春は、嫌いだ―――

連は立ち並ぶたくさんの桜を見上げた。
鮮やかに、そして時には妖艶に、自分を誘っているようだった。
月に桜が映える夜だった。

そう、あの夜も、こんなに月が綺麗だったな…

連は目を閉じた。
嘗て絶望の底に幾多の命が消えていった、大災害。
人々は後にそれを関東大震災と名づけたが、どう名づけようとそれがたくさんのものを奪ったことには変わりない。

連は両親、帰る家、そして希望までもを奪われた、いわゆる孤児だ。
独りでいたのを救ってくれたのが未来だった。

未来は縁側に座り、連の隣で足をぶらぶらしていた。
長く美しい緑の髪を梳かしながら、じっと連を見ていた。

その視線に気づいた連は優しい笑みを未来に向けた。
未来は赤くなって俯いてしまった。
少し前までは、連は未来だけを愛す筈だったのだ。

「わ…わたし、寝るね。おやすみまた明日!」

未来は逃げるように寝床へ飛んでいった。
連はさっきまで未来がいたところを少し眺めて、ふっと息を漏らした。
あれから時間は経ち、随分未来には癒されてきた。
けれど…残る傷と、胸の中に開いた穴はきっと未来でも埋められないと思う。

連は傍らに置いてあった自分の宝物をとり、広い庭園に出た。
糸を震わせ、共鳴させる。
こんな夜こそ、演奏することに意味があると思ったからだ。

と、音色に誘われてか同年代の少女が近くへやって来た。

一瞬、幻かと思ってしまった。
桜が魅せる、悪戯。
それほどに連はこの少女に心惹かれていたのだ。

よく見れば、近々あの神威家に嫁ぐ隣家のお嬢さんだった。
たまに未来と遊んでいたお嬢さんだ。

華やかで、それでもまだ幼さを残す少女は、連を見て呆気にとられたように立っていた。
連は渇いた口を苦労して開いた。

「誰?」

「あ…わたし…鈴。あなたは?」

名前どおり、鈴を転がしたような綺麗な声。
胸の中に心地よい重みを感じながら、連は答えた。

「連。連なるって書いて、連」

「連、君」

鈴は名前をかみしめるように唇に乗せた。

連は胸のわだかまりが何なのかを模索した。
ひとつだけ、思い当たることがあった。

恋。

未来に抱くそれとはまた違う、甘く、また大切に思える愛しさ。

連は自嘲気味に笑った。
鈴こそが自分の傷と、大きく開いた穴を忘れさせる存在だと気づいてしまったからだ。
鈴がそばにいるだけで、希望が満ちてくるのを感じていた。

「その楽器は?」

鈴は興味をそそられたようにかがみこんだ。

「バイオリン。異人さんから譲ってもらったんだ」

「ばいおりん?」

鈴はバイオリンを知らないようだったけれど、美しい音色に聞き入ることは知っていたようだ。

ふと、意思に反して連の手は止まった。

「鈴の目は綺麗だ」

訳の分からないことを口走る連を、鈴はぼうっと見た。
確かに鈴の目は澄んだ海のようで綺麗だけど、こんなことを口走るつもりはなかった。

連は鈴の指が自分の指先と触れるのを感じた。
きゅっと少しだけ握って、離した。
傷つけあって往く運命を選ぶより、繋いだ手をそっと離すほうが鈴にとっても、連にとっても良いことだということは分かっていた。

(あなただけ想って生きていくために…)
全てを捨てることは決して許されない。
鈴の婚姻、そして未来。
未来を捨てるなど、絶対に無理だと端から分かっていることだった。
明日からは鈴のいないこの庭園で、またバイオリンを奏でるのだろう…
永遠に終わることはない恋を奏でる。

強風が桜を襲った。
桜の中で連が見たものは、脆い恋。
触れれば崩れ去ってなくなる、密かな恋。

見つめあう二人の間で、衝動は交差した。
全てを捨てるか、全てを無かった事にするか。

連は苦しくなった。
どちらをとるか、今、決めなければ―――
過酷な運命のさなか、桜が散らないよう二人は願うことしか出来ない。

そして選んだ。

連は鈴の指を力強く握った。
鈴は震えていた。

「今だけは、今だけは…!」

連は鈴をその胸に寄せ、抱きしめた。
鈴の目からあふれる涙もまた、美しかった。

「想っていたい…!」

掠れて消えかかる声。
全てを愛しく思えるこの存在を、強く抱きしめた。
言葉を発すれば全てが終わる。
そんな気がしたから、決して言葉は漏らさない。

桜吹雪は、密かな恋を隠すように世界を桜色に染めた。













「連…?元気ないね、どうしたの?」

未来は縁側に座る連をじっと眺めた。
連は今はすっかり葉桜となった桜を見ているわけではない。
嫁ぐ準備をする鈴を見ているのだった。

「連が元気ないと…心配だよ?」

未来は少し俯いて、真っ赤になって続けた。

「だって…連のこと、好きだから」

「うん」

連は未来の顔を見ずに付け足した。

「俺も好きだよ」

未来はハっとして連を見たが、そこには呆けている連が居るだけだった。
自分の望んだ、自分を見てくれる連ではなかった。
その目線の先には鈴が居たから。

未来は寂しそうな顔を見せて、自分の唇と連のそれを重ねた。
今度こそ自分のほうを見てくれるだろうと期待しても、連が見るのは鈴ばかりだった。

「連?どうしたの?」

「白昼夢だよ」

今度は連が未来にお返しをした。
今の自分に出来る、精一杯のことだった。
未来は嬉しそうに走っていった。

報われることのないこの恋を、想い合うことが出来ないこの恋を、何とすれば良いのだろう。

夢桜は葉桜として風に揺れていた。

桜の時期だけ想い合った二人は、背を向けて別の道へと歩き出した。
二度と忘れぬ、想いとともに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

夢桜~終わらないセカイの夢~

2発目でーす!
リオちゃんがレンミクを見たいといっていたのでちょっとだけ盛り込みました!物足りないかな?物足りないよね(汗

Len sideも書き終えましたね!
眠い…間接痛い…塾の宿題…
切ない感じです。
もうすでに悲劇に近いです(ノД`)・゜・。
しかしこの曲はやはりすばらしいですね!

切なくて綺麗な本家様↓
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6835178

さて、今後の予定変更についてお知らせします。
次はからくり卍ばーすとなのですが、裏表が予想以上に長引いたのでこのままでは夏が終わってしまいます。
その前に夏祭りネタを書きたいのでからくりはもう少しだけお待ちください!
ちなみに、1話の半分は出来てますぜ?

閲覧数:726

投稿日:2011/08/18 02:43:23

文字数:2,337文字

カテゴリ:小説

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  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    おおおおファンタジーとかフィクションとかいう意味ではなく漂う雰囲気がとてつもなく幻想的! 良いですね。幻想的で、綺麗で、何か淡くて美しくて、ちょっと物憂げな色の混じった印象を受けました。読んでいて想像の中に広がる光景と登場人物達の姿もまた、味があって良かったです。
    こういうの、良いですね。

    2011/08/19 12:12:43

    • 楪 侑子@復活!

      楪 侑子@復活!

      日枝学さん  ありがとうございますっ!
             そういう文面にしようと頑張ってたんで嬉しいです(*´∀`*)
             そんな素敵な小説じゃあるませんよぅ(照
             本当にありがとうございます!


      海亜ちゃん  スペシャルサンキュー(←何故英語
             夢桜は切なくて綺麗でイイ?d(゜∀゜d)
             解釈上手くないよ?もうカオスってるわw
             ひとしずくP様ごめんなさいm(_ _)m
             夏が終わりそうだけどどうしようかなぁ…

      2011/08/28 12:49:25

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