二章 後編
次の日、リンの朝食が終わったと、馬に乗って緑の国へと向かった。
いつもなら、楽しみでわくわくするのに、今日はなぜかもやもやしていて、気が進まない。
緑の国に着くと、慣れた足取りでメルトに向かう。
いつものように店に入ると、ミクが笑顔で迎えてくれる。
「いらっしゃい、レン。今日は、誰かつれてるね。」
いつも堂々としているリンが、レンの後ろに隠れている。ミクは隠れているリンをみるために努力するが、フードを深くかぶっていて、うつむいているから、どうしても顔が隠れて見えない。
やっと目があったのか、ミクがニコッと笑った。それを見て安心したのか、リンは顔を上げ、フードを浅くした。
「リンです。」
レンが紹介すると、リンは軽くお辞儀をした。
「私はミク。よろしく、リン。」
ミクは簡単な紹介を終えると、レンの時同様、注文を尋ねてきた。リンはレンの腕を引きながらカウンターに行くと、まよった風もなく言った。
「ブリオッシュ。あるかしら。」
それを聞いたミクはにっこり笑った。
「まだ、試作品だけどいいかな?」
リンは迷わず、コクコクと頭を縦に振った。
「わかった。待ってて。」
ミクは、二人に背を向けて店の奥に入っていった。
しばらくの沈黙が、二人の間に流れた。
「ミクって、いい人そうだね。」
沈黙を破ったのは、リンだった。リンに視線をおくると、穏やかな顔をしていた。城では、あまり見えない顔だった。
「そうですよ。」
「お待たせ。」
レンがつぶやいた直後、ミクが帰ってきた。手のおぼんには、二つのブリオッシュがのっていた。それを手早く箱に入れる。
「二個もいらないよ。」
リンが小さな声で言うと、ミクはまたにっこり笑った。
「おまけだよ。」
ミクは少し早口で、言うと。二人に差し出した。どこか今日の仕草は、落ち着かない様子だった。
「急いでるようだけど、何かあるの?」
レンのささやかな疑問に、ミクは少し赤くなった。まるで、照れたように。
「これから、待ち合わせなの。」
ズキンと、胸が痛んだ。これがなんなのか、今のレンにはわからなかった。それでもレンは、笑顔で箱を受け取って、ミクにお金を渡す。
「よかったね。」
ミクはお金を受け取りながら、小さく頷いた。
レンは店を出たとたん、小さなため息をついた。これが何なのかさえ、レンにはわからない。
「レン・・・。」
いろいろな想いが渦巻いていて、リンの存在を忘れていた。少し驚いたあと、顔に笑顔を貼り付けた。ちゃんと、いつも通り笑ったはずなのに、なぜか哀しい笑顔になる。
「帰りましょうか。」
「いや。」
リンは強く言うと、レンの腕をひっぱった。急に引っ張られたレンは、足取りが危うくなり、転びそうになった。
しばらくリンはあてもなく走り回った。
走り疲れたのか、リンは急に立ち止まった。レンは息を切らしながら、訳のわからない行動をとるリンを見つめる。
「レンには・・・。」
リンはつぶやくと、バッとレンを振り返った。
「レンには、わたしがいるから。独りじゃないよ。だから、哀しい顔しないで。」
レンはしばらく、リンの言葉に驚いていた。あのわがままで、自己中暴君王女が、召使いであるレンに、こんな言葉を贈るなんて・・・。
そしてレンは、一つの確信を心に刻んだ。
―リンは、きっといい女王になる。今はまだだけど。時間をかけて、いろんなことを
学んでいけばきっと・・・。それまで、俺が護って、支えなきゃ。―
レンは笑顔になった。今度こそ、ちゃんと笑えた。
「はい。」
そのあと、リンはいろんな店をまわりたいと言いだし、しばらく緑の国を駆け回った。
そろそろ三時になる。レンとリンは馬をとりに、預けた宿屋へいった。
馬の手綱を取り、お金を渡していると、リンは何かを叫んで駆けだしていった。
レンが慌てて駆けだそうとすると、自分を呼び止める声が聞こえた。焦る気持ちを抑え振り向くと、ミクとカイトがいた。
「メルトのあの娘を、消してちょうだい。」
今までにないくらい、静かなおやつを終わらせると、背を向けてリンはレンに告げた。
レンはあの二人を見て覚悟はしていたが、いざ言われると・・・つらい・・・。
ミクが誰を選ぼうが、ミクの気持ちだからなにも言わないと決めていた。でも、自分を選んで欲しかった。
「承りました。親愛なる王女。」
レンはお辞儀をして、出ていこうとリンに背を向けて歩き出した。その背に、リンは震えた声で言葉をなげた。
「明日のおやつは、レンの作ったブリオッシュがいいわ。」
聞こえていたが、レンは返事をしないで部屋を出て行った。リンの、泣いている声が聞こえた気がした。
廊下を歩いていると、大臣とすれ違った。
ミクは月明かりが射し込む、森の中を駆けていた。
国が急に襲われて、慌てて逃げ出したが、今自分がどこにいるのかわからない。
とにかく走っていると、目の前に人影が見えた。慌てて引き返そうとしたが、月明かりに光る金髪に見覚えがあり、そのまま足を進ませた。
すぐそばまで行くと、誰だか確信した。
「レ・・・」
「ごめん。」
急に鈍い音がした。胸に激しい痛みが走った。何かと視線を下げると、胸に剣が刺さっていた。それは、自分の血で赤く染まっていた。それと一緒に赤く染まっている手は、目の前にいる友達、レンのものだった。
よくわからないまま、体はいうことをきかなくなっていった。頭は、なにも考えられなくなって、目はぼやけてきた。
あぁ・・・これが死か・・・。
ぽつぽつと、感覚、熱、心、をミクは亡くしていく。
ミクの体は、立つことが出来なくなって崩れ落ちていく。その体に、レンの涙のしずくが、降り注ぐ。
リンを守るためなら、悪にだってなる。そう自分に誓ったのに・・・。
どうして涙が止まらない・・・。
「今日のおやつは、ブリオッシュだよ。」
珍しく庭にいるリンに、三時になったからおやつを持って行く。
寝っ転がって空を見ているリンの頭の横に、ブリオッシュを置くと、リンは無邪気に笑った。
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