『はじめまして』と言われた時のことを、今でもよく覚えている。
少しハスキーで、でも、心地の良い声。
それから、まるで牡丹の花が開くような笑顔。
『ルカ、って呼んでいいのよね?』
少し首を傾けて、髪がさらりと零れた音さえ思い出せる。
『私はメイコ。よろしくね』
そういって差し出された手と握手をした時の、その手の柔らかさ。温かさ。
人生で、生まれて初めて一目ぼれをした相手は、少し大人の同居人。
そして現在は。
「ルカ」
相変わらず心地の良い声で私を呼んで、
「もう一杯」
とお酒をねだる、愛すべきなのにどこか愛せない同居人。
「だめです」
「けちー」
むくれた顔も素敵だなぁとは思うのに、むくれた理由は愛せない。
「日本酒は一合までにしてくださいって、あんなに毎日頼んでいるじゃないですか」
「むり」
「メイコさぁん…わたし、メイコさんの体が心配なんですってば」
「酒はっ!百薬の長よっ!」
「適度ならです!」
このやり取りももう何度目か。
「ねえルカ」
「だめです」
「ちがくて」
「なんです?」
ちょいちょい、と手招きをするメイコさんにつられて、ついつい近くへ寄ってそばに座ってしまった。
するとそれを見計らったように、そのままプロレスか柔道の寝技のように鮮やかにくるりと押し倒されて、メイコさんを見上げる体勢にさせられてしまう。
「えっ、ちょ、メイコさん勘弁して…」
「こうでもしないと、きっとルカは逃げるから」
「逃げませんよ!なんの話ですか!」
「すきよ」
目の前にお花畑が見えそうになったというのに。
もう一杯飲ませてくれてたら、もっと楽な体勢で言えたのに、とメイコさんはつぶやいたから、お花畑目は幻になってしまった。
「酒の勢いがないと、言えないですか」
「え?」
わたしの低い声にキョトンとしたメイコさんを、どっせい!と力任せに転がした。
メイコさんの寝技(違)は確かに鮮やかで、ひっくり返すのは難しいけれど、意表さえつけば形成はすぐ逆転できた。
今度はわたしが馬乗りになって、メイコさんを見下ろす。
「わたしは、お酒なんか飲まなくても、メイコさんが大好きですって言えるのに、メイコさんはっ」
「ルカ」
「メイコさんはっ…」
「ルカ」
ごめんね。
メイコさんが、そう言いながら、私の頬に手を伸ばした。
そして、いつの間にか零れていた涙を、そうっと拭う。
「だってさ、大人はさ、こわいんだよ、こういうこと言うの」
「わたしだって、大人ですっ」
「図体はね。でも、ルカと私は経験値が違うから」
「経験値…」
「だからね、素面だと言えなかったんだ」
「メイコさん」
触れる手は、温かくて、愛しい。
「でも確かに、素面で言ってほしいよね、好きな人にはね」
「はい」
メイコさんはほほ笑んで、よいしょ、と身を起こした。
「と、いうわけで」
「…?」
「寝て起きたら、これでもかって程睦言いうから、いまは寝酒でもう1合ちょうだい?」
「だめですー!!!!!!」
なんでよーぅ、と批判の声を、私は耳をふさいで無視することに決めた。
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天を仰ぎながら眠りに消える
ゆっくり進む星々とこれから
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