「…え?」
思わず、メイコは聞き返した。
「だ、だから、その…」
ごにょごにょとメイトが口ごもって、小さな声で何かを言いながら顔を真っ赤にするのを、メイコはきょとんとした表情で見ていた。メイトの言葉が聞こえなかったわけではなくて、聞き間違いか何かだろうと思って、聞き返したのである。
「ち、ちゃんと聞いててくださいよ。もう、二度といいませんからね」
ごくっとつばを飲み込んで、メイコは頷いた。
「ひ、ひ、姫のことが…好き、です」
目をそらして、顔を真っ赤にして、それでも足りなくて耳まで真っ赤になって、仕舞いにはうつむいて湯気が『シューッ』っと噴き出してきそうな勢いだった。
言葉の意味を理解し、メイコはスケッチブックを手にとった。今回はペンは持たず、先ほど出したのと同じ文を見せた。
『もう一回言って』
「もう言わないって言ってるでしょう」
困ったようにメイコは首をかしげて、ペンを走らせた。
『耳が悪くなっちゃったみたい』
「じゃあ、それ、貸してください。文にすれば、聞き間違いは無いですよね?」
言って、メイコからスケッチブックを取り上げると、するするとペンを滑らせ、すぐにメイコに返した。
『スキです』
たった四文字。
一気にメイコの顔が赤くなった。そして、そのページを乱暴に破り捨て、ぐしゃぐしゃに丸めて床に叩きつけて、ペンを走らせた。
『どうしよう!目までおかしくなっちゃった』
これには、メイトも驚いた。
「多分、同じ内容に思えるなら、間違ってないと思いますけど」
すると、メイコはしばらく静止して、聞いた言葉と書いてあった文字を思い出しながら、しばらく考えて、それからまた顔を真っ赤にして投げ捨てた先ほどのスケッチブックの一ページを拾い上げ、メイトに投げつけた。
「馬鹿にしないでっ!」
「ひ、姫…」
驚いた様子でメイトが言う。
「これもお世辞?人間はいつもそう!人間はお世辞で相手の心をもてあそぶの?」
「そんなことはしません」
「じゃあ、軽々しくそんな言葉を口にしないで!」
「軽々しくなんて、言っていない!」
いきなり、メイトが声を荒らげた。
「じゃあ、何?それで私が喜ぶとでも?それが騎士の仕事なの?」
負けじとメイコも声を荒らげる。
「違います。これは、俺の気持ちです。勿論、姫がカイトのことを好きなのは知っています。ただ…気持ちを伝えなければ、俺は、とても後悔するような気がして。今日、伝えなければ、もう伝えられないような気がして」
「う、うるさい、うるさいっ!もう、知らないっ!」
理不尽に怒って、メイコは部屋を飛び出していった。
耳をふさいで、耳鳴りのように響き続けるメイトの言葉をさえぎるようにして、メイコは早足になって歩いた。一刻も早くその場を離れたかった。
声が出たとか、そんなことに気が回るほど、メイコに余裕などありはしなかった。
もやもやして、頭の中がぐちゃぐちゃになった。誰か…、アリスに話を聞いてもらおう、そうすれば少しは楽になるかもしれない。そう思い立ち、メイコはアリスとカイトの部屋へと走った。
「…うん、わかった」
アリスは頷いた。
「よかった。いやだって言われたらどうしようかと思ったよ」
「言うわけ無いじゃない。他でもない、カイトのお願いだもの」
ホッとした様子で胸をなでおろすまねをして見せたカイトを見て、アリスは少しだけ笑って、それから真剣な表情になってカイトに詰め寄った。
「それで?具体的にはどうするの?」
「あのね、それは…」
ごにょごにょとアリスに耳打ちをして、カイトは趣旨と方法を伝えた。
すると、アリスは笑って、
「名案!絶対、喜ぶよ!」
「そうかな?」
「うん、私が保証する!」
「本当?」
「本当だよ!もう、私のこと信用してないの?」
「信用してるよ!もう、ほんっと、アリス、愛してる!」
「きゃあ、カイトったら!めーちゃんに聞かれたら私、うらまれちゃうじゃない!」
笑いながら、アリスは言った。じゃれあうようにして、二人は笑い合った。
部屋の扉の向こうで、メイコが静かにたたずんでいて、二人の会話の一部を聞いていたということなど、知りもせず…。
裏切り。
海のそこにいたときはその言葉の意味が分からなかった。
海の底では、神が相手を選び、一度愛し合ったら愛が覚めると言うことは決してない。
けれど、人間の世界では、陸の上ではその常識は通用しないということを、メイコはよくわかっていた。最近、城であるパーティなどで、妻子があるはずの客が別の女性をナンパしているところをよく見かけた。人間の愛は覚める。思いは必ずしも通じるわけじゃない。
「…ねえ、メイト。いるんでしょう?出てきて。…もう怒ってないわ」
メイコは船の甲板に出て、潮風を浴びながら言った。
すると、後ろからメイトが申し訳なさそうにしょんぼりして出てきて、
「はい」
と、形式的に答えた。
「あなたには悪いことを言ったわ。ごめんなさい」
「いえ、元々俺がいけないのですから。気にしないで下さい」
「…私のことが好き、なの?」
「…はい、スキです」
「じゃあ、私の言うことを信じてくれる?」
此処でやっと、メイコは振り向いてメイトを直視した。メイトは先ほどまでより、五歳ほどふけたように見えた。
「信じましょう。勿論です。私はあなたの騎士。あなたを信じず、誰を信じるのです」
「私が人間じゃないといっても?」
「あなたの美貌や美声は、人間のものとは思えない。十分信じるに値します」
いちいち論理的に答えてくるのは少しいらっと来たが、それでもメイトの献身的な態度に、メイコは安心を覚えた。
それからメイコは、すべてを話した。
自分が人魚だったこと、カイトを見て一目ぼれをしてしまったこと、魔女に頼んで人間にしてもらったこと、カイトを振り向かせ、結婚が出来ないとカイトの命は魔女のものになってしまうこと、それを阻止するためにはどうしたらいいのかを、今、考えていたのだということ…。
「結論は、出たのですか」
「ええ、出たわ」
「どうすれば?俺も、あれを助けてやりたい」
「…あなた、私と浮気をして?」
「…」
「…」
「…俺も耳、おかしくなったかも」
小さな声で呟いて、メイトは頭を押さえた。
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