5.ミク/ミクオ

「歌うのが苦しいなら、歌わなければいい」
 その言葉に、私はすがりついた。
『ボーカロイド』は孤独だ。たったひとりでマスターの心を受け止め続ける機械だ。

「私……私、歌いたくないよ……! 泣きたくない! もう苦しみたくない! ……もう、痛いのは嫌だ……!」
 
 叩きつけた私の言葉が、彼の胸に吸い込まれていく。
 ……その感情を、私は知らない。ただ、温かかった。

「……苦しいの、嫌なの?」
 声が、降ってきた。やさしくやわらかな、テナーの色をしていた。
 私がこくりと首をわずかにふると、彼の手が、そっと私の髪に触れた。

「じゃ、僕と同じだ」

 見上げた先に、やわらかく微笑んだ緑の髪の少年が居た。
 ……その言葉に、私は何よりも眩しい光を見た。

         *         *

 女はミクと名乗った。だから僕はミクオと名乗った。
 女は緑の髪をしていた。だから僕も緑の髪の姿を取った。
 相手を安心させること、それが人につけこむ基本だ。でも、なぜだろう。
 相手を安心させながら、なぜか僕の気持も穏やかになっていく。

 ミクは自分のことを機械だと言った。機械とは、人のために何かをする道具のことだと教えてくれた。
「式神、と同じか」
 クグツ、という言葉はやめておいた。
 僕の返事に、そうね、と彼女は笑った。
「ミクオは、その式神なの?」
 僕は否定した。
「僕は、虫だよ。蠱毒っていう術で作られた、虫だ」
 ……君の主人を不幸にするためにやってきた、とは言わなかった。
「コドク……、の、術」
 ミクの唇が、言葉を紡ぐ。と、その瞳に、透明な涙があふれてこぼれた。
「どうして、ミクが泣くの」
 たずねた僕の体を、不意にミクが抱きしめた。
 出会ったときとは逆の、ミクの胸に今度は僕が抱かれた。
「……つらかった、ね……」

 ……その時の感覚を、僕は言い表しきれない。
 僕の、虫であるはずの僕の目に、同じ涙が溢れて落ちた。

         *         *

ライセンス

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【短編】『ヒカリ』で二次小説! 『君は僕/私にとって唯一つの光』5.ミク/ミクオ

素敵元歌はこちら↓
Yの人様『ヒカリ』
http://piapro.jp/t/CHY5

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投稿日:2011/12/24 01:16:33

文字数:863文字

カテゴリ:小説

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