悪い男(3-上)番外編 カオスの部屋
入り口のドアが開くのには気づいた。
人が入ってくるのも分かった。
それでも入ってきた人物が、声を掛けてこなかったので、『人物』の思いやりに甘え、カイトはそのままピアノを弾き続けた。
カイトが今いるのは、レッスン室。
二階にあるカイトの部屋の正面にあり、他の部屋よりも、防音が強く施されている部屋だ。
ピアノの他に、若干の音響設備などが置かれている。
やがてカイトが奏でる静かで優しい曲は、ゆっくりと終局を迎え、最後の一音がカイトの指からこぼれ落ち、温かな余韻を残しながら終わっていった。
遠慮がちな拍手。
「やっぱりいいな、その曲」
カイトの弟レンが、シンプルながら素直な感想を述べた。
「歌わないのか?」
この曲はカイトオリジナル曲。
静かで穏やかなメロディと、温かくて優しい歌詞が、カイトの涼やかで甘く、少し切なさを帯びた歌声で紡がれる。
「今はピアノだけ。レンがリクエストしてくれるなら歌うよ」
弟のほめ言葉に、カイトが優しく微笑んだ。
「うん。あっ、それは後で……」
肝心の用を忘れるところだった。
「カイト兄、この間のこと覚えてるか?ここの隣の部屋をそのうち見せてくれるって」
「……ああ」
穏やかだったカイトの顔が、不意に険しくなる。
「……見たいのか」
「見たい」
好奇心旺盛な年頃なのだ。
カイトはレッスン室の隣の部屋は、とんでもないカオスになっていると言っていた。
それも関わりたくないほどのカオスぶりと聞く。
否が応にも好奇心が刺激される。
「……そうだな。そろそろ俺とめーちゃん以外にも、隣の部屋の事を知っておいて貰った方が良いだろうな」
「ミクは知らないのか?」
自分よりも先にこの家に来たミクなら、知っていると思った。
「いや、話していない。ミクは多分、隣のカオス部屋は、ただの空き部屋だと思っていると思うし、その方が幸せだし」
確かにレンも、部屋を変わりたいと思うまで、この部屋は普通に空き部屋だと思っていた。
「どれだけカオスだよ」
知らない方が幸せとは、穏やかでない。
「見れば分かる。かな」
そう言ってカイトがピアノの前の椅子から立ち上がった。
「あの部屋の前にいてくれ。鍵をとってくるから」
自分の部屋に鍵を取りに行ったカイトは、すぐにあのカオスの部屋の前にやってきた。
「カイト兄が鍵持ってるのか?」
「まあね。俺の方が、意識が混濁することが少ないから」
はぁ? 意識の混濁?
少し考えて分かった。要するに甘党のカイトのほうが、お酒大好きなメイコに比べて酔っ払う率が少ないと言うことか。
ちなみにカイトも酒が飲めないわけではないが、ある程度の酒が入ると、スイッチが切れたように爆睡する。混濁どころか、意識不明なのだ。
そんなことを言いながら、カイトは手にした鍵を鍵穴に差し込み、手首をひねった。
小さな金属音。
「レン、開けてみて。でも部屋の中には入るな」
「あっ、うん」
何故かカイトは、部屋の中が見えない扉の陰に立っている。
ドアノブに手を掛け、レンは扉を開けた。
が、そのまま固まった。
「…………………………」
「レン」
カイトの声に、レンは力一杯ドアを閉めた。
「カ、カイト兄! カ、カオス!」
カイトがカオスな訳ではない。
「な、なんで、なんで、本物のカオスがこんな所にあるんだよ!」
そう、扉の向こうにあったのは、本物のカオス。天上もなく床も壁もなく、言葉にしようにも、言葉にならない、とらえどころ無く、そこにあるとも無いとも言えない異質の世界。つまり混沌(カオス)が広がっていたのである。
「うん、だから言ったろ。混沌(カオス)で半端無くすごいことになってるって」
「たっ、確かにそうだけど! 普通、民家にあるカオスって言ったら、すごい散らかっている部屋とか、色んな物を突っ込んでる部屋だろう!」
レンもそれを期待していた。
「うん、でもここ一般民家じゃないし」
ごもっとも。
「いったい、あのカオスは何だよ! 家主はなんて言ってるんだ?! 聞いてないのか?」
「もちろん聞いたよ。家主にも分からないんだってさ。おそらくボーカロイドの、システムの根幹に関わる何かだろうとしか」
なんて曖昧な。
「レン、もう一度ドアを開けてみて」
「えー!」
「いいから」
カイトに言われ、渋々開けてみる。
今度はさっきよりも注意深く、ドアを細く開けた。
再びレンが固まる。
「……なんでだ?」
今度は自分から動き出し、ドアを閉めた。
「何が見えた?」
「……花畑……」
さっきの混沌(カオス)はなく、一面の花畑が、遙か向こうまで広がっていた。
「引きがいいな。それ、たぶん幻覚だから、部屋に入っちゃだめだよ」
「たぶん……って」
「またドアを開けたら混沌に戻っているかもしれないし、別の風景になっているかもしれないし……よく分からないから、入らない方がいいって事」
「なんだよ……この部屋……」
レンが、がっくりとうなだれた。
「誰も、この部屋に入ったことはないのか?」
「不気味すぎる……というか、意味不明すぎるから、入らない方がいいって、めーちゃんと話し合って決めたんだ」
恐らく正解だと思う。
「もっとも、一度俺が入りかけたけど、めーちゃんに引きずり倒されて止められた」
「この部屋の謎を解こうと思ったのか?」
「……いや、試しに俺がドアを開けたら、歴代の期間限定ダッツが、みっちり詰まっていて……」
さすがカイト兄。
あきれるよりも何よりも、レンは先にそう思ってしまった。
「と言うわけで、この部屋は封印しているわけだ。開けなければ別に害もないし」
なるほど、カイトが部屋の鍵を預かっているのも、酔ったメイコがうっかり鍵を開けないようにか。
「他の家もそうしてるし」
「……他の家って……殿の所にもあるのか? 混沌部屋!」
「うん。あそこの家は、二階に何故か上に続く隠し階段があるんだ。そこを開けると三階部分が混沌になってる」
「……殿んち、二階建てだぞ。何で三階があるんだ?!」
「それこそ混沌のなせる技だろうな」
聞けば聞くほど訳が分からなくなってくる。
「そういうわけだから、レンもこの部屋には触れない方がいい」
「言われなくても、さわらないよ……」
なんだか疲れてしまったレンであった。
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