ねぇ君、ゲームしない?
面白いよ……ふふふ。
願いを叶える小さな箱を賭けて行うゲームなんだけどね?
さて、プレイヤーは……?
1番目:女の子
「姫様、お待たせ致しまし……」
「本当にね。お前、この私を待たせるとはどういうこと?」
「も……っ、申し訳ありません!!」
可愛らしい容姿にそぐわぬ冷たい声に侍女は青ざめ、頭を下げた。
本のページを繰りながら少女は侍女への興味を失ったように言う。
「早く支度なさい。そのくらいお前にも出来るでしょう」
「は、はいっ」
侍女は慌てて茶器の準備を始め、茶の説明をしようと口を開いた。
「本日のお紅茶は、」
「お黙り。喋くる暇があるなら手を動かして」
「あ……申し訳ありません」
震えそうになる手を必死に押し止め、彼女はやっとのことで、何事もなくアフタヌーンティーの支度を終わらせた。
「では……失礼致します」
「そうね。早く出て行って頂戴」
「はい……っ」
侍女はびくりと身を竦ませ、逃げるように部屋を出た。
それを気にする素振りも見せず、少女はもう1枚ページを捲り、片手をカップの持ち手に伸ばして口元に運ぶ。
その動きが、徐にぴたりと止まった。
彼女の美しい瞳はある1文を凝視している。
「……願いを叶える、小さな……箱?」
僕はくすりと笑った。
彼女には箱を手にする資格があるのだろうか。
会いに行ってみよう。
***
「青い髪の男がゲームマスター……」
私は青い髪をした男を連れてくるよう命じた。
ゲームマスターはプレイヤーを監視しているはずだから、私の近くにいるに決まってる。
この私をプレイヤーだと認めない筈がない。
彼はきっと現れる。
階段を降りかけ、ふと下を見遣ると、……目が合った。
青い髪の、もう初夏になろうかというのに襟巻きを巻いた男。
どうやって入ってきたのか、そんなことがちらりと頭をよぎったがこの際どうでもいい。
私は口を開いた。
「お前が、ゲームマスターなの?」
「……ふぅん成程ね、直接的だ。面白味に欠ける」
「答えなさい」
男はわざとらしく肩を竦めて、そうだよと言った。
「そう……だったら教えて。ゲームの勝利条件は?」
「そんなことは自分で探して貰いたいなあ、オヒメサマ?」
斜に構えた言い方に、私は頭に血が昇るのを感じた。こいつは私を明らかに愚弄している。
「私の言うことが聞けないの!? 私が是と言えばお前の首なんて簡単に飛ぶのよ!!」
「…………………っ」
男は不意に下を向き、肩を震わせた。右手が口を覆う。
泣くくらいなら初めから大人しく従っていればいいのよ、そう思った瞬間。
笑いが弾けた。
「っはは、あはははは!! なんて傲慢な姫君だ!!」
「何ですって……!!」
「他人を見くびってばかりいちゃあいけないよ、オヒメサマ。大事なものが見えなくなる」
「……え?」
大事なもの?
「……詭弁ね。不敬罪で捕らえるわよ」
「そうか……残念だね」
男は首を右に傾けた。
「ゲームオーバーだ」
「な……っ、何よそれ! どういう……っ!!?」
刹那。
私は階段から足を踏み外した。
床に強か頭を打ちつけ、急速にブラックアウトする視界で最期に見たのは、
『ご愁傷様』
目の前で人が落ちたというのに顔色一つ変えない、青い髪の男の心底楽しそうな微笑だった。
***
とんだお姫様だった。全く、他人を何だと思っているのだか。
次のプレイヤーは……?
2番目:女性
「……お前、よく書けるねこんな記事」
「真実を伝えるのが我々の仕事でしょう、編集長」
「そうは言ってもね、時機とか限度とかあるでしょうに」
男は溜息を吐いたが、それ以上何も言わず、席に戻れと手で示した。
女はそれに従い、手早く何かの資料をまとめて立ち上がる。
「どうしたの。また取材?」
どちらかといえば呆れた声音で尋ねる同僚に、彼女は首を振った。
「違うわ。調査よ」
「……似たようなものじゃない」
「違うってば。面白そうな都市伝説を聞いたの」
「へぇ、どんな?」
少し興味が湧いたのか、同僚は首を傾げる。女はえーと、と言いながら資料をぱらぱらと捲った。
「そうね……『願いを叶えてくれる箱を手に入れるゲーム』って感じ。青い髪をしたゲームマスターはどこにでもいて、どこにもいないらしいわ」
「……なにそれ。」
「判らないから調査するんでしょ。それにね、このゲームで死人が出たって話もあるの。その現場には必ず青い男がいたとかいないとか」
「え、それってその男が殺したってこと?」
同僚のあからさまな言葉に、女は苦笑する。
「さぁ。そこらへんははっきりしてないから。じゃあ行ってくるわ」
「はいはい、行ってらっしゃーい」
同僚は女に手を振り、自らの仕事に戻った。
非道い言い草だな。僕は自分から人を殺したことはないっていうのに。皆が勝手に落脱していくだけさ。
とりあえず、会うか。
***
「……ふぅ」
私は息を吐いた。曖昧な情報ばかりで、手がかりになるようなものは一つもない。
今日はこれで終わろうと思って顔を上げると、彼はそこにいた。青い髪に青い目の、真夏というのに青い襟巻きを巻いている男。
ゲームマスターだと直感した私は半歩下がった。何しろ、こいつは人を殺しているかもしれないのだ。
男は唇を緩めた。
「そんなに警戒しないでほしいね。君は僕のゲームのプレイヤーなんだから」
「……やっぱりあなた、ゲームマスターなのね」
「ああ」
男は楽しそうに目を細める。私は彼を睨めつけた。
「私はゲームに参加した覚えはないわよ」
「そりゃあね。プレイヤーは僕が決めるんだ」
「……そう。まぁ、丁度いいわ」
「ん?」
男は首を傾げる。無邪気を装ったその仕草が私の癇に障った。
苛立ちを抑え込み、私は尋ねる。
「私、記者をやってるの。今度、あなたがやってるゲームの記事を書くわ。だから……」
「ゲームの詳細を教えろって?」
「そのとおりよ」
「断る」
「……え?」
ちっちっ、と男は立てた人差し指を振る。
「君はもう少し他人の都合を考えた方がいい。ゲームマスターとして、プレイヤーに下手な情報はあげられないんだよ。フェアじゃないからね」
「他人なんか気にしてられると思ってる? 私はね、いい記事、売れる記事を書きたいのよ。そのためだったら何だってするわ」
「……そうか。どうやら、」
男はすい、と腕を伸ばし、私の背後を指差した。
「君も、ゲームオーバーみたいだね」
「……どういう……」
男につられて後ろを振り返ると、目付きの鋭い男が2人。
そいつらは私の名を確認し、私が肯定すると互いに頷きあう。
「あの、何か――――っ!!?」
私は息を呑んだ。男達が両側から私の腕を取り押さえたのだ。
「悪く思われませんよう。ある方のご命令です」
「ある方?」
「先日の記事について、と言えばお判りですか?」
先日……。
「……ああ、あの政治家さんかしら?」
「お話が早い。……ご同行願います」
「ちょっ……」
慌てて振り向くと、瞳の端の方で青い残像を捉えた、気がした。
黒塗りの車両に押し込まれたときに頭を支配していたのは、
『ざんねんでした』
最後に一瞬だけ見えた青い男の、まるで愛しい者を見るような、それでいて温かさなど欠片もない微笑だった。
***
彼女も終わり、か。割と期待してたんだけど。
次のプレイヤーは……?
3番目:子供
「双子が来たぞー!! にっげろおっ」
彼らが広場に現れた瞬間、そこにいた子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。気にする素振りを見せる者もいたが、友人に腕を引かれて去っていく。
誰もいなくなった広場で、少女は唇を噛んだ。
「……毎回毎回、よく飽きないね」
傍らで少年が小さく頷く。
「おれたちを産んだときに母さんが死んだから、双子ってだけで忌み嫌われてるんじゃないんだよね」
「………『親殺し』」
自分たちが陰で何と呼ばれているかを思い出し、少女は憎々しげに顔を歪めた。
「大体おかしくない? 何で双子は禁忌なの」
気性の荒い姉の苛々した口調に、大人しい弟は平坦な口調で返事をする。
「珍しいからだろ。普通と違うものは忌避される」
「……そうね」
すぅ、と目を伏せ、少女はふらりと歩き出した。少年は無言でその後をついていく。
近場のベンチに腰を下ろした2人は、何をするでもなく足をぶらつかせ、黙りこくっていた。
沈黙を破ったのは少年の方だった。
「あのさ、こんな話知ってる?」
「……何?」
おそらく少年は、この重い空気を何とかしようとしたのだろう。続けて言う。
「どこかに、願いを叶えてくれる小さい箱があるんだって。もし、その箱が……」
「あんた、その話どこで聞いたの」
「え、」
少女の硬い声と鋭い視線。目を合わせられず、哀れな少年は視線を泳がせた。
「……よく知らない、偶然会った青い髪の兄ちゃん。信じるかどうかはおれの自由だって言ってたけど、おれは……」
「あのね」
少女は少年の肩を掴み、強引に自分の方を向かせた。少年は目を伏せようとするが、少女がそれを許さない。
「他人なんか信じちゃ駄目。あんたは優しいから、それで何回も傷付いたでしょ。また傷付くのがオチなんだから。……いい?」
「………………うん……」
姉が自分のことを想ってくれているのだと痛いくらいに判っている少年は小さく頷いた。
僕は眉を寄せた。この子達――特に姉の方は世界が狭すぎる。何のために僕自らが動いたのか。
……信じさせるのは至難の業だな。
***
今日も父さんの帰りは遅い。どうせどこかで酒浸りになってるんだろう。
あたしは溜息を吐いた。これじゃあ子供2人で暮らしているようなものだ。尤も、それに全く不満はないけど。
なかなか寝付けずに寝返りを打った。弟の顔が至近距離にある。
何の気なしに彼の前髪を掻き上げてそっと梳いていると、不意に部屋が翳った気がした。
この部屋に1つしかない少し大きめの窓の方へ身体を向けると、窓枠に浅く腰掛けて月を見ている人影があった。
「……誰、あんた」
人影はゆっくりと振り向いて微笑んだ。月光を受けて髪が青く煌く。
まだそんな季節ではないだろうに襟巻きをしていて、それを優雅にふわりとはためかせ床に降り立つと、男は窓枠に背を預けた。
あたしは静かに身体を起こした。
「そこにいる弟くんに聞かなかったかい? 願いを叶えてくれる箱の話を」
「……何を言いたいのかよく判んないんだけど」
そう返事をしながら、頭の中では違うことを考えていた。箱の話、それをあの子は青い髪の兄ちゃんから聞いたと言わなかったか。
じゃあまさか、この男は。
男は肩を竦めた。
「その箱を賭けて行うゲームがあってね? 僕はそれのゲームマスターさ」
「……なによ、それ」
本当にあるというの、そんな箱が。
あたしは首を振って心の声を否定した。そんなのはまやかしに過ぎない。
「……どこから入ってきたの」
「そんなことはどうでもいいだろう? 僕が欲しいのはそんな反応じゃない」
自分本位な言葉。人を食ったような笑み。
……子供だからって馬鹿にしないで……!!
「ふざけないでよ。大体、こういうのを不法侵入っていうんじゃないの?」
「おやおやこれは嘆かわしい。僕を信用してくれないのか」
男は襟巻きに指を引っ掛けて引き上げると、口元を埋めてくすくすと笑った。嘆かわしいとか言ってるくせに、全然嘆いているようには見えない。
「……あたりまえでしょ。あたしは、自分と弟しか信じない。他人なんて、あたしたちを苛め抜くことしか考えてないんだから」
「成程ねぇ。……君もそう思ってるのかい?」
男は私の背後に向けて問いかけた。
「……起きたの?」
思わず男から視線を外して問えば、小さく声がする。
「うん。……さっき、ね」
弟はゆっくり起き上がって青い男の目を見据えた。
初めて見る、弟の意志の強い眼差し。
「おれは、信じたいと思ってる」
「――――!!」
彼の発した答えに息を呑み、名を呼ぼうとすると視線で制される。弟は静かに続けた。
「だけど、俺の一番は姉さんなんだ。その姉さんが信じられないような人を、……おれは信じることはできない」
弟はきっぱりとそう言って、あたしを見て小さく微笑んだ。
ぱち。ぱち。ぱち。
……わざとらしい拍手。あたしと弟は男を見た。奴は一見爽やかな、しかし、どこか軽蔑を含んだ笑みを浮かべている。
「素晴らしい姉弟愛じゃないか。感動ものだよ。…………まぁ、現実はそんなに甘くないけれど、ね」
男はその微笑のまま、さらりと言った。
「君たちもゲームオーバー、かな」
「……え?」
「…………姉、さん。なんか、変な臭い、しない……?」
弟の言葉に、はっと我に返る。どうして今まで気づかなかったのか。男の空気に飲み込まれていたから? なんてこと。
この臭いは、ガス。
それに思い至った瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。霞んでいく世界の片隅で弟が倒れるのを見る。
意識を手放しながら、聞こえた男の声は、
『さようなら』
まるでこれから出立する旅人を見送るような慈愛と、地獄へと人を突き落とす悪魔の残酷さを孕んでいた。
***
……意識を現実に戻すことなく、永遠を彷徨う。可哀想な禁忌の双子。ああ、なんて哀れなんだろう。
………………あれ? 皆、駄目になっちゃったか。
仕方ないなぁ……ふふ。
僕の視線の先には、紫色をした髪の青年と、薄紅色の女性、それから黄緑色の髪を肩の辺りで切りそろえた女の子。
また、集めようか。
……………………………………ふふふふっ。
end.
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ご意見・ご感想
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ご意見・ご感想
こんにちはフルオロさま。読むのが遅くなり申し訳ありません。
こんな素敵な小説を書いてくださって本当に感激しました。
自分の考えたストーリよりもっといい話だと思います
2011/12/07 16:37:37
ayuu
ご意見・ご感想
初めまして、ayuuといいます^^
拝読させていただきましたっ!
こういう話、大好きです><
黒カイトいいですよね♪
ブクマいただきました~!!
2010/02/28 19:15:03
F(フルオロ)
ありがとうございます!!
こういう話は書いてても凄く楽しいです*
ブクマなんて……光栄です(照
ほんとにありがとうございました!
2010/03/02 00:01:19