『――皆様、大変長ラクオ待タセイタシマシタ。コレヨリ、第一試合ヲ開始イタシマス――』
ドーム内に響き渡る、聞き取りにくい機械的な音声。ただ、音をつなぎ合わせるだけ。
『――観戦ナサル方ハ、十分オ気ヲツケクダサイ――』
『気をつける』とは、一体何のことか。そう思いながら、レンは軽く首をかしげた。気をつけるべきなのは、寧ろ戦っている選手のほうではないのだろうか、あるいは観客に危険が及ぶような手法をとるのか。
『――今大会ノルールヲ説明イタシマス。各試合二対ニノタッグヲ組ンデ行イマス。ツマリ、ソレゾレノ力量ヨリモ、チームワークが物ヲ言ウノデス。ソシテ各自能力ヲ存分ニ使用シ、戦ッテイタダキマス。シカシ、相手ヲデリート、モシクハバグ・ウイルス等ヲ故意ニ進入サセタ場合、代償トシテ能力、ナラビニ声ヲイタダキマス。尚、三位マデノ電子人形ニハ、賞金がオクラレマス――』
三位以内の『電子人形には』。
何故、『三位以内のチーム』ではなく、電子人形、と言ったのか。間違いではあるまい。
一体何をさせられるのか、今になって少しだけ怖い、と言う気持ち――つまり、恐怖心がレンの中に湧き上がってきた。しかし、それはレンの好奇心を押さえるほどの大きなものになりえることは、今のところ考えにくいだろう。
そんなことを考えているうち、メイコとカイトのペア、そして相手のペアがフィールドに入ってきた。白いタイルのフィールドに、赤いメイコと青いカイトがよく見える。まるで、ロールプレイングゲームの主人公みたいに二人がとても小さく見えた。
『――ソレデハ、ゲームヲ開始イタシマス。クレグレモ、流レ弾ニゴ注意アレ――』
そのアナウンスを合図に、そこまでざわざわと落ち着かなかった観戦客が、一気に沸き立った。
そして、第一試合の火蓋が切って落とされる。
「お手柔らかに、お願いしますね」
優しげな笑顔でカイトが言う。
「こちらこそ、お手柔らかに」
物腰柔らかな、学校の先生か、どこかの執事のような紳士的な雰囲気をかもし出す、眼鏡の長身の男性。笑顔が優しい。スーツをピシッと着こなした姿は凛々しい。
「…私は手加減しないわ」
相手は…赤だった。顔が赤くなっているわけではなくて、根本的に色が赤なのだ。大きく跳ねた「あほ毛」は時折ぴょこぴょこと動いていた。服装はパートナーのかっちりとしたスーツとは打って変わって、随分不思議な格好だ。ふわふわとしたフードをクビにあたりにかけ、目は透き通るような赤、星のマークが描かれたフードと同じ色にそろえられた耳あて、かぼちゃパンツのようにひざの辺りですぼまった服は、タートルネックのノースリーブ、藍色のラインと星のマークが入り、腰より少し低い辺りに太目のベルト。関節部分がメイコたちと違い、滑らかに加工されていない一昔前のプラモデルのように機械的な関節。茜色の髪は鮮やかに、かつつややかに光る。
その赤の相手は一言も言葉を発しなかった。怪しい奴ら、と思いながら、メイコは口に出さないようにしていた。
なかなか始まらない戦いに、また観客席がざわざわと騒ぎ始める。
「…それでは、そろそろ始めないと、お叱りを受けてしまいますね」
スーツの男性――というよりは好青年、といった感じだが――がいった。
「お手柔らかに」
「こちらこそ」
二人の男の間には生易しい空気はなかった。重苦しい、息が詰るような空気だ。
それぞれが動き出した。瞬間的に決着が――つくわけがなかった。
『――尚、試合開始ヨリ三分ガ過ギルト、強制的ニ勝敗ハ判定ニ持チ込マレマス――』
後、四十秒。
決着などつくわけがないではないか。最初の挨拶で時間を食ってしまった。
しまったな、と心の中でメイコが呟いていると、ふと気がつく。相手は、攻撃を仕掛けてこない。間合いを取り、素早く動いてはいるが、まるで能力を使おうという気配が感じられない。
『――三分ガ経過イタシマシタ。試合ハ判定ニ持チ込マレマス。勝者は――』
対して緊張もしなかったが、カイトはしっかりと画面を見つめる。
『カイト、メイコペア。氷山、ミキペアはここで脱落トナリマス――』
恐らく、『氷山』はスーツの青年の名、『ミキ』は赤い少女の名だろう。勝者となっても納得したわけではなかったが、メイコはカイトに誘導されつつフィールドを出た。相手、『氷山、ミキペア』も同様に、メイコたちが出ていったのとは真逆のほうにある出入り口へ歩いていった。その二人の後ろ姿はちっとも疲れなど見せず、しゃんと背筋を伸ばしてたち、スーツにはシワ一つできていなかった。
「――めーちゃん」
「どうしたの」
「今の人たち…」
「ちょっと変よね。…まるで、わざと判定に持ち込もうとしたみたい」
「力の十パーセントも出していないと思う。要注意人物だね」
「氷山とミキ、ね…」
そっと、二人の名を呟いた。
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