1.二色の産声
「おぎゃー、おぎゃー」
「ふぎゃー、ふぎゃー」
月の国のある辺境の村 ここで二つの命が同時に産み落とされた。
「ふー、ようやく赤ちゃんが生まれましたよ……うっ しかし これは……」
産婆は表情を凍りつかせた。
―2087年 惑星地球をかつてない厄災が襲った。
60億人いた人類はこの厄災によりほぼ絶滅した。
同時にそれまで築いていた高度な文明も消滅した。
今となってはこの厄災がどのようなものだったのか 知る術はない。
その厄災により、陸地は二つの大陸に分かたれた。
一方は常に太陽の照らし続ける 昼しかない大陸。
もう一方は常に月が照らし出す 昼の来ない夜の大陸。
どちらの大陸にも厄災は大きすぎる傷跡を残していた。
多くの森は失われ、一面の荒野 いたる所に巨大なクレーターがあいている。
わずかに生き残った人類は二つの大陸に分断され、互いに交流する術を持たなかった。
厄災は元々人類が持っていた栄華なる文明 そのすべてを破壊しつくしていた。
わずかに生き残った人類だけでは再び文明を復興させることは叶わなかった。
人類は生き残るために再び原始的な生活をせざるをえなかった。
長い時をかけて、人類は再び数を増やしていく。
しかし、時の流れはやがて人々から過去の記憶を消し去っていく。
それでも、人類は集落をつくり、町をつくり、地に足をつけて強く生きていた。
二つの大陸は海によって長い間隔たれていたが、ある日大地震による地殻の隆起で
大陸同士は再び一つにつながってしまう。
それからというもの、昼しかない大陸は『日の国』 夜しかない大陸は『月の国』を建国。
二つの国は豊かな土地をめぐり争いを繰り返していた。
3087年 月の国で特異な症状を持つ病が突如として発生した。
それまで健康だった者が突然倒れ、体が帯電し、やがてその電圧は強くなっていき
最後は自らに流れる電流により発生するジュール熱で体が融解してしまう恐ろしい病である。
私はその病のあまりに悲惨な最期から『メルト症候群』と名づけることにした――
~厄災から今に至る傷跡~ より抜粋 著者 トラボルタ
生まれたばかりの二人の小さな体はすでに帯電しており
すなわちこれは『メルト症候群』の症状を示していた。
しかし、二人の症状はそれだけではなく、
女の子は赤色に、男の子は黒色にわずかに発光していた。
「せっ、せんせいー」
年老いた産婆は取り乱したように、医者を呼びに部屋を飛び出した。
そんな中でも二つの小さな命のかたわらで、
母親は新しい命の誕生の感動を涙を流して喜んでいた。
ダダダダッ
先ほど部屋を飛び出した年老いた産婆が
これまた年老いた医者をともなって部屋に入ってきた。
「これはっ いったい こんなことは いや しかし……」
白衣をまとった老人は言葉をつまらせながら、
意味のつながらない接続詞をしばらく繰り返しつぶやく。
何分間か思考の波をただよっていたらしいその老人は、ようやく意味のある言葉を口にした。
「こんな症状は今まで聞いたことはない。いや確かにこれは『メルト症候群』の症状だが……」
再びわずかな沈黙の後、言葉を続けた。
「そもそも、生まれた時からすでに症状がある症例など私は知らないし、
世界中のどこからもそんな報告はない」
この年老いた医者は辺境の地にいながらも、医療方面ではそれなりの権威がある人物らしく
定期的に都市で開かれる研究会などに出席していた。
「なぜ、発光している なぜ、色の違いが……」
若かりし頃の探究心が呼び起こされたのか、老人は再び思考の迷宮を彷徨いだしたようだった。
しかし、すぐにこの旅人は迷宮の出口を見つけてしまった。
再び年老いた顔に戻った医者はある現実を、
先ほど新しい命を産み落としたばかりのこの女性に打ち明けねばならなかった。
「いいですか……この子たちの症状は他に例はないです。
強いて言えば『先天性メルト症候群』とでも言えばいいのか。
発光現象についても理由はわかりません。しかし……」
医者はさらに重苦しい表情になって言葉を続けた。
「しかし、これが『メルト症候群』である以上は……」
母親はただ無言で老人の発する言葉を聞いている。
医者は最後にある結論を口にした。
「おそらく、あと一週間ともたないでしょう。幼いことを考えるともっと早いかもしれない」
産婆はその事実と重苦しい空気 なにより傍らで聞いている母親の気持ちを考えると
その場にいることはできずに部屋を飛び出していった。
「おぎゃー、おぎゃー」
「ふぎゃー、ふぎゃー」
四畳半程の小さな部屋には 二人の小さな子どもの大きな泣き声だけが響いていた。
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