ある日、不思議な人を見かけた。
その人は街の中で、たった独りで座っていた。今では珍しくなったレンガ造りの建物に凭れ掛かるように、俯いてその場から動くことなく、ただ座っていた。
どうして、そんな人に目が行ったのかは分からない。ただ、この街では誰も着ていないだろう独特な服をその身に纏い、“剣”を右手に握っていたのが、とても印象的だった。
初めて見た時は、単なる変な人だと思って通り過ぎた。きっと、これ以上見掛けることもないだろう。そう考えた。
しかし、それから何度同じ場所を通っても、その人は同じ場所で、同じ服装で、同じ体勢でそこに座っていた。
「あなた、何をしているの?」
どうしても気になって、ある時、私はその人に話し掛けた。
「……人を、待っているんだ」
返ってきた声は小さく、けれどもしっかりした意志を含んでいた。
「誰を待っているの?」
「仲間たちを」
“仲間”。“友人”ではないその響きに、私は何か引っ掛かりを覚えた。しかし、それ以上にこの人は“誰”を待っているのだろう、という興味の方が湧いてきた。
「ねえ、もし良かったらその人たちのこと、話してくれない?」
突然の申し出に、俯いていた顔がゆっくりと上がる。まるで南国の海のような、綺麗に澄んだ青い瞳が私の姿を映す。
「……何故」
「知りたくなったの。あなたをずっと待たせている人たちのこと。話していたら、意外とすぐ来てくれるかもよ?」
イタズラっぽく笑ってみせると、青い瞳の人は「そうかもね」と口元を緩ませた。
「……僕たちは、同志だった」
いつ終わるとも知れない長い戦のために国中から集まった、己の腕に覚えのある者たち。個性的な面子に最初こそは相いれないだろうと思っていたけれども、共に戦う間に確かな絆が生まれていた。
でも、末期の戦の最中、自分は仲間とはぐれ、この街に流れ着いた。そして、この街で長く続いた戦の終わりを知った。
それ以来、彼らとは会えていない。
「だから、僕はここで彼らを待っているんだ」
こうやって分かりやすい目印を持って、と彼は“剣”を握り締めた。
「自分では捜しに行かないの?」
「……情けないことに、ここから動けないんだ」
本当は今すぐにでも捜しに行きたいのだけれど、と苦笑する。
彼の話を聞いているうちに、私はさっき感じた違和感の正体が何であるか、分かった気がした。そして、それと同時に彼に複雑な感情を抱いた。
どうして、この人が“剣”なんて時代錯誤な物を持っているのか。
この人は気付いていない。彼がつい最近あったように話した内容は、実は何百年も前のことだ。今は歴史の一部として語られる出来事。
この国で起こった長い戦、そこには義勇軍として集まった大勢の若者たちがいたという。
――あなたの待ち人たちは。
彼の仲間たちは、永遠にこの場所に来ないだろう。
何故なら、彼の時間(とき)はずっと昔に止まってしまっているのだから。
「……話してくれて、ありがとう」
「いや、僕も久方振りに誰かと話せて嬉しかったよ」
にこやかに笑う彼に、泣きたくなった。何も知らず、ただ待ち続けている彼が優しくて、悲しくて。
けれども、真実を告げてはいけない気がした。
「早く、来てくれると良いね」
「うん、そう願っているよ」
それじゃあね、と顔を背けた時、彼の声が聞こえた。
――君に会えて良かった。ありがとう。
はっ、と振り向くと、彼の姿はそこから消えていた。
はらり、と涙が一筋流れた。
時忘人‐The past soldier‐
その時以来、彼の姿を見ていない。
けれど、私は忘れない。彼を――時を忘れた優しい人を、忘れない。
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