ルシフェニア国王、アルスⅠ世が亡くなってから数週間後の事だった。
六歳になったばかりの王女リリアンヌと王子アレクシル。大人たちが後継者の話し合いをしてる中で、二人は反抗期らしきものを迎えていた。勝手に城を抜け出し、勉学や稽古は平気でさぼり、連日夜更かしばかりする。ただでさえ城の公務で疲労がたまってる王妃、アンネは、この件に関して困惑していた。
「そんなに気になるならあんたがびしっと注意すればいいじゃない。」
「私が言っておとなしくなるなら、お主に相談などしておらぬ。」
アンネの目の前にいるのは、『三英雄』の一人であり彼女の友人でもある宮廷魔道士のエルルカ。化粧で隠れてるものの、アンネの目の下には若干クマが見える。双子たちが夜中々寝てくれないおかげで彼女の貴重な睡眠時間が奪われてるらしい。
「一体どうしたのかしら・・・あの人が亡くなる前まではこんなことなかったのに・・・。」
二人の反抗期は前触れもなく突然始まったのだ。何が原因なのか、母親であるアンネにすら見当がつかなかった。
「エルルカ、何かいい方法はない?」
「えぇ・・・私母親なんてやったことないから分からないわよ。まぁそうね、私だったら少し手荒になるけど、怖い思いをさせてこらしめるかしら。」
「・・・!!!」
エルルカのその言葉を聞き、アンネは何か思いついたようだ。
「それじゃ!!いい事を思いついた!!」
「お?どんな?」
「ふふ、うまくいくかは分からないけど。エルルカ、お主も手伝ってくれぬか!」
「・・・はい???」
一体彼女が何を考えているのかは分からない。だが、エルルカに話しかける彼女の表情は、まるで無邪気な子供みたいだった。
その日の夜、子供ならとっくに寝静まる時間だ。リリアンヌとアレクシルのいる部屋は今夜も相変わらず電気がついている。
「アレクシル?眠くない?」
「大丈夫、リリアンヌこそ平気?」
「うん、私も大丈夫。」
お互いに不調を心配したが、どこも異常はないようだ。
「ごめんね、アレクシルにも付き合わせちゃって。」
「いいよ、それに僕もリリアンヌの気持ち分かるから。」
二人がこんな事をしてるのには理由があった。父であるアルスが亡くなってから、アンネが後継者の話し合いや公務などを行い、一緒にいる時間が激減してしまった。寂しさのあまり、自分たちがこうして反抗すれば母が向き合ってくれるのではないか、そう考えた上ので行動だった。
「お母様、私たちの事怒らないね、呆れちゃったのかな。」
「そんなことないよ、お母様はきっと、僕たちの気持ちに気づいてくれるさ。」
反抗して、怒ってもらうことで自分たちの事を理解してもらうという考え。幼い二人には母ときちんと話し合うという解決策が浮かんでいなかった。
「この本読み終わっちゃった、別なの取ってくるよ。」
「うん。」
そう言い、アレクシルが本棚の方へ向かおうとした時だった。
突然、部屋の電気が勝手に消え、一瞬のうちに視界が真っ黒なものへと変わってしまった。
「え?何これ・・・。」
「真っ暗・・・・リリアンヌ、そこにいる?」
「いる・・・。」
アレクシルはすぐにリリアンヌの傍まで戻り、怖くないようにぎゅっと手をつなぐ。
電気をつけようと壁に備え付けられたスイッチの所へ向かった。だが、何度押しても再び電気がつくことはなかった。
「どういうこと?」
「一回部屋を出てみよう。」
「うん。」
真っ暗の中、ゆっくりと部屋の扉を開ける。だが、夜中でも普段は明るいはずの廊下さえも電気が一つも機能を果たしてなかった。
「停電かな・・・。」
「そんな・・・。」
城内全体が暗くなるなんて今までなかったことだ。双子は何が起きてるか分からずにいる。すると、何かがリリアンヌの肩をトントンと叩いた。
「アレクシル何?肩なんか叩いて。」
「え?僕何もしてないけど?」
「え、じゃあ誰が・・・?」
気になって二人は視線を後ろに移す。そこにいたのは人ではなく、ゆらゆらと光ってる何か。しかも不気味に笑ったような顔があり、それはまるで・・・。
「うわああああああああああああああああ?!?!?!」
「おばけだああああああああああああああ?!?!?!」
気づいた時にはそう叫んで走り出していた。二人がおばけを見るのは生まれて初めてだ。大人たちを探そうとしても、周りには人の気配すらない。しかも見慣れた城内でも、暗くて自分たちがどこにいるのすら把握できてない。アレクシルもリリアンヌも恐怖で震える事しかできなかった。
でも、このまま何もしないわけにはいかない。とりあえず音の間に行けば誰かいるかもしれない。そう二人で決め、まずは音の間へと続く目の前の角を曲がろうとする。
その瞬間、角からひょっこりとさっきのお化けが姿を現わした。
それを見て、リリアンヌは声にもならない悲鳴を上げ、気を失った。
「リリアンヌ?!」
アレクシルが彼女を呼び起こすが反応はない。彼は気絶することはなかったが、そろそろ恐怖心が限界を迎えている。もう泣きそうだ、そう思ってた時。
「しっかりするんだアレクシル、男が涙を見せるものじゃない。」
「・・・?!」
その言葉はどこか聞き覚えのあるものだった。まさかと思い、アレクシルはゆっくりと目の前に視線を移した。見慣れた金髪にオレンジ色のマント、それを見てアレクシルはその正体にようやく気付いた。
「・・・お父様?」
「どうした、そんな顔をして。」
アレクシルが両目を擦って再度その人を見る。それはまさに、数週間前に命を落としたはずのアルスだった。二人をじっと見ると、アルスはフッと小さく笑った。
「リリアンヌは・・・・起きそうにないか。」
「はい・・・でもお父様、どうして・・・。」
「それはいずれ分かることだ。それよりも、お前たちは最近、母様たちの言う事を聞かないと聞いたぞ。」
「それは・・・。」
「どうせ『お母様がかまってくれなくなって寂しい』とかじゃないのか?」
「・・・・・。」
さすが彼らの父親。二人が何を考えていたのか、アルスにはお見通しのようだ。
「二人の気持ちは分からなくもない。でもな、こうやって反抗するだけじゃなくきちんとお前たちの意志を母様に伝えるのも大切だぞ。」
「・・・ごめんなさい。」
「まあでも、本来であればこれはリリアンヌの方に伝えるべきだけど。アレクシルは優しいから、お姉ちゃんの味方をしたのかもな。」
そう言うと、アルスは優しくアレクシルの頭を撫でた。普段厳しかった父に久しぶりに撫でられ心がくすぐったく感じてしまう。
「いいか、アレクシル。この先様々な困難が待ち受けてるかもしれない。それでもどうかリリアンヌを一番近くで守れるのはお前だけだ。辛いかもしれないけど、僕はお前たちの事ずっと見守ってるからな。」
「お父様・・・。」
「久々にお前たちの顔を見れてほっとしたよ。頼んだぞ。」
「はい・・・!」
アレクシルの力強い返事と共に、アルスは二人に微笑みかけすっと消えていった。
さっきまで感じてた恐怖心は消え、その代わりたった数分の出来事にすごく感銘を受けていた。
その後、リリアンヌが目を覚まし、電気がつき始めるとアンネとエルルカが彼らの元へとやって来た。さっき二人の見たおばけは、エルルカの魔術によるものだった。もちろんこれは本物のお化けではない。アンネが白の布におばけの顔を書きエルルカが浮かせるだけという極めて簡単な子供騙しだったが、真っ暗な状況の中アレクシルもリリアンヌもまともな判断が出来なかった。(ちなみにエルルカ曰く、「私の魔術はこういう時に使うものじゃない。」と少々ご機嫌斜めだったが。)
(てことは、お父様を呼んだのもエルルカだったのかな。)
彼らはその後、アンネにこれまでの謝罪と気持ちを伝えた。アンネもまた怖がらせてしまったことを謝り、二人を優しく抱きしめた。そしてその日の事がきっかけとなり、それ以降、二人の反抗期は嘘のように収まった。
―――あれからもう八年。
アレクシル改めアレンは、唐突にあの日の出来事を思い出してしまった。記憶を無くしたリリアンヌは多分忘れてしまったけど、アレンは今でも覚えている。偶然近くを通りかかったエルルカを呼び止め、その事について話してみた。
「あー・・・あったわねそんな事。」
「忘れてたんですか?」
「いや、あの後起こった後継者争いのおかげで記憶から抜けてたのよ。」
そうエルルカに言われると、アレンも納得したようだ。
それでも、あの出来事があったからこそ、アレンたちはアンネと話し合うことができたのだ。それにアルスにももう一度会えた。結局その事はリリアンヌに伝えなかった。彼女に伝えたところで、気絶したことを後悔するに違いない。そう思い、彼は黙ってることに決めたのだ。
「でもすごいですね、エルルカがお父様・・・アルス王まで呼び出すなんて。」
一体どんな魔術を使えば、死者を目の前に呼ぶことが出来るのだろうか。アレンはこの八年間ずっつ不思議に思っていた。
「・・・は?何言ってるの?」
「え??」
僕の言葉に目を丸くするエルルカが見える。
「あの時、お父様の幽霊を出したのってエルルカじゃ・・・?」
「いや、私はおばけみたいなのを浮かせただけでアルスを呼び寄せたりなんてしてないけど・・・あんた夢でも見たんじゃない?」
「・・・・・へ?」
エルルカにそう言われ、アレンの顔は次第に真っ青になっていく。
あれは彼だけが見た夢なのか、それとも幻なのか、その真実は誰にも分からなかった。
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