23.
「ルカちゃんたら、あたしに断りもなくいろんな子をたぶらかして、困った子ねぇ」
咲音先輩は視線の恐ろしさをまったくゆるめることはなかった。それどころかさらに恐ろしくなっている気がする。
「咲音様、そうではございません! ただ、わたくしは……」
「んー? グミちゃん、なにが違うのかしら?」
「わ、わたくしが申し上げているのはそういうことではなく、あくまでわたくし個人の――」
「だぁーからぁ、グミちゃんったらなに言ってるのよぉ。さっきも言ったでしょう? ルカちゃんがなにもしてなくても、グミちゃんとミクちゃんがそんな風にルカちゃんの虜になっちゃうなら、それはルカちゃんのせいっていうのと同じなのよ?」
「で、ですがっ。それは……」
手加減をする気配の一切ない咲音先輩に、さすがのグミも言葉に詰まる。
というか、どこか理不尽な主張のはずなのに、まるでグミが悪かったとようににこやかに、だがたんたんと言い聞かせている咲音先輩が怖すぎる。
「それに、ルカちゃんがなにもしてないですって? グミちゃん、貴女なに言ってるのかしらねぇ。ルカちゃんは色々とそんな原因になるようなことをしてるじゃないのぉ」
そう言って、咲音先輩はみっともなくも一升瓶をラッパ飲みした。……もちろん、中身は間違いなくミネラルウォーターだが。
「え……?」
まったく身に覚えがなかった私は、思わず咲音先輩を見上げて凝視してしまう。
「わ、わた……しは、そのような、ことは、なにも――」
「あらぁルカちゃん。貴女ったら自分でそんなこと言っちゃうのぉ? なにもしてないだなんてそんな白々しい嘘までついちゃって。ホント、いけない子ねぇ」
「……」
白々しい嘘だなんて。私が……私が一体なにをしたというの?
そこまで言われなければならないほどのことを、私はしただろうか。そんなこと、私は――。
「そおねぇ。ルカちゃん、貴女は確かによくやっているわね。おかげであたしも助かってるし、そのぶん楽させてもらってるわぁ。……でもねぇ、だからこそなのよねぇ」
そんなふうに言われて、私ははっとする。まさか、そういうことを言っているのかと、目を見開いて咲音先輩を凝視した。が、当の先輩は私の視線に、優雅に笑った。それは優雅でありながら、奇妙なほど相手を見下すような笑みだった。
「ルカちゃん。貴女が優秀なのは素晴らしいことだわ。貴女がいればほとんどのことは問題なく片付くし、来年の学園のことを心配する必要もまったく無さそうだしねぇ」
「……」
そうやって私のことを褒めてくれる咲音先輩の表情は、あいかわらず奇妙な恐ろしさに満ちている。
「……でも、人望があるのはわかるけれど、みんなが崇拝までしだしちゃうのはダメよねぇ。特に、そこのミクちゃんやグミちゃんみたいな、あたしよりもルカちゃんを優先しちゃうのはねぇ」
なんということだ。
これは、どうやらもうなにを言っても無駄でしかないような雰囲気だ。
さっき「対応を誤れば今後の人生が破滅しかねない」とか思ったはずなのだか、ほとんどなにも言わないうちに私の人生の破滅が事実上決まってしまったようなものではないか。……なんてむごい。
「あたしよりも下級生のほうが尊敬されてるのはいただけないわねぇ。あたし、バカにされてる気分だわぁ」
今まで、かなり慎重に築いてきたはずの、女帝との良好な関係が、こんな理由で破綻することになろうとは。
「それ、で……」
「んー?」
恐る恐る声を出すものの、咲音先輩の怖すぎる表情にいったん口をつぐんでしまう。
ごくり、とつばを飲みこんでから、私は意を決して続ける。
「わ、私は、どうすれば、ゆ、ゆ許して、いただけるの……でしょ、しょうか……?」
一言ひとことを区切って喋ろうとするが、ふるえるせいか、ちゃんと話すことができなかった。
咲音先輩はまた一升瓶をあおってから、考え込むように右手の人さし指をその細いあごにそえる。
「んー。そぉねぇ――」
それからちらっと階下の踊り場をみて、女帝はにんまりと笑った。
……嫌な予感しかしないわ。
「ちょぉーっとオシオキが必要かしらねぇー。なにをさせようかしらぁ。うふふ、楽しみだわぁー」
というか、これではあまりにもいろいろと不条理すぎる。下級生の私が寮内で様々なことを取り仕切り、問題を処理してきたのは、当初は咲音先輩から頼まれたからだ。
現在の椿寮内の三年の女子寮生には咲音先輩以外にリーダーシップをとれるような人がいなかった。それはそもそもからして、咲音先輩が女帝と呼ばれるほどに(呼んでいるのは私とグミだけだが)リーダーシップがありすぎたからだ。すばらしいリーダーがいることはもちろんいいことである。だが、すばらし過ぎるリーダーに従うことに慣れて、そのリーダーがいろいろとやってくれることが当たり前になってしまったことにより、新たにリーダーシップを発揮できる人物が三年生の中からはいなくなってしまったのである。しかし当のリーダーはといえば、アイドルとしてデビューしてまもない頃で、当時はまだ少なかったファンを増やすために精力的に仕事をもこなしていたのである。その上、寮内・学校内でリーダーなど務めていては身体が保たないことがわかりきっていたため、学校内でのことはカイトさんへ、女子寮内のことは二年生で信頼できる者へと任せることにしたのだ。
それが、二年生の中でリーダーとしての位置を確立しつつあった私なのだ。
上級生から、しかもあの咲音メイコから頼まれたということが、どういうことだったかわかるだろうか? その責任、その重圧。それがどれほどのものだったか。咲音先輩の期待に応えようと努力した結果が、この今の人望であり、皆からの信頼なのである。確かに皆からの信頼度は少々常軌を逸しているふしがあるとは言え、その風潮を作った人は間違いなく、完璧超人だった咲音メイコその人なのである。
ようするに、咲音先輩から「やれ」と言われてやっていたら「なにやってんの、やり過ぎ」と言われたということだ。挙げ句、気に入らないからお仕置きをすると。これを不条理と呼ばずになんと呼ぶというの?
だけれども。
それを不条理だなんだと叫んだところで、相手はあの女帝、咲音メイコだ。戦うにはいささか分が悪い。というか怖い。歯向かうには相手があまりにも強大すぎる。
……そう思って、そのオシオキとやらを仕方なく受けようかと考えていた。
――その、オシオキの内容を聞くまでは。
咲音先輩は、巡音学園の影の女帝は「決ぃーめたぁ」と言うと、階段の踊り場の方を右手で指してにんまりと笑った。
「そこの変態に、辱めてもらいましょうかねぇ」
その咲音先輩の表情は、どう考えても悪魔以外のなにものでもなかった。
Japanese Ninja No.1 第23話 ※2次創作
第二十三話
一応、最終二十六話まで書き終わりました。なので今回は三話をいっぺんに更新してます。
あとは毎度のおまけを書いて完結なんですが、なんというか、二十六話はまだ納得がいっていないので、書き直すかもしれないです。書き直せずそのまま載せるかもしれないですが。
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