ねぇ
お父様



この世界は,とても美しいですね
この狭い世界は,とてもとても美しいです




『アイ』で満ち溢れています







お父様

私は,この世界が大好きです
































貴方は,私のことを『娘』と呼びます



面白い呼び方だと思います
でも,私はその呼ばれ方,気に入ってますよ?


貴方から発せられるその言葉からはアイが感じられます




私は,ウレシいのです

きっと








私は貴方のことを『父』と呼びます

実際には『お父様』と読んでいますが,公の場ではそう使うそうです













私はワルいコです


貴方をいつも困らせてしまいます

足が悪い私はジユウに歩けません
貴方は,そんな私にいつも気を使ってくれます



貴方は,こんな私を気遣って,部屋をウツクシいものでいっぱいにしてくれる



私がキレイなものがスキだと知っているから






とってもとってもヤサシいヒトです

私は,貴方がダイスキです











赤いグラスは,遠い国からもらってきたそうです
かつて,ヒトりの女性が使っていたそのグラスはとてもキレイで,私のオキニイリの一つです



青いスプーンは,お父様の元々の持ち物らしいです
こちらもとてもキレイで私のオキニイリ

赤のグラスよりも落ち着いたイロをしていて,私はスキです



黄色い鏡はとある王宮からいただいたものなんだとか
二対の鏡はぴかぴかでとってもキレイ








この部屋にあるものはどれもこれもキレイなものばかり


きっと,タイヘンだったでしょう?

私が聞くと,お父様は「大丈夫だよ」って笑います






本当に大丈夫なのかなぁ?

ちょっと,疲れてなぁい?



心配になるけど,これはきっとおせっかい
お父様が大丈夫って言ってるのならそれはきっと大丈夫























私は歌が大好きです


これは,私が貴方にアイを伝えるための数少ない手段




私の歌声は,貴方の胸に届いていますか?
きちんと,ココロを震わせることができていますか?


私はひそかに頑張っているんですよ?





貴方が笑ってくれれば,私はそれだけで幸せになれる
だって,それが私と貴方の,娘と父の関係だから



違いますか?










二人一緒に歌う歌はいつも決まってます



貴方が教えてくれた一つの歌



これを歌っていると貴方はとても穏やかな顔をします
お仕事での疲れなんて,忘れてしまっているようです



私はウレシいです







このまま,時が止まって,貴方とずっと歌を歌っていたい


この場所で
ずーっとずーっと






でも,貴方は朝になったら毎日外へ行ってしまう
「早めに帰ってこれるように頑張るよ」って言って行ってしまう



ダメ
頑張っちゃダメ





私のために,頑張らないで?
それで,貴方が体調を崩しでもしたら,大変

私は貴方が苦しむところなんて見たくないの



私は貴方が,貴方さえいてくれれば大丈夫だから








私は,貴方が教えてくれた歌を歌います

貴方が眠るまで歌い続けます
貴方が望むなら,永久にでも歌い続けましょう



貴方の願いを叶えるために,私に出来ることがあればなんだってします







それが,私のシアワセだから

















少しは気になるけど,外の世界は別に知らなくてもいい

だって,この部屋には外のどんなものよりも素晴らしい貴方がいるのだから







外に行ってみたい
そう,思わないといえばウソになる



ジユウにこの足で走り回りたい
全く望まない,といえばウソになる





でもね,貴方がいてくれるなら,ほかの事はどうだっていいの


私は貴方がいるだけでシアワセだから

















私のビー玉の目に映るのは,暗い寝室
それから,窓から微かに見える外の景色



それが,私の世界
私が知ってる世界の全て




本当の世界はもっとヒロいのかな?


ちょっと,疑問を持ってみたりもする







貴方は外の世界から帰ってくると,毎日私に楽しいお話をたくさんしてくれる





お腹がすいちゃった女の人の話や,とってもわがままな王女様の話

それから,えぇと……

女の人のことが大好きだった貴族の人の話もしてくれたし,
男の人のことをアイシすぎた女の人の話もしてくれた



どのお話もなんだかとっても,共感できちゃうの











でもね,私が待ってるお話は違うの


だらだらしてて,何にもしなくて,ばいばいしちゃう人が出てくるお話



そんな,お話を待ってるの







貴方は言います


「今は,とっても欲張りな人のお話を創っているんだよ」と



それは,面白そうですね
タノシミです


早く,聞かせてくださいね











そんな,楽しい話をしてくれる貴方だけど,外の世界のことは一切教えてくれません
私はそれでも構いません



でも,少しだけ気になるのです


外の世界には何があるのか




貴方は毎日何を見ているのか














私が毎日お喋りする部屋の小物たち


スプーンやグラス,鏡もそう
皆口をそろえてこう言うの



「僕らと君は似たもの同士」



どうして?

私は,お父様の娘よ?
どうして,小物と一緒なの?





確かに,この部屋から出れないのは一緒かもしれないけど,違うわ

私はちゃあんとアイをもらってるの




ね?
違うでしょ?











惡魔?

そんなの,私知らないわよ?

何だか怖そうな名前ね
私,怖いのはキラいなの





あ

惡魔といえば,前お父様が話してくれたわ


貴族の人のお話のときに出てきたの
惡魔と契約して力を手に入れたんですって




でもね,私は知らない
見たことない


惡魔なんて,見たことない……













今日も,お父様は帰りが遅い
お仕事を一生懸命頑張ってるのよね


きっと












「ただいま」


下でお父様の声がした
今日はやけに,クラい




私は落ち込んでる貴方はイヤ



ほら
私は歌いますから


だから,元気になって?





るりらるりら
貴方が教えてくれた私のダイスキな歌



この声は外の世界には聴こえない
ココロのキレイな貴方にしか聴こえない


そんな歌









ねぇ
お父様

どうして,頬が濡れているの?


その水は何だかとってもカワイソウです








「私は,これであっているんだ……
　私の決断こそが真実……」



今日のお父様は何だかとっても悩んでるみたい
クラい顔をしてる


「愛しい娘よ」


何ですか?
お父様


「私は,何が在ろうともお前と一緒だからな」


えぇ
私も何があってもお父様と一緒にいますよ





お父様の言葉は私をアイで包み込んでくれる
とってもヤサシい言葉











ダイスキなお父様にこの歌を
貴方のためだけに歌います

それ以外の人は聴いちゃいけません


だって,お父様のために,私の中にあるはずのないアイを込めて歌うのですから










歌う理由
それは簡単

お父様がそれを望むから?



いいえ
それは,表面上の理由



本当の理由は違います




私が望んでるんです

それを


















今日は,お父様がお仕事に行かなかった


こんなのは初めて
とってもウレシい



だけど,お父様は何だかあせってる
どうしたのかな?







お父様は私に外の世界のことを少しだけ教えてくれた



《戦争》が起こってるんだって



それが,どういうことなのかは分からないけど,タノシいことなのかな?
たくさんの人たちがそれに参加してるんだって



皆が参加してるんだったら,きっとタノシいことなんだよね











お父様



どうして,そんな悲しい顔をしているのですか?
いつもみたいに笑ってください






今日は,一日中部屋にいるのでしょう?


それだったら,私,この前言ってた「欲張りな人」のお話が聞きたいです
途中まででも構いません




ねぇ
お父様?













どうしてかな?


グラスが微笑んでる
鏡がケタケタ笑ってる


スプーンが嗤ってる















ねぇ
お父様



今日はこの部屋は赤に染めたんですね
とってもキレイです


でも,一つ言っていいとしたら,暑いのはイヤです




外の世界から,騒がしい声がする


ダメ
騒がしい声なんてダメ




どうせなら,キレイな歌声がいいでしょう?









私は平気ですよ?
お父様


だから,私のことを抱きしめなくても大丈夫です
私は熱くありません


お父様は熱くないのですか?



あ
笑っているのなら,大丈夫ですね


きっと





























しばらくしてから目をあけると,部屋はなくなっていた
せっかくお父様が赤く染めたのに,真っ黒になっている





私は大丈夫ですよ,お父様?





私の横で倒れているお父様


今日は,とっても疲れてるみたい
寝かせてあげましょう







また,明日にでもお話を聞かせてくださいね?