触を味腹部に感じながら、お互い落ち着くのを待つ。
ようやく全身に及んでいた痛みと痙攣が引いて行ってから、レンは身体と起こして靴に隠してあるナイフでロープを断ち切った。
「父様?」
父の行動に気がついたのか、アレンが顔を上げる。にっこりと微笑みかけながら、息子の手足の拘束も解いていく。レンに重傷を負わせた事ですっかりと油断しているらしく、部屋の中に見張りがいないのは幸運だ。
「さて、これから逃げるよ。けれどその前に一つだけ、約束して欲しい事がある」
涙を拭ってやると、今まで震えていたのが嘘のようにアレンは気丈に頷いた。
「はい」
万が一にも外に漏れないように、耳元で囁き始めた。
「もしまた捕まって君一人になったら、君は王宮の隠し通路も知ってて友好条約が本当にされる場所も知ってると、彼らに言うんだ。そして本当の事をちゃんと話す。いい?」
こくこくとまた頷かれる。常態だったら分からないが、今のアレンにこの言葉の意味を察知する事は出来ない様だった。そっちの方が断然都合が良いので、レンも敢えて告げない。
次に捕まれば、レンは可及的速やかに死ぬつもりだった。
灰色頭に話した事はほとんどが出鱈目もいい所で、朝になってそれが露見すれば、間違いなく今度はあの程度の尋問では済まない。そしてその餌食になるのは主にアレンだろう。それこそ、再起不能になってもおかしくないくらいの拷問が始まるはずだ。
それを防ぐためには、情報を持つ人間を一人にする必要があった。アレンはその詮索好きの性格と明晰な頭脳による記憶力から、黄の国機密事項をかなり知っているはずだ。そして幼い十歳児から情報を絞り取るには、暴力よりも精神的な懐柔のほうが有効かつ安全だ。例えば、死んでいるレンの助命をちらつかせるとか。
話し方次第では、手駒にできる可能性もゼロではない。あの灰色頭なら、その程度の知恵が働くだろう。その後はどうなるかは分からないが、少なくともアレンが生き残る可能性は高くなる。
ごめん、イル。
この時の謝罪は、何だったのだろう。国益よりも肉親の命を重んじた事か、それともこれからの事と次第によっては自ら命を絶つと決めた事か。
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